廃王子はあくまでも自身の正義を信じる

山吹弓美

廃王子はあくまでも自身の正義を信じる

 『才女と令息の幸せな結末』などというこっ恥ずかしいタイトルの小説が、王都近郊で人気を博しているらしい。俺も読んだのだが、タイトルはともかくまあまあ面白い内容だった。

 子爵家の養女として引き取られた彼女は、この小説の愛読者だった。そうして、自分こそがこの主人公である才女のモデルだと熱弁を振るっていた。……まあ、積極的な性格だけはよく似ている、と思ったわけだが。

 まさか、本気でそう思い込んでいるなんて俺は思わなかったんだ。ただ、彼女を俺の妃として、後々王妃として遇しようと思っただけなんだ。

 愚かな小説を読んでしまったために、彼女は自分が主人公だと思い込み暴走した。そうして国家転覆の罪を着せられ、王城地下の牢獄に囚われた。その後を俺は知らないが、おそらくもう。

 子爵令嬢を殺したのは彼女と、俺と、そして小説の作者だ。だから俺は作者の家を特定し、そこに乗り込んだ。というよりは当の作者も貴族の令嬢であり、王都に持つ別邸の場所は俺も知っていたからな。


「確かに、あの物語をしたためたのはわたくしですけれど」


 別邸に押しかけた末何とか面会を許された俺の前に現れた作者は、漆黒の髪をアップにして眼鏡を掛けていた。年齢は俺よりいくらか年上で、確か未だに婚約者もいないはずなのにその場には、護衛であろう男が立っている。更に、侍女も二人。

 その作者に俺は、抗議の言葉をぶつけた。お前が愚かな小説を紡いだために、俺の大事な彼女は暴走し、そうして生命を落としたと。


「まあ」


 俺の講義に対する彼女の返事は、その一言だけだった。呆れたように肩をすくめ、俺を見る目は嘲りの色を帯びている。


「なんて失礼なことをおっしゃるのかしら、この殿方は」


「先触れもなしにいきなり押しかける時点で、とても失礼ですけれど」


 二人の侍女が、声を潜めようともせず無礼な言葉をぶつけてくる。

 仕方ないだろう、今の俺には先触れをしてくれるような側近や配下なんて一人もいないんだ。あいつらはみんな俺から引き離されて、ひどい苦労をしていると聞く。

 俺だって、本来ならば王都にはいられない。ほんの一部、俺に同情して力を貸してくれる貴族たちがいてくれたから、こうやってこの場にいるのだ。


「まあまあ。だからこそ彼は、王族でなくなったのでしょうよ」


 護衛の男が、俺を見ながらやはり失礼な言葉を口にする。くそ、たしかにそうだよ。そうでなければお前たちは今頃、不敬罪で衛兵たちに捕縛されているはずなのに。

 ムカムカするのでにらみつけると、小説の作者は軽く頭を振るってから俺に向き直った。


「わたくしが物した小説の主人公は、己に厳しく皆に優しくをモットーに育て上げた令嬢ですわ」


 凛とした声に一瞬聞き惚れかけたけれど、慌ててにらみ直す。ああ、確かにあの小説の令嬢はそうだった。

 子爵令嬢だって、きちんと学べばああなっていたはずなのに。礼儀やマナーはともかく、学業については家庭教師や俺たちに聞けば何とかなったはずなのに。


「それこそ、身分の差さえなければ誰もが王族の妃として認めるように勉学にも、行儀にも長けた者としてわたくしは記しました。そうでなければ、王家に迎え入れられる理由がなくなりますもの」


 その通りだ。

 だからこそあの小説では、主人公を貶めようとした貴族子息の婚約者が様々な悪行を働き、そして自滅した。

 だのに、俺の婚約者だった公爵令嬢はいけしゃあしゃあと貴族のままでいる。小説と同じように、子爵令嬢に対して嫌がらせを働いたはずなのに。少なくとも、彼女はそう言っていたじゃないか。


「翻って、かの子爵家のご令嬢は何ですの?」


 ぎろり。

 眼鏡の向こうから逆ににらみつけられて、一瞬怯む。

 何ですの、と言われても彼女は彼女だ。愛くるしく可愛らしく、俺を慕ってくれたせいで公爵令嬢から嫌がらせを受けたと俺に泣きつき、それを『冤罪』などと叩き潰されて消されたかわいそうな、俺の。


「いくら平民として育ったから、と言っても子爵家に引き取られたのですよ。王族や貴族の方々との交流、良きお相手を見つける為なれば相応の行儀作法は教え込まれているはず」


 ……え。

 そう言われると、さすがに考えるな。確かに、子爵家で礼儀作法を教え込んでいてもおかしくはない、というかそうでなければ家の恥となる。

 最低でも言葉遣いと、相手の地位に対しての態度は教えられているはずだ。……だよな?


「しかし、かのご令嬢の言動は無礼にも程がありすぎましたわね。基本的なお作法すら学ぼうとなさらないなんて……王族の妃どころか、愛人の地位すら与えるに値しない愚かな方」


 だが、彼女の指摘を否定することはできなかった。言われてみれば、そうかもしれない。

 子爵令嬢に何も教えなかったのか、教えても覚えなかったのか。

 しかし、この女はどうしてそれらを知っている? まるで、目の前で見てきたような。


「ええ、たっぷりと拝見させていただきました。わたくし、王城では記録文官のお役目を頂いておりましたので……現在は返上致しておりますが」


 俺の疑問に彼女は、薄く笑みを浮かべながら答えた。……もしかしてこいつは、俺たちと彼女が全てを奪われる瞬間すらも見ていたというのか。

 そうして、その記録を王城に残した張本人、だと。


「無論、人に伝わるべきでない記録などはお城に置いてまいりましたし、今後ともわたくしが記すことはございません。ですが、あまりにも愚かなご令嬢、そして王子殿下の行いにつきましては国王陛下より記しても問題ない、と許しを頂いておりますの」


 何だって!?

 俺がかかされた恥を、子爵令嬢が押し付けられた『冤罪』を、この女は王都に広めるつもりか!


「お話は終わりましたか? 『元』王子殿下。ちょうど、お迎えが参りましたよ」


 女を怒鳴りつけるつもりで一歩踏み出したとき、護衛の男が平然とした顔で俺に告げてきた。侍女たちが開け放った扉の向こうから衛兵と、そしてかつて見知った顔の男が入ってくる。


「あなたには、王都への入場を禁止しているはずですね。お話を伺いたく」


 ……ああ。

 俺はもう、ダメかもしれない。あの子爵令嬢のせいで、いや、公爵令嬢があの娘にかぶせた『冤罪』のせいで!

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