第9話 デート②
鎌倉駅に着くと、多くの観光客で駅も道も埋め尽くされていた。何か催し物があるのかというくらいの混雑具合だ。
「すごい人ね」
「こんなに人が多いところ久しぶりです」
「今の発言でいかにあなたが外出していないかがわかったわ」
二人はまず小町通りに向かい、食べ歩きをすることにした。
通りに入ると様々な種類のお店が左右にずらっと並んでおり、それぞれ賑わいを見せている。
「何か食べたいものとかあります?」
「新しくできたカレーパンのお店があるからそこ行くわよ」
「やっぱり僕に選択肢はないんですね」
一週間前にできたというカレーパンのお店はすでに十組ほど並んで繁盛していた。どうやらチーズカレーパンが人気らしい。
十五分ほど並び、一つ五百円するチーズカレーパンを二つ買った。少し高い気もするが、観光地の食べ物はこういうものだと割り切るしかない。
こんがりと狐色に揚がった丸いそれはモワモワと湯気を立て、見てるだけでお腹が空いてくる。一口食べると衣はサクサクでパンはふわふわ、それでいてカレーとチーズの相性が抜群で完璧にマッチしている。カレーパン特有の重たさもなく、胃もたれの心配もなさそうだ。
「ん、おいしいわね」
どうやら女王様もお気に召したらしい。美味しそうに食べているその様子は普段の由依からは想像できないほどほんわかな雰囲気を出している。
「これがギャップ萌えってやつか……」
「なんか言った?」
「先輩は可愛いなあって言っただけです」
「はいはい」
そう言いつつも今日は機嫌が良いのか少し嬉しそうにしていて、それもまた可愛らしいとか思ってしまう。
「次は何食べます?」
「そうね……とりあえず歩いてみようかしら」
それから二人は小町通りを歩き気になったお店に入っては食べ入っては食べを繰り返し、いつの間にかお腹一杯になっていた。
しかも油物が多く、さすがに胃にきている。
「結構食べたわね……」
「そうですね……ちょっと調子乗りました」
一つ一つの量はあまり多くないのに少ないからといって回数が増え、結局普段の食事より多く食べてしまうのは食べ歩きあるあるだろう。
「少し休憩したら次は鶴岡八幡宮ね」
休憩を終えた二人は二の鳥居をくぐり、段葛を歩いていた。
「ここ、意外と歩く人少ないですね」
「みんな脇の通りを歩いてるわね」
一番目立つ道を使わずにあえて脇の通りを使うのは目立ちたくないという日本人の性だろうか。ただ単にお店を見たいだけか。彩人はそんなくだらないことを考えながら鶴岡八幡宮までまっすぐ伸びている大きな道を歩いていた。
「ここを通らないと『鶴岡八幡宮』って感じがしないのよね」
「初めて通りましたけどなんとなくわかります、それ」
段葛を抜け鶴岡八幡宮の境内に入るとこちらも人で賑わっていた。日本人の観光客も多かったが、特に目立ったのは外国人観光客の多さだ。
訪日外国人が増えてきていることはニュースで知っていたが、改めて目の当たりにしてようやく彩人は実感していた。
「ここも人多いですね」
「上はもっと多いわよ」
「上?」
「あの階段を登るの」
そう言って由依が指差した方向に顔を向けると、立派な本宮が長くて急な階段の上に鎮座していた。
「あ、あれを登るんですか?」
「そうよ」
「帰宅部にはきついです……」
「何言ってんの行くわよ」
やはり彩人に拒否権は存在していないらしい。
いざその階段を目の前にするとあまりの長さに怖じ気ついてしまう。
運動をやっている人ならば問題ない長さなのだろうが、いかんせん彩人は帰宅部だ。運動は体育の授業以外行っていない。
そんな彩人を横目に由依はすいすい登っていってしまう。由依が半分近く進んだ時彩人はまだ三割程度しか進んでいなかった。
「ほら、早くしないと置いていくわよ」
「ちょ……待って先輩……なんでそんな早いの……」
息も絶え絶えで喋るのもやっとな彩人に由依はこう言い放った。
「私毎朝ランニングしてるもの」
「……」
「健康のためにね」
「……人間としての格の差を見せつけられた気がします」
「馬鹿言ってないで早く登りなさい」
