第7話 誘い
翌日学校に着くと隣の席の仮面女子が何やらニヤニヤしていた。明らかに何か揶揄うつもりの顔である。
「羽沢先輩と過ごした夜はどうでしたか?」
「……なんで雨音が先輩が家に来たこと知ってるんだ」
「実は家が近所みたいで」
薫は依然ニヤニヤしながら会話を進める。どうやら彩人の家と薫の家は徒歩五分ほどの距離にあるらしい。高校生になるタイミングで引っ越したのだそうだ。
練馬は確かに住みやすいが、薫と家が近くなるという自分の運のなさを彩人は悔いた。
「それで?何があったんですか?」
「雨音が思っているようなことは何もなかったぞ」
「健全な男子高校生が美人な先輩と一つ屋根の下で何もしないって何それ、フィクション?」
「雨音の脳内がお花畑なことはよくわかったよ」
「失礼だねー」
「ご飯作ってもらってただけだ。それ以上もそれ以下もない」
彩人は少し嘘をついた。
由依の前で泣いた、などと言えるはずもなく、当たり障りのないことを答える。
「ふーん……」
その答えに納得したのかしていないのか、薫は曖昧な返事をする。
改めて薫の顔を見ると、ぱっちり二重に通った鼻筋、そして小さい顔に今時のメイクと、なかなか整っている。
最近規格外を間近でよく見るため印象が薄かったが、薫も相当レベルが高いなと彩人は思い直した。
「あ、じゃあ今度彩人くんの家行かせてよ」
「ぜひ遠慮してくれ」
「えー先輩は家に入れたのに同級生は入れないんだ」
「それとこれとは話違う」
「こんな可愛い子が家に行くって言ってるんだよ?」
「可愛いのは認めるがそれだけで家に入れるような男じゃないぞ僕は」
「可愛いのは認めるんだ……」
予想外の返事だったのか、薫は少し頬を赤らめている。
「そりゃ、可愛いからな」
「わかったから、家行くなんて言わないからもうやめて……」
これ以上からかって機嫌を悪くされても困るので、彩人はほどほどにしておいた。
「君、やっぱり性格悪い」
薫は不貞腐れた様子でそう呟いた。
その日も翌日も翌々日も、一緒に登校して一緒にお昼を食べて一緒に下校して一緒に夕飯を食べる生活が続いた。まさに由依尽くしの一週間だった。
「私にはもう慣れたかしら?」
金曜日の夕食後、由依がそんなことを言い出した。
慣れるも何も、由依が彩人を慣らしにきたようなもので、彩人は当然肯定をする。
「これだけ一緒にいたらいくらなんでも慣れますよ」
「ふふ、それもそうね」
「後半の方はもう通い妻みたいになってましたもんね」
「もっとマシな言い方はないわけ?」
「先輩と結婚したらこんな生活なのかなーとか想像してました」
「はいはい」
彩人の冗談を受け流すと由依は週末のお出かけについて話し始めた。
「日曜日鎌倉と江ノ島に行きたいのだけれどいいわよね?」
「最初から僕に選択肢ある気がしませんが」
「じゃ、決定ね。君の最寄り駅に十時集合で、遅刻は厳禁よ」
「承知いたしました」
「私服が超ダサいとか、やめてよね」
「大丈夫です、身なりには気を使っている方なので」
制服がない高校に通っているのだから服はなんでもいいというわけにもいかない。もっとも、学校にはなんちゃって制服で登校しているのだが。
私服校に多少の憧れを持って入学した彩人だったが、持ち前のめんどくささが出て結局は制服のようなものを選択している。毎日私服を考えるのは手間なのだ。
「そ、じゃあ楽しみにしてるわね」
「ところで、なんで鎌倉と江ノ島なんですか?」
「私、半年に一回鎌倉江ノ島に行かないと死んじゃう病気なのよ」
「……そうなんですね」
あまりに突拍子のないことを言い出す由依に、彩人は棒読みでそう返した。
「今、ツッコむの諦めたわね」
「あまりにもめんどくさそうだったので」
「そんなんじゃモテないわよ」
「モテたいとは思っていないので大丈夫です」
「……ただ好きってだけよ」
さっきの問いの答えだろう。由依は遠くを見ながらそう言った。
「小さい頃に両親に連れて行ってもらってね。そこからずっと好きなのよ。それだけ」
「それで鎌倉江ノ島ですか」
由依の言い方に何か違和感を感じた彩人だったが、掘り下げずに会話を続けた。
きっと触れられたくない何かなのだろう。今の彩人に聞く器量はない。
「そういえば僕一回も行ったことないです」
「それほんとに言ってる?」
「ほんとに言ってます」
幼い頃から両親も忙しかったし、友達もあまり多い方ではなかったので大体の観光地には行ったことがない。
「しょうがないから私が案内してあげるわよ」
由依は楽しそうにそう言い、
「そうしてくれると助かります」
と、彩人も笑顔で返した。
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