第4話 放課後デート

 翌日いつものように石神井公園駅へ行くと、いつもはいない人物がそこにいた。


「おはよう倉木くん」

「……おはようございます」

「なんでここにいるのかって顔してるわね」

「さすが先輩」

「定期まだ買ってなかったからこっちの行き方にしてみたの」

「わざわざ?」

「わざわざ」


 由依の本気度合いが伝わってくる。簡単には諦めてくれなさそうだ。


「美人な先輩と登校できるのは光栄ですが、そんなことされても言いませんよ」

「この程度で言ってもらえるとは思ってないわ」

「まだ何かあるんですか?」

「もちろんよ」


 まだまだ続きそうだなと憂いているところに友達カップルがやってきた。


「おはよう彩人、これはどういう状況?」

「僕が聞きたいぐらいだ」

「まあ、そうだろうね」


 一般生徒Aと学校一の美少女との絡みは誰がどう見ても異質である。目立たないはずがない。なるべく目立ちたくない彩人にとってこの状況は最悪以外の何物でもない。


「倉木くんのお知り合い?」

「そうです。この学校に二人しかいない友達の吉野と旭丘です」

「初めまして、吉野秀馬です」

「旭丘凛です」

「初めまして、三年の羽沢由依です。よろしくね」


 由依は優しい声色で二人に挨拶した。


「僕の時と対応違いすぎません?」

「人によって態度は変えるものよ。この二人は無害そのものじゃない」

「僕は有害だと?」

「そう聞こえなかったかしら」


 言い合いが終わり微妙な空気が流れようとした時、秀馬が口を開いた。


「二人はどこで知り合ったんですか?」


 彩人は昨日の経緯を事細かく秀馬と凛に話した。


「なるほど……彩人からなぜ部活に入らないか聞くために」

「そうよ」

「でも無理だと思いますよ。倉木私たちにも教えてくれないんで」

「そうなの?」


 由依が驚いた顔をする。


「はい、気になることは気になりますが、それを知らなくても彩人と友達やることはできるので」

「確かにそうね」

「でも先輩が聞き出す気なら私たちいくらでも協力します!」


 凛が元気よく裏切る。


「おい」

「だって倉木こうでもしないと言わないじゃんー」

「いきなり味方がいなくなったんだが……」

「人望がないのがいけないのよ」


 由依に図星をつかれる。全くもってその通りなのでぐうの音も出ない。

 そうこうしているうちにバスが来て四人で乗り込んだ。凛は由依と話が合うようで連絡先まで交換していた。


「なんだろうこの、外堀から埋められている感じは」

「彩人にしては珍しく後手を取ったね」

「あの人に先手が早すぎるんだよ」

「それは言えてる」


 昨日の今日でこの行動だ。この先どんな手を打ってくるかわからない。


「恐ろしいな……」

「でもなんで、彩人のことこんなに気にかけるんだろうな」

「僕って意外とモテるのかな」

「それだけはないと思うけど、もしかしたら先輩に何か理由があるのかもな」


 出会ったばかりの後輩の男の子を気にかける理由が学年一の美少女にあるのだろうか。彩人はひとしきり考えを巡らせてみたが、答えが出ることはなかった。


 その日は隣の席の元気なやつに絡まれた以外は特に何事もなく授業を終え、彩人は靴箱に向かっていた。


「やっと帰れるな」


 そう呟くと自分のクラスの靴箱のそばに見覚えのあるシルエットが見えた。


「あら、一番乗り?」


 そこにいたのは学校一の美少女であった。なんてことないシチュエーションのはずなのに、さながら映画のワンシーンだ。思わず見惚れかけるが、なんとか持ち直す。


「もしかして僕のこと待っててくれたんですか?嬉しいなあ」

「そ、そうよ。悪い?」


 からかうつもりだったのか、先手を打たれて少し顔が赤くなっている。


「……先輩も可愛いところあるんですね」

「どういう意味かしら?」


 思わず口が滑った。


「イタタタ、痛いですって」


 足が踏まれている気がする。しかも踵で。


「何か言うことは?」

「すみませんでした……」

「よろしい」


 本物の女王様との話していたのかと思うほどの女王様っぷりを味わった彩人は由依の後ろをついていった。きっと話すことは一つに決まっているが、そのことを話すきっかけもないので一応聞いてみる。


