第19話 ホテル
新幹線のホームへ着くと、時刻はすでに出発十分前を指していた。
由依になんとか機嫌を直してもらい、二人は新幹線の到着を待っていると、十両編成の緑と白のボディにピンクのラインが入った新幹線が到着した。当時の国内営業最高速度で鮮烈なデビューを果たし、その二年後にさらに速さを増したらしい。
二人は車両へと乗り込み、指定された席へと向かう。由依を窓側に座らせ、彩人は通路側の座席に腰をかける。
「新幹線ってなんかテンション上がりますよね」
久しぶりに乗った新幹線の雰囲気に、彩人は気分を昂らせていた。
「新幹線は、初めて?」
「いいえ、例の修学旅行の時に一回だけ」
「ああ、例のあれね」
林業体験で木の大切さを学び、田植え体験で大地を感じたあの素晴らしい修学旅行だ。まさかこのタイミングで同じ東北に行くとは思ってもいなかった。
「でも仙台は行ってないので、楽しみです」
「随分と余裕なのね?」
「まあ、すでに退路は塞がれてるので……開き直った方が、色々と楽かと」
正直不安がないと言ったら嘘になる。ただ、ここでうじうじしていても仕方ないと、彩人は由依のおかげでそう思えるようになっていた。
「……そう。そういうふうに考えられるのは、あなたの数少ない取り柄ね」
毒を吐きつつも、由依の口調はとても柔らかく、褒められているように感じた。
「先輩は仙台初めて?」
「そうね、一度も行った事ないわ」
「じゃあ、僕とお揃いですね」
「お揃いって言うの?」
「っていうことにしておきましょう」
「なにそれ」
由依が微笑みながらそう言った。
二人を乗せた新幹線は二時間ほどで仙台駅へと着き、時刻は八時を指していた。
なんちゃって制服とはいえ、これからの行動を制服で過ごすわけにもいかないため、二人は日本を代表するファストファッションブランドの子会社で服を見繕うことにした。価格は安いのにトレンドの服を出してくれるので、まさに学生の味方である。
彩人はちょうど春服が欲しかったこともあり、真剣に服を選んでいた。靴はローファーをそのまま履くため、買うのはライトアウター、インナー、パンツ、そして今日泊まる用のパジャマや肌着類だ。
三十分ほど選び購入したが、全て合わせても一万円を超えることはなかった。
由依とは別々に行動していたので、別行動になる前に待ち合わせ場所を設定しておいた。彩人がその待ち合わせ場所に向かうと、すでに由依が待っていた。
「すみません、遅れました」
「さっき来たところだからいいわ。じゃ、ホテル向かいましょう」
由依が予約したホテルは、彩人たちがいる場所から徒歩数分だそうだ。歩いているといろいろなお店が目に入るが、やはり目につくのは仙台牛を使用した牛タンのお店だ。
「牛タン、めちゃめちゃ食べたいです」
「じゃあ、全部終わったら食べに行きましょ」
「いいんですか?」
「もちろん、君の奢りでね」
「……やっぱりそうなります?」
「ええ」
ここまで由依にお世話になっているのだから当然と言えば当然だが、高校生にはなかなか痛い出費である。
彩人が財布の中身とネット通帳を確認していると、
「冗談よ。私が後輩にたかるわけないでしょう」
と、由依が少し怒った様子で言ってきた。どうやら本気にされたことが気に食わなかったらしい。
「先輩が言うと冗談に聞こえないんですって」
「どういう意味よそれ」
「いいえなんでもございません……」
由依の凄みのある言い方に負けて、彩人は謝らざるを得なかった。
ホテルに着き、由依がチェックインを済ませようと受付へと向かった。
彩人はロビーで待っていたが、由依の方に顔を向けるとなにやらバタバタしている様子が見えた。とりあえず向かってみることにし、席を立つ。
「どうしたんですか?」
「それがね……」
どうやらホテル側の不手際で由依がもともと予約していたシングル二部屋が取れていなかったらしい。そして現在ダブル一部屋しか空いてないということで、ここに泊まるにはその部屋を選ぶしかない状況だ。
ツインではなく、ダブルである。シングルサイズのベッドが二つあるわけではなく、ダブルサイズのベッドが一つの部屋である。つまり、必然的に寝る場所が一つしかないということだ。
ただ、今更別のホテルを探して空いていなかったら本末転倒である。
しかし問題は、交際していない男女が同じ部屋で寝るということだ。由依は一度彩人の家に泊まっているが、あれは別々の部屋だったため今とは決定的に違う状況だ。
「なるほど……。でもこれは先輩が決めるべきですよね」
「そうね……」
彩人は男で、由依は女である。身の危険を感じるのは当然女性側で、彩人はこの問題をどうこうできる立場にない。故に選択の判断を由依に任せた。
「……何もしない?」
「心配なら、手足縛ってもらっても構いません」
「そこまではしないわよ……。でもあなたのことは信用してるし、何もしないっていうなら、私も問題ないわ」
出会って二週間かそこらで、由依の信用を勝ち取っている自分を少し誇らしく思う反面、この期待を裏切れないなという思いが彩人の中で強くなっていった。
もしこのお泊まりで彩人が由依の風呂を覗こうとでもすれば、確実に信用を失い二度と話しかけてもらえなくなるだろう。彩人は本能を理性で完全に抑え込むことを誓った。
ホテル側のミスということでお金は払わなくて良いということになり、カードキーを受け取った二人はエレベーターで自分たちの部屋に向かった。
部屋はビジネスホテルということもあって簡素な作りだったが、綺麗でアメニティも充実しており、一泊するには十分すぎるぐらいのクオリティであった。
「あー先輩、僕外出てるのでお先にお風呂どうぞ」
