第11話 デート④

 江ノ電の江ノ島駅から江ノ島へ行くのは少し時間がかかる。両脇にお店が並んだ通りを歩き、さらに弁天橋を渡ってようやく江ノ島に着く。

所要時間は約二十分。鶴岡八幡宮ですでに消耗していた彩人にとっては辛い道のりだった。

 由依はそんな彩人を気に求めずさっさと歩いていく。


「ちょっと待って先輩、早すぎ」

「あなたが遅いのよ」

「いやいや先輩が早いんだって」


 弁天橋に差し掛かったところで江の島の全貌が見えた。


「初江の島はどう?」

「江の島って感じがしますね」

「感想そればっかりね」


 由依が呆れながらも小さく笑いながらそう言った。

 弁天橋を渡り切ってあたりを見回すと他の場所と同様に大勢の観光客がいた。家族連れ、、友達同士、外国人など、様々な人々が行き交っている。

 その中には当然カップルも含まれているわけだが、周りから見たら自分達もそう見えるのだろうかと、彩人はふと疑問に思った。


「先輩、僕たちも周りからしたらカップルに見えるんですかね?」

「まあ、男女二人で江ノ島に来ている時点でそう思われてもおかしくはないわね」


 由依は照れも動揺もせず淡々と事実を述べる。


「みんな手繋いでますね」

「そうね」


 行き交うカップルは当然のように手を繋いでいる。普通に手を繋ぐカップル、恋人繋ぎをするカップル、手は繋いでいないが腕を組んでいるカップル、多種多様である。


「僕、女の子と手繋いだことないんですよ」

「ふーん」

「ということで僕と手を」

「嫌だ」


 由依が被せ気味に拒否してくる。


「せめて最後まで言わせてくださいよ……」

「ほら、さっさと行くわよ」


 そう言って由依は人混みに向けて歩き始めてしまった。


「あ、ちょっと待って!」


 彩人もすぐに由依の後を追っていった。


 上へと繋がる通りは左右にお店が並び、多くの人がこの道を利用している。江島神社まで続く参道になっており、たくさんの人で賑わっている。様々なお店が並んでいるがメインは飲食店とお土産屋だ。

その中でも特に多いのは海鮮丼を提供するお店で、数メートルごとに一軒のペースで並んでいる。しかしどこも賑わっていて彩人は、みんな食べたいんだな、とどうでもいいことを思う。

