第3話 出会い
「じゃあね倉木」
「頑張れよ彩人」
凛と秀馬から挨拶と激励を受けた彩人は自分のクラスに入った。一応見回してみたが顔を知っている人は勿論いない。
自分の席に座ると、隣の席に座っていた髪を茶色に染めた元気そうな女子が話しかけてきた。
「君が倉木彩人くん?」
「そうですけど……」
「なんだ、思ったより普通なんだね」
「思ったより、とは」
見知らぬ女子に話しかけられるとは思ってもいなかったため、思わず敬語が出てしまう。
「ああごめんごめん。教師に何言われても絶対に部活入らない人がいるって聞いてたからガラの悪いヤンキーを想像してたんだよ」
全く悪気のなさそうなトーンで言ってくる。しかしそんなイメージを持たれているとは。どうしたものか。彩人は目の前の女子よりそっちの方が気になった。
「あ、自己紹介がまだだったね」
「別に聞いてない」
「私は
その女子は彩人を無視して勝手に自己紹介を始めていた。
「部活は吹奏楽部で楽器はフルート、性格はこんな感じ、以上!」
「聞いてないのにわざわざありがとう」
嫌味っぽく言ったはずなのに薫は「いえいえ〜」などと言っている。非常にやりづらいと感じると同時に何か変だなと思った。
「彩人くんってどうして部活入らないのー?」
初対面で名前呼び。そして聞きにくいことをズバズバと。こういう人間なのかと思ったが、やはり違和感を覚える。
「言いたくない」
「言いたくないってことは何か理由があるってことだよねー」
普段なら『特に理由はない』とかわしているのにこの女子の前では何かが狂う。
「まあ無理に聞こうとはしないけどねー!」
「そうしてくれると助かる」
「あれ、意外と素直だね?」
「素直が取り柄なもので」
「絶対嘘だー」
ケラケラと笑っている薫を横目に彩人は桜の違和感の正体に気づいた。
「そうだ、失礼なこと言ったお詫びと言ったらなんだけど連絡先交換しようよ」
「失礼なこと言った自覚はあるんだな」
「まあいいからいいから、携帯貸して」
彩人が手に持っていた携帯を彼女が掻っ攫っていく。
「交換するのは構わないけど、僕の前でそのアホを演じるのはやめてくれ」
「……驚いた。気づいてたんだ」
薫は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに笑顔に戻る。
「なんでそんなことしてるんだ?」
「こっちの方が楽だからだよ。対人関係全てにおいてね」
頭のいい人間とそうでない人間では、後者の方が受け入れられやすい。自分より賢い人間を妬む層がいて、自分より下の人間がいることで安心する層がいる。そして期待されることも頼られることもないため自由気ままに過ごせる。自ら愚者を演じることによって、薫は対人関係に起こる問題から逃げようとしている。彩人にはそう解釈できた。
「中学の時いろいろあって、ね」
薫が含みのある言い方をしてくる。
「まさに仮面女子だな、連絡先の交換は済んだか?」
「あれ、ここは『僕で良かったら話聞こうか?』じゃないの?」
「会って五分の人間のそんな重い話を聞く義理はない」
「じゃあ仲良くなったら聞いてくれるんだ?」
何を言っても無意味な気がした彩人はそれを聞かなかったことにした。
「その無言は肯定と受け取るよ」
「どうぞご自由に」
「まあ、これからよろしく頼むよ、彩人くん」
「頼まないでくれると助かる」
「君、なかなかいい性格してるね」
「お互い様だろ」
仕方なく薫と絡んでいると、ガラガラと音を立てて担任が入ってきた。
「みんなおはようー。二年一組の担任になりました小竹瞳です、よろしくお願いします!」
彩人のクラスの担任になったのはその可愛らしい容姿と接しやすい態度で男女ともに人気がある小竹瞳である。今年で三十歳。独身。彩人が一年生の時も担任だったためこれで三年間担任であることが確定した。
今日は朝のホームルームだけで翌日以降の連絡をされ、下校の時刻を迎える。彩人がいち早く教室から出るとその担任に引き止められた。
「倉木くん!」
「なんですか?」
早く帰りたかったのでややぶっきらぼうな返事になる。
「今年も部活入らない気?新入生以外の全校生徒で部活入ってないの倉木くんだけなんだよ」
「オンリーワンになれて嬉しいです」
「あのね……うちの学校が絶対部活に入らなきゃいけないの知ってるでしょ?」
彩人の学校は都立学校にしては珍しく生徒に部活への入部を義務付けている。そのため様々な部活があり、活動は非常に活発である。
「だから今日は強制的に連行します」
「……は?」
唐突な宣言に彩人は耳を疑う。
「先生だってもう職員室で肩身狭い思いしたくないの!」
「いやそんなこと言われても……」
「とにかく行くよ!」
「ええ……」
瞳に連れられた先は職員棟二階の一番端の教室であった。
「ここは……?」
「私が顧問してる相談部の部室よ」
「聞いたことないんですが……」
「ま、色々あって一人だけ部員募集中なの」
「いや、入るなんて一言も言ってませんよ」
「いいからいいから、話だけでも聞いてみて。話はつけてあるから」
そう言って瞳は立ち去ってしまう。
「教師としてどうなんだ……」
このまま帰ってもいいかと考えたが、行かない方が後々めんどくさいことになるなと思い、彩人は仕方なく部室のドアをノックする。
「どうぞ」
中から聞こえたのは美しく澄んだ、それでいて芯のある声で、彩人は少し緊張した。
「失礼します」
「あなたが倉木彩人くんね」
倉木彩人と羽沢由依の出会いは、酷く一方的で理不尽なものだったのだ。
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