「今日はなんの用で?」

「行きたいところがあるの。ついてきて」


 予想外の返答に少し驚いた彩人だったが、家に帰ってもどうせやることはないので大人しくついていくことにした。


 帰りのバスに乗り込み、二人がけの席に彩人と由依は座った。このバスということは由依が行きたいところは帰り道にあるのだろう。

 沈黙に耐えかねて彩人が切り出す。


「どこに行くんですか?」

「行ってからのお楽しみ」


 教えてくれる気配が一向にないので彩人は窓の外に目を向けた。何回も通ってきた道。毎日見ている道。隣に美人な先輩がいても変わることは何もないんだなと今更のように思った。


「着いたわ。ここよ」

「ここは……」


 由依が彩人を連れてきた場所は公園だった。その公園は二つの池からなる都立公園で、園内は起伏に富み、武蔵野の自然がよく残っている。一つの池は木々に囲まれ、もう一つの駅はボートで賑わう。城跡とそれに関する遺跡を残されており、その城の落城の時に姫が身を投げたという伝説から、その姫を偲んで毎年お祭りが開催されている。彩人自身小さい頃は毎年行っていたし、率直に懐かしいと思った。


「どうしてここに?」

「あれが見たかったのよ」


 由依が指を差した方向に顔を向けると、池沿いに並ぶ見事な桜が目に入った。毎年この季節になると池沿いにずらっと満開の桜が並び、休日には花見客で溢れるほどである。


「花見、ですか」

「そう、今年まだ見れてなかったから」

「桜、好きなんですか?」

「どちらかといえば嫌いね」

「じゃあなんで?」

「戒め、かしら。過去を忘れないように」


 そう言った由依の顔はどこか悲しげで、そして儚げで、そんな表情さえも美しいと彩人は思った。


「まあ過去のことを聞かれるのはあまり気分がいいことではないので、僕は聞きませんけどね」

「それは私に対しての嫌味かしら?」

「滅相もないです」


 ふふ、と由依が笑う。この人はどんな顔よりも笑った顔が一番綺麗だなと、彩人はその顔を見ながらそう思った。


「せっかくだからもっと歩きましょう」

「そうですね」


 公園を一通り回った彩人と由依はベンチに腰掛けていた。


「美人な先輩と花見をしたんだから少しは話す気になった?」

「美人な先輩と花見をしたのは嬉しいですけど、話す気にはなれませんね」

「それは残念」


 由依は少しも残念そうじゃない言い方をして桜の方へ目を向ける。


「桜、綺麗だったわね」


 久しぶりに間近に桜を見たので、率直な感想を彩人は答える。


「去年はバスから見えるところだけ見ていたので、こんなに綺麗なのは知りませんでした」

「案外バカにできないでしょ」

「ええ、びっくりです」


 こんな他愛のない会話がいつまでも続けばいいのに、と彩人は思った。由依との会話はとても楽しく、そして安心する。話していて非常に心地がいい。滅多に出会わないのでこの出会い自体に彩人は感謝した。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。


「部活は、何をしていたの?」


 由依が切り出した。一瞬固まったがこのくらいなら、と思い彩人は口を開いた。


「弓道部でした」

「弓道部がある中学校なんて珍しいわね」


 驚いた声色で由依が言う。


「そうなんです。物珍しさで入りました」


 弓道部に入った理由は単純だった。かっこいい、それだけの動機だ。袴を着ている先輩たちはみんな大人っぽく見え、弓を引いている姿は凛としていて惹きつけられるものがあった。


「うちの高校に弓道部があるのは知っていたの?」

「いえ、知りませんでした」

「……そう」


 それ以上は追及してこなかった。線引きが上手い人だなと感心する。


「そろそろ行きましょうか」

「そうですね」


 そう言って彩人と由依は公園を後にした。

 公園を出る時にはすっかり夕暮れ時になっていて少し肌寒く感じる気温になっていた。


「この時間になるとまだ少し寒いですね」

「そうね、もう四月なのに」


 五分ほど歩き、石神井公園駅に着いた。通勤ラッシュの時間帯に近づいているのか、駅は多くの人が行き交っていた。


「明日も色々と考えてあるから覚悟しなさい」

「逃れられそうにないので覚悟してます」


 実際由依のやる気を見てると逃げられるとは全く思えない。かといって屈服もしたくなのであくまで毅然とした態度を貫き通す。


「じゃあ私こっちだから」


 そう言って由依は彩人とは反対方向の下りのホームへのエスカレーターへと向かう。


「はい、また明日」


 彩人も上りのホームへと向かうエスカレーターに乗り、ちょうどよくきていた準急に乗り込む。各駅停車なら十分だが、準急だと五分ほどで最寄りに着く。

 一旦考えることを放棄し、音楽を聴きながら電車に揺られた。

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