「別にいてもらって構わないけれど……」
「いや、僕が色々と耐えられそうにないので。終わったら連絡ください。」
「そう……。わかったわ」
彩人は荷物を置き、スマホと財布とカードキーを持って部屋を後にした。あのまま部屋にいたら自分がナニをおっ始めるかわからない。由依に信用してもらっている自分を自分が信用していないのである。
とりあえずホテルの周りを見ることにしたが、特に何もなかったので近くのコンビニで時間を潰すことにした。商品を見つつ適当に選んで買っていると、由依から連絡がきた。
部屋に戻ると、お風呂上がりの由依がベッドに腰掛けていた。その姿は妙に官能的で、彩人の本能をくすぐる。ずっと眺めていたかったが、さすがにまずいと思い、目線を逸らす。
「……どうしたの?」
由依が怪訝な顔をして聞いてくる。
「いえ、なんでもありません」
「そう……。じゃあお風呂入ってきちゃって」
「あ、はい」
彩人はお風呂へ向かい、脱衣所で服を脱ぐ。お風呂とは名ばかりで、実際はユニットバスなので湯船には浸かれない。由依がすぐそばにいる中で全裸になるというのはなかなか背徳感があってたまらないが、なんとか押さえつけてユニットバスのドアを開ける。
お風呂から出ると時刻は十時を回っていた。ベッドを見ると、由依がスマホを触って座っていた。
「出ましたー」
「お帰りなさい。髪の毛乾かし終わったら作戦会議するわよ」
「作戦会議?」
「そう。細かい話す内容はあなたに任せるけど、大まかな流れだけ決めておこうと思って」
「なるほど。じゃあ急いで乾かしてきます」
五分ほどで髪を乾かし終わり、彩人は由依のところへ戻り、ベッドではなく椅子に腰掛ける。
「明日のことだけれど、最悪会えなくても仕方ないと思っているわ」
「……そうですね」
休日に押しかけるのだ。取り合ってもらえなくても彩人たちが文句を言える立場にはない。
「でも、諦める気はさらさらないわ。明日ダメだったら来週よ。向こうも考える時間は欲しいだろうしね」
「確かにそうですね」
「私は極力出ないようにするから、あなたがなんとかしなさい」
「はい、頑張ります」
あくまで由依は付き添いだ。自分でなんとかしなければならない。
「十時にチェックアウトだから、それに間に合うように朝は起きて。帰りは十八時の新幹線よ」
「了解です」
作戦会議というより一方的な伝達だった気がしないでもないが、無事作戦会議は終わった。あとは彩人次第で良い方向にも悪い方向にも転ぶ。
作戦会議を終えて一休みすると、時刻は二十三時を回っていた。お風呂までは終えたので、あとは寝るだけだ。ただ、ここが一番の問題なのである。
部屋は最低限の広さしかない。ダブルベッドと机と椅子があり、あとは通路のみだ。ソファはなく、寝るところはベッドもしくは床だ。
当然由依はベッドに寝るだろう。「床でいいわよ」とか言い出しかねないので仮にそう言ったとしても、全力でベッドに寝させる算段を彩人は持っている。
問題は彩人がどこで寝られるか、ということである。当然ベッドは厳しいだろう。そうすると順番的に床になるわけだが、もし同じ空間で寝るのがやっぱり嫌だと言われて仕舞えば、彩人は廊下で一晩明かすしかない。
幸い冬ではないため、気温的な問題はクリアだ。ただ、プライドや睡眠の質の問題に関わってくる。出来れば廊下は避けたい。
「あの、先輩、寝るところなんですけど、廊下だけは勘弁していただけたらなと……」
彩人はおずおずと、出来るだけ下手に出た。
「……別に、何もしないならベッドで寝てもいいわよ。広いんだし」
由依は少し目線を逸らしつつ、そう言った。
「え、いいんですか?」
「何その反応。床がいいならそれでもいいのよ?」
「いえ、何もしないと誓うのでベッドで寝させてください」
「はいはい」
床を覚悟していた彩人にとってベッドで寝ることできる状況は非常にありがたい。しかし、学校一の美少女と同じベッドで寝るという新たな問題が生じてしまった。
普段なら手放しで喜ぶし、多少ちょっかいをかけるだろう。しかし、同じ部屋に泊まるということになったのは由依からの信用があったからであるため、ここでそれを裏切るような真似は許されない。
心を無にして寝なければいけないと、彩人は強くそう思った。
一メートルも離れていないところで、由依が寝息を立てている。さすがの由依も疲れていたのか、ベッドに入り十分ほどで寝てしまった。
一方彩人は、当然眠れずにいた。というより、由依の神経が図太すぎるのだ。知らない土地に後輩の男子と来て、挙げ句の果てには一緒のベッドに寝ることになり、緊張して寝られないということもあり得るだろうに、気持ちよさそうに寝ている。
自分は男として見られていないんじゃないかとも思えてくる。いくら信用しているとはいえ、普通ここまで無防備にするものだろうか。
彩人だって一般的な男子高校生である。経験こそないが無論そういうことには興味がある。
だがここまで無防備にされると、きっとそういう目で見られていないのだと少し悲しくなる。自分がただの後輩なんだと、思い知らされる。
彩人はそこで自分の考えがどんどん暗くなっていることに気づいた。夜はどうしても考えが暗くなりがちだ。明日は大事な日だというのに、このままでは明日の士気に関わる。彩人は一旦考えることをやめ、寝ることに集中した。
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段々とストックがなくなってきて焦っています。書かなければ。
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