第22話 再会①

 土曜日。彩人は十時発の新幹線に乗り込んでいた。隣に由依はいない。人が一人いないだけでここまで心細くなるものかと、彩人は改めて思った。

由依と出会う前は考えられなかったことだ。

一人でいることが多かった。

 友達と呼べるような親しい間柄の人は、片手で数えられる程度しかいなかった。

 だから、誰かとずっと一緒に行動するなんてことは今までなかったのだ。

 由依と出会って三週間が経った。

 たった三週間でここまで生活が変わるとは思ってもいなかった。

 やり方はいささか強引ではあったが、由依が殻に籠っていた自分を引っ張り出してくれたのだ。

 その由依に報いるために、今日は気合いを入れなければならない。彩人はそう考えていた。

 和希と何を話そうか、そもそも対面してくれるのか、そんなことを悶々と考えていると、いつの間にか仙台に到着していた。

 急いで新幹線から降り、在来線へと乗り換える。今のところ時間通りかつ予定通りに物事が進んでいる。

 あとは和希が会ってくれるかどうかだ。

 

 十二時半を過ぎた頃、彩人は早宮家の前に立っていた。

 深呼吸をしてから、インターホンを押す。


『はい。早宮です』


 出たのは先週と変わらず和希の母親である智子であった。


「倉木です。和希に会いに来ました」


 はっきりと、口に出してそう言った。会う意思があることを明確にするために。


『彩人くんね。ちょっと待ってて』 


 そう言ってすぐ、智子は玄関のドアを開けた。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


 一週間ぶりの和希の家。先週と特に変わった様子はなく、落ち着いた時間が流れていた。


「和希は自分の部屋にいるわ」

「わかりました」

「和希のこと、頼むわね」


 智子は彩人の目を見て、なんとかしてほしいという思いを込めてそう言った。そこには、自分にはどうにもできなかったという自責の念が感じられる。

 親である自分が何もできない。そんな無力さに苛まされただろう。

 もちろんそれは彩人に推し量れるものではない。子供の気持ちは子供にしかわからないのと同時に、親の気持ちも親にしかわからないのだ。

 ただ、和希に何もしてやれなかったという思いは、智子と彩人は同じものを持っている。だから、ほんの少しだけ、彩人は彼女の気持ちがわかるのだ。


「はい」


 智子の意思を受け止め、自分の気持ちを再確認するように、彩人は力強くそう返事をした。

 一人で二階に上がり、和希の部屋の前へと辿り着く。

 一度来たとはいえ、やはり落ち着かない。

 彩人は大きく深呼吸し、ドアをノックする。


「和希、僕だ」

『……来てくれたんだね』

「当たり前だろ」

『……』

「……直接話せるか?」


 返事はなかった。やはり会って話すのは厳しいだろうか。ただ、そんなことで心が折れるようなら、今日はここに来てはいない。

 すると、ドア越しの和希が口を開いた。


『……どうして僕に会おうって思ったの?』


 この問いはきっと、一言で返すべきものではない。なぜ会いに来たのか、なぜ二年も空いたのか、そんな色々な問いが含まれている気がする。


「三週間前にさ、美人な先輩と出会ったんだよ。その先輩は顔も頭もスタイルも良い完璧超人でさ、普通に過ごしてたらまず関わらない人だった。僕が通ってる高校は、絶対に部活に所属しなきゃいけないんだけど、僕はどうしても入りたくなくて、一年間はなんとかやり過ごしたんだ。結果浮いて、友達も二人だけになったんだけど」


 彩人に起きた出来事を一つ一つ話していく。嘘や脚色はなしに、正直に。

 その話を和希は黙って聞いていた。


「でも、二年に上がった時に担任が痺れを切らして、僕を無理矢理相談部の部室に連れていったんだ。そこでその先輩と出会った。初対面なのに妙に僕のことが気になるみたいで、部活に入らない理由を絶対に聞き出すとか言うんだ」


 今思い返しても、由依の動機がいまいちパッとしない。由依と彩人が同じ目をしてたから、とか、私と同じ思いをして欲しくない、とか、あの時確かにそう聞いたが、本当にそれだけなのだろうか。それだけで、よく知らない異性の後輩を気にかける理由になるのだろうか。彩人にはいまいちわからなかった。


「そこからは大変で、朝バス停に向かったら先輩がいるし、お昼休みに教室に来るし、帰りは靴箱で待ってるし、いろんなところに連れて行かれるし、ほんとに目が回りそうだったよ。でも、少しずつ心を動かされていったんだ。ほとんど誰にも心を開かなかった僕を救ってくれたんだ」


 彩人は続ける。


「先輩も大変な目に遭っていたのに、それを乗り越えて今僕を救おうとしてくれている。そう思ったら、自然と過去を話そうと思えたよ。そうして話して、和希に会いにいくかどうか迷っている僕にこう言ったんだ。『あなたは和希くんから逃げているだけ』って」


 相手がどう思うとか、何が最善とか、そんなことばかり考えそれを理由にし、逃げ続けていた自分を思い出す。


「正直かなり刺さったよ。でも先輩がそう言ってくれて、ようやく過去に向き合おうと思えたんだ。僕は先輩に救われた。だから今度は僕が和希を救う番なんだ。あの時何もできなかったから、せめて今、何かさせてくれ。頼む」


 自分の思いは全て伝え切った。思いつきで進めたため、拙いかもしれないが、気持ちは乗せたつもりだ。


『そっか。その先輩のおかげなんだね』

「ああ、自分じゃ何もできないことは自分がよくわかってるからな」

『そんな自信満々に言うことじゃないよ……』


 和希が呆れながら、でも少し笑いながらそう言った。


『彩人くんは変わらないね。僕が憧れてた君のまんまだ』


 和希はそう言って、自室のドアをゆっくりと開けた。


「久しぶり、彩人くん」


 それは、最悪の形で別れた親友二人の、二年ぶりの再会であった。




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