 その彩人は由依に追いついていた。


「それにしても海鮮系のお店が多いですね」

「さすが海に囲まれてるだけあるわね」

「先輩は海鮮系好きですか?」

「うーん、人並みには食べるかしら。倉木くんは?」

「僕は回転寿司に行ったら玉子といなりといくらしか食べられないです」

「……」


 由依が信じられないという顔でこちらを見ている。この顔をされるのは何度目だろうか。今後も同じやりとりをしそうな気がする。


「味も食感もダメなんですよ」

「逆になんでいくらだけは食べられるの?」

「それが自分でもよくわからなくて……」


 いくらだけは昔から好きだが、なぜ食べられるのかはわからない。


「でもすじこは食べられないんです」

「どっちもサケの卵なのに?」

「どっちもサケの卵なのに」

「……」


由依が呆れた顔でこちらを見てくる。この顔も何度も見たが、今後も見ることになるだろう。


「全く理解できないわ……」

「当事者も理解できてないんで、当然です」

「なに自慢げに言ってるの」


 と言いながら由依は彩人の頬を指で弾いた。デコピンならぬホホピンだろうか。


「この調子だと他にも色々変なところがありそうね」

「さすが先輩、僕のことよくわかってますね」

「わかりたくはないけれどね」 


 くだらない話をしながら歩いていると、階段の上に大きな鳥居が見えた。


「でかいですね」

「あなたの感想の語彙はどうしてそんなポンコツなの?」

「見る方に神経を注いでるんですよ」

「ものはいいようね」


 軽口を叩きながら階段を上っていく。

 途中、階段を登らずにショートカットできるという有料エスカレーターの看板が見えた。


「先輩あれ使いましょう」


 彩人はその看板を差しながら利用を促す。


 だが、


「使うわけないじゃない。歩きで上まで行くのも楽しいんだから」


 と、一蹴されてしまう。


「次来たときは使ってやるからな」


 彩人は有料エスカレーターの看板にそう告げると、覚悟を決めて階段を登り始めた。




 確かに覚悟は決めた。だが、運動不足の人間にはあまりにも辛すぎるその道のりの早くも音を上げそうになっていた。

 由依は相変わらず涼しい顔で階段を登っている。二人に差はあるが、それでも離れすぎないよう由依が彩人の位置を逐一確認している。

 彩人が遅いのに二人の差が離れすぎないのは、由依の配慮によるもので、その配慮に彩人も気づいているためどうにかして追いつきたい。

 しかし体がついていかない。日々の運動不足を呪う。

 ゼーハー息を切らし肩を落としていると、見覚えのある足元が彩人の視界に飛び込んできた。


「しょうがないからペース合わせてあげるわよ」

「……先輩も優しいところあるんですね」


 こっちのペースに合わせてくれるとは微塵も思っていなかったので、思わずお礼より先に本音が出てしまった。


「突き落とされたいの?」

「まじで死ぬやつなので勘弁してください」


 その後も休憩を挟みつつではあったが、なんとか頂上まで辿り着いた。その間最後まで由依は文句を言いつつも彩人のペースに合わせて歩いてくれた。こういうところがいいなと、彩人は改めて思う。

 頂上に着くと、江ノ島のシンボルとなっている展望台が見えた。


 だが由依はそこに行こうとしない。


「あそこには行かないんですか?」

「後でのお楽しみよ」


 と、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 思わず見惚れていると、由依が「行くわよ」と歩き出してしまった。


 展望台を通り過ぎ、どんどん奥に進んでいく。左手にたこせんやアイスクリームを食べられる休憩所が見えたが、横の階段を降りていく。下って下って、江の島大師を通り過ぎると、細い道が真っ直ぐ続いている。その細い道を抜け、また階段を下る。

 一見楽そうに見える下りでも、長く続くと大腿四頭筋に大分負担がかかる。それがかなりキツかった彩人とは反対に、由依は楽しそうに歩いている。しかし時折どこか物憂げな表情も見せている。

 彩人はそこに触れようか迷ったが、結局別の話題を振ることにした。


「先輩、本当に江の島が好きなんですね」

「……まあね」

「こんな傾斜の激しい道を嬉々として歩いているの軽く狂気ですよ」

「やっぱり突き落とされたいみたいね」


 由依の目が非常に真剣だったので「冗談です」とだけ言っておく。

 階段を下り終えると少し平坦な道が続き今度は少し上りが続く。ここに来て上りかよとも思ったが、あまり文句をいうのもよろしくないので内心に留めておく。

 このあたりは飲食店が多いらしく、様々なお店が左右に並んでいる。がっつり食べられるところや軽食を販売しているところなど、多くの店が賑わっている。

 その道を抜けると、今度は江島神社奥津宮が見えた。その横の道を進み、先ほどより幅が狭い階段を下っていく。当然上ってくる人もいるので、足元も見つつ前も見なくてはならなくて気を抜けない。

 似たような階段が続き、足元ばかり見ていたら由依に声をかけられた。


「前見て」


 人が来たのかと思い顔を上げると、先ほどとは打って変わった景色が眼前に広がっていた。


「……すごいな」


 まさに圧巻だった。光り輝く青藍の海が、細い路地から一気に開けたように見える。澄んだ空と美しい海が、地平線の向こうにどこまでも続いているような気さえしてくる。

 由依は満足そうな笑みを浮かべ、


「ここもお気に入りの場所なの」


 そう言って彩人の方に目を向ける。

 目が合い思わずドキッとしたが、動揺したら負けな気がするのでなんとか平然を装う。


「素敵な場所です」


 そう答えるのが精一杯だった。


 その答えに満足したのか、


「じゃあ下に行きましょ」


 と上機嫌で由依が言ってきた。

 もちろん断る理由などないので「はい」と答え、由依の後ろをついていった。

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