第16話 宿題

 次の日、彩人は何やらいい匂いで目が覚めた。時刻は朝の六時半。いつもより起きるのが早いが、ぐっすり寝れたためかそんなに眠いとは感じていなかった。

 リビングへ向かうと、エプロンを身につけた由依がお弁当を作っていた。朝食はすでに完成して机に並べられている。


「おはようございます」

「あ、おはよう」

「新妻感があっていいですね」

「馬鹿言ってないで早く顔洗ってきなさい」


 そう言われ、大人しく洗面台に向かう。いつも通りに顔を洗い寝癖を直し、自分の部屋に戻ってなんちゃって制服に着替える。

 着替え終わりリビングに戻ると、料理を終えた由依が椅子に座って待っていた。


「遅い」

「急いだつもりなんだけどなあ」

「私を待たせた時点でダメなのよ」


 いつものように軽口を叩き合い、席に着く。目の前には、トーストとスクランブルエッグとベーコンという、シンプルな朝食が並んでいた。


「いただきます」

「いただきます」


 毎朝コーンフレークの彩人からしてみればかなりのご馳走で、相変わらずおいしかったのですぐ食べ終わってしまった。もっと食べたい気もしたが、朝から食べられる方ではないので、ここでは我慢しておく。

 朝食を食べ終えると、時刻は七時半を回っていた。家を出るまでは少し余裕がある。


「凛ちゃんと吉野くんにも、言った方がいいんじゃない?」


 突然由依が言い出した。何を、というのは言わないでもわかる。


「……そうですね。折を見て話そうと思います」

「あの二人なら、きっと大丈夫よ」

「僕も、そう思えるようになりました」


 こうして人に心を開こうと思えたのも、全て由依のおかげなのだから本当に頭が上がらないなと、彩人は思っていた。


「あ、私先出るわね」


 どうやら、心の距離はまだ遠いらしい。



 由依に遅れること十五分、家を出た彩人は薫に出くわした。


「またお前か」

「朝からこんな可愛い子見れるんだからいいじゃーん」

「まあ、それもそうか」

「納得しないでよ私が痛いやつみたいじゃん……」

「実際そうなんだから問題ないだろ?」

「ひどーい」


 会話が途切れたところで、薫が何か思い出したかのように話題を切り出した。


「それで、美人な先輩とのデートはどうだったの?」

「超楽しかったぞ」


 彩人がなんの照れもなく、淡々と事実を述べる。

 それが不満だったのか、


「つまんない感想」


 と、身もふたもない事を言い出した。


「お友達といるときもそのくらいの態度でいればいいのに」

「そんなことできるわけない!」

「なんで?」

「だって……嫌われちゃうし……」

「あっそ」

「聞いといてその反応?」

「いや、つまんないなって」

「ほんとムカつく……」


 薫に文句を言われつつ、彩人は駅へと向かった。

 隣に薫がいるということ以外はいつも通りで、バスに乗る駅に着くと凛と秀馬がバスを待つ列の最後尾にいた。

 彩人が列に近づくと、こちらが声をかけずとも彩人たちに気づいた。


「おはよう彩人……ってそちらは?」


 秀馬が相変わらず爽やかな挨拶をしてきたが、どうやら隣にいる薫が気になるらしい。


「初めまして!彩人くんと同じクラスの雨音薫です!」


 猫被り全開の自己紹介を繰り出した桜に秀馬は少し面食らっていたが、すぐに切り替え自己紹介に移った。


「どうも、彩人の友達の吉野秀馬です。で、こっちが……」


秀馬から紹介された凛が、


「同じく彩人の友達の旭丘凛です。よろしく!」


 と、軽く自己紹介する。


「うんよろしく〜!ってか二人付き合ってるの!?お似合いすぎ〜」

「ええそうかな……?」


 桜が凛に絡むと、秀馬が彩人の方に寄ってきた。


「なあ、彩人って意外とモテるのか?」

「モテてたら、学校であんなことになってないぞ」

「それもそうか」


 納得してほしくない形で納得されると、秀馬は凛と薫のところへ行ってしまった。


「騒がしくなりそうだな……」



 学校に着き、靴箱の前で彩人は秀馬に声をかけた。


「今日の放課後空いてるか?」

「空いてるけど、どうした?」

「話したいことがあるんだ」


 いつになく真面目なトーンの彩人に、秀馬は一瞬驚いたような表情になるが、


「わかった」


 と、返した。


「凛も連れてきてくれ」

「了解」


 理解が早くて助かるなと思いつつ、彩人は教室へ向かう。

 教室に向かう途中で、薫が話しかけてきた。


「私には凛ちゃんたちにする話してくれないの?」

「お前には関係ないからな」

「酷いわ……あんなことまでしたっっていうのに……」



 桜が演技がかった声色でそう言い、すれ違った生徒が彩人のことを怪訝な目で見てくる。


「これ以上僕の居場所を無くすような発言をするな」

「あははーごめんごめん」


 全く謝る気のない謝罪をし、


「じゃ、先行くね」


 と、駆け足で教室へと向かっていった。

 すると、彩人のスマホに一件の通知がきていた。

 彩人のコミュニケーションアプリに登録されている友達は、両手で数えられる程度だ。両親と凛と秀馬、そしてこの前無理矢理交換させられたと言っても過言ではない薫に、泊まった時に今後必要になるからと交換した由依だ。

 スマホの画面を見ると通知は由依からで、


『金曜日の放課後、部室に来て答えを聞かせなさい。それまでは一人でじっくり考えること』


 という内容だった。

 答えというのは、例の和希に会いたいか会いたくないかという問いの答えだろう。それを金曜日までに出せという女王様からの宿題だ。


『わかりました』


 未だに答えが出ていない彩人だったが、今はそう返しておくことにした。

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