男としても人間としてもあまりにもダサいところを見られてしまったような気がする。もうすでに由依の前で泣いてしまっているので今更な気もするが、それとこれとは話が別だ。
「僕もランニング始めようかな……」
「はぁ……はぁ……」
「情けないわね」
「先輩が……おかしいんですよ……」
マラソン完走後並に息を切らしている彩人とは対照に、由依は一つの呼吸の乱れも見せていなかった。
「早く呼吸整えなさい」
そう言って彩人が落ち着くまで待ってくれた。
口ではきついことを言いつつも彩人を気遣う細やかな配慮があり、由依の優しさが垣間見える。ただそれを言ったら確実に機嫌を悪くするので、彩人は心の奥にしまっておくことにした。
彩人が落ち着いたところで、お参りをするための拝殿に並ぶ列に向かう。
「先輩は神様に何頼みます?」
「言っちゃったら意味ないじゃない」
「それもそうですね。ちなみに僕は先輩と一生を添い遂げたいとお願いするつもりです」
「そんなことを神様に頼むな」
「あいた」
本日何度目かわからないデコピンをくらい、彩人はおでこをさする。
十分ほど並ぶと彩人たちの番が回ってきた。
「二礼二拍手一礼でしたっけ?」
「そうよ」
場所によって作法が異なる場合もあるそうだが、周りの観光客がそうしているため彩人たちもそれに倣う。
二人とも参拝を終えて列から離れる。
「結局何をお願いしたの?」
「もちろん先輩とのことです」
「それさっき聞いた」
「あ、おみくじ引きましょうよ」
露骨に話題を逸らしたせいか由依が睨んできたが、頑張って見えないふりをしなんとかやり過ごす。
由依は納得していない様子だったがやがて諦めておみくじの話をし始めた。
「ここのおみくじ、他の神社に比べて凶が多いらしいわよ」
「え、そうなんですか?」
「そ。でも凶運みくじ納め箱っていうのがあって、そこに凶とか大凶のおみくじを入れることができるの。それでそこに置いてある強運掴み矢を掴んで凶運を強運に変えるらしいわよ」
「さすが鎌倉江ノ島オタク。知識量が違いますね」
「おちょくってるなら足踏むわよ」
「いやいや、純粋によく知ってるなと」
「……こういうの調べるのも好きなのよ」
少し照れながらそう言った由依の顔はほんのり頬を赤く染めていた。
「先輩、今すげえ可愛いです」
「うっさいバカ」
鶴岡八幡宮を後にした二人は、大仏を見に行くため江ノ電に揺られていた。
「めちゃめちゃ混んでますね」
「混んでるわね」
さすが休日の観光地と言ったところか、通常の列車より少ない編成も相まって車内は朝の通勤ラッシュ並に人がぎゅうぎゅう詰めになっている。
そしてそれは必然的に彩人と由依の物理的な距離も近くなっていることも示している。
「すみませんこんな近くて」
「しょうがないわよ。別に君だったら気にしないし」
「それは愛の告白と解釈してもいいですか?」
「どういうポジティブ思考よ」
と、由依が彩人の足を踏みながら言う。
「痛い痛い満員電車の中はやめてください」
「あなたが変なこと言うからでしょう」
そんなやりとりをしているうちに長谷駅に到着した。大仏が建立している高徳院まで徒歩十分ほどである。
向かっている途中、突拍子もなく彩人がこんなことを言い出した。
「そういえば僕、実物の大仏見たことないんですよね」
「……」
由依が心底ありえないという顔をしてこっちを見てくる。
「言い訳をさせてください」
「聞いてあげる」
「中学校の修学旅行どこ行きました?」
「京都と奈良だけど……」
「そこで大仏見ました?」
「東大寺で見たわね」
「多くの東京の中学生はそこで大仏を見るはずなんです。それが初めてでも二回目以降でも修学旅行で見るはずなんですよ」
東京の中学校は行き先が京都・奈良になることが多い。修学旅行では定番である。
「でも僕の中学校の行き先は東北だったんです。行き先が東北だったのは同じ区内でも僕の中学校だけでした」
「だから見たことがないと」
「そういうことです。不可抗力です」
「なるほどね」
一応納得はしているようだ。
「ちなみに東北では何したの?」
「木切って稲植えました」
「それ本当に修学旅行?」
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