ゲームセンター、刹那の見切り
影迷彩
──
筐体にコインを投入し、彼の目線と意識は画面に注がれ集中した。
操作するキャラクターを選択し、そのキャラクターの掛け声と共にバトルが開始される。キャラクター名は黒髪の背高な侍「ツキカゲ」。
風になびかれ揺れる草原が今回の戦場。相対した二人のキャラクター越しに、プレイヤー二人が互いを見据え合う。
『いざ、尋常に、始め!!』
彼は週に3か4回、このゲームセンターに通いつめている。攻略する喜びと刺激を求めて、今日も気に入ったゲームの筐体に座ってプレイしている。
中でもこの対戦剣道ゲーム『セツナ・スラッシュ』は彼の一番得意とし好きなゲームである。技の出し合いで技が交差し、その一瞬を突いて相手を一刀両断するこのゲーム、スリルと爽快感がある。
『貴殿の、敗北!!』
「なっ!?」
今日の勝負は一瞬で決着した。ほんの僅かなタイミングの差、相手の両手剣が「ツキカゲ」の構えた日本刀をくぐり腹を切った。
「速いだろっ!?速すぎるだろ!?」
倒れた「ツキカゲ」を一瞥し、相手の金髪騎士「エイリーン」が両手剣を地面に突き刺したところで対戦は終わった。
「速すぎるのはお前だ」
向かいの筐体から鋭く突き刺すような口調が、彼に向かって飛んできた。
「俺に隙があると油断し、構えてからの縮地で一刀両断するつもりだったんだろう。俺の罠にまんまとかかって」
筐体は大きく、相手の姿は見えない。金髪騎士のように実直で誇り高そうな雰囲気であった。
「自分のキャラの性能に頼った敗けだな。名を名乗る価値なし」
操作キャラクターになりきったような感じで筐体から相手は立ち去った。
「なんだよ、クソッ……完璧になりきりやがって」
「久しぶりに悔しそうな顔してんなー」
ゲーセンの主と呼ばれる無精髭のお兄さんが、彼にじゃがりこを分けた。パズルゲームの最長記録を叩き出しに、今日も一日中筐体に座り、タバコとこのお菓子を片手にプレイしていたのだろう。
「ありゃ最近ここに通い始めた強者つわものだ。生半可な腕じゃバッサリ斬られるだけだな」
唇を噛みしめ、彼は悔しさを口に出すのを堪えた。ここまで完璧に敗北しては、さすがに癪だ。
「俺は、このゲームにしか生きる道はないんだ……っ!!」
高校内で、彼の取り柄はゲームしかなかった。
「その取り柄のゲームで負けちゃ、もうお前はどうしようもねぇな! わはは!」
休み時間にスマホゲーを弄っている悪友からキツい一言を受け、傷ついた誇りは更にひび割れた感覚を覚えた。
「今日も先生に小言言われてたなぁ。[先週分からなかったところを何故今週も答えられない]と」
「別に覚えなくたっていいと思うしさ、覚えられないものはさ」
頭の出来が悪いと自認している彼は、悪友のからかいを諦観で受け流した。
「それよりもさ、最近天候した転校生、頭良いし美人じゃね!?」
そういう話に彼は興味がなく、今日はどんな技を食らわせようかと頭の中でゲームのシミュレーションをしていた。
彼はしばらく毎日ゲーセンに通っては、この金髪騎士「エイリーン」使いと戦い、あるいは自分以外の対戦者との決闘を遠巻きに眺めたりと、相手のパターンを探るように努めた。常に行ったシミュレーションを反復させ、「エイリーン」に届かなかった敗因を探りながら腕を高めていった。
「俺には、この戦場に立つことが生きる意味なんだ」
「ツキカゲ」の象徴的な台詞を呟きながら、今日もレバーとボタンに指を構えた。
そんな彼を遠巻きに、ゲーセンの主はじゃがりこをくわえながら見守った。
初めての敗北から幾星霜。遂に「エイリーン」の剣撃を回避し、「ツキカゲ」の日本刀が「エイリーン」の胴体を一刀両断した。
「遂に、遂に買った……!」
「おめでとう少年、ついに私の全てを覚えたな」
相手プレイヤーが筐体から立ち上がり、彼の席に向かってくる。
彼は緊張し、拳を膝の上で握りしめ顔を上げると……
「せ、先生っ!?」
「授業は覚えんのに、指の感覚だけは覚えるとは」
ゲーセンの主から頂いたじゃがりこをくわえ、先生はコートを羽織ってゲームセンターから立ち去っていく。
「お前は教師である私のコンボに勝った。それを誇るといい。勉学も、頑張ってくれ」
去り際に、彼を一瞥し先生は夜の静かな町に去っていった。
「主さん、もしかして知っていました?」
「同級生だからな。俺が言うのも何だが、ゲーセンに入り浸るお前が心配で相談した」
「……楽しそうな先生、初めて見ました」
「『セツナ・スラッシュ』にハマったぽいからな」
敗北を受け止め、それを誇らしげに背負って去っていく先生の背中を、彼は主から頂いたじゃがりこをくわえて呆然と見送った。
ゲームセンター、刹那の見切り 影迷彩 @kagenin0013
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