革命の引き金は一皿のペペロンチーノから
田村サブロウ
掌編小説
殺し屋は、意外ともうからない。
少年はそれを知っていた。
社会の陰から要人を1人殺して、自分が他者のかわりに法を犯すリスクと引き換えに依頼人から莫大な報酬金を得る。
書籍やら吟遊詩人の話やらで殺し屋にはそんなイメージが世間に根付いているが、実態を知る者にとってはそんなのただのおとぎ話だ。
今、この民家でテーブルに座っている少年にとってもそれは同じだ。
「ふーん。だからそんな貧乏くさいコート着ているんだ」
コンコンコンとキッチンで包丁を響かせる女がひとり。
女の名はアイリスという。本来、殺し屋である少年の標的であるはずの人間だ。。
「ボクは腕に自信はありますけど、まだ13歳ですからナメられるんです。報酬も安くしないと仕事を依頼してもらえないし、なのに殺人を犯すリスクだけは平等です。ホント、割りに合わない仕事ですよ」
「ん、そうでもないんじゃない? どんな仕事も、続けてればイイコトあるもんだよ。たとえば、物好きな標的にご飯を作ってもらえるとか」
「それはアイリスさん、あなただけですよ……はぁ」
今の状況に至ったいきさつを振り返り、少年はテーブルにつっぷした。
あらかじめ鍵をゆるめた窓から侵入して、銃を突きつけてズドンというかんたんな仕事だったはずなのに。
侵入した直後、空腹によるめまいで気絶してしまった自分の大マヌケぶりは我ながら恥ずかしすぎる失態だ。
標的のアイリスにしても問題だ。いくらなんでも肝が据わってやしないだろうか。
アイリスの背景には王族の不倫騒動だの隠し子だのが関わっているらしいが、信憑性が薄いと判断した少年は話半分にしか聞いてなかった。今、そのことを少年は大いに悔やんでいるところだ。
「はい、少年。できたよ」
アイリスはテーブルにできたての料理を置いた。
熱々のスパゲッティだ。しめじとカットされたにんにくがふんだんに入っている。
「……ごくっ」
思わず少年はよだれが出た。
スパゲッティなんて、食べるのは何年ぶりだったか。覚えていない。
フォークとスプーンで一口大に巻いたパスタ麺を、少年は大きく口をあけてほおばった。
「お、おいひい!」
オリーブオイルににんにくの風味、凝縮されたしめじの味が見事にパスタ麺に絡み合う絶妙な味わい。
少年にとってこのスパゲッティは、間違いなくごちそうと呼べるものだ。
一口たべれば、あとは一気呵成。わきあがる食欲のまま、少年はスパゲッティをがつがつと食べていく。
皿の中のパスタ麺がカラッポになるまで、3分ともかからなかった。
「にっしっし。美味しかったろ~? 少年」
「は、はい。ごちそうさまでした。ありがとうございます、アイリスさん」
「うむ! さて、腹もふくれたことだし、これで落ち着いて君の本業に戻れるんじゃないかい?」
「えっ」
アイリスの言った言葉、その唐突な重みに少年はぎょっとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいアイリスさん! 本業って、ボクがあなたを殺しに来た
「そうだよー」
「いや、ダメですよ! あなたは、ボクに自分を殺せと、そう言ってるんだとあやうく勘違いするじゃないですか!」
「そう言ってるつもりだよー」
「……なぜですか」
少年はいったん呼吸をととのえてから、短く一番聞きたいことを聞いた。
「うん。知ってると思うけど、あたし結構フクザツな立ち場でさ。君が失敗しても、どのみちまた殺し屋が送り込まれるんだよね。だから君のようなカワイイ殺し屋さんに殺されるなら、いつか他のどこぞもしれないヤツにヤられるよかマシかな~って」
けらけらと笑いながら語るアイリス。
だが、その瞳は笑っていなかった。諦観の色が見え隠れしていた。
そして、そんな彼女の瞳にふたたび銃口を向けられるほど、少年は落ちぶれてはいなかった。
「アイリスさん、僕に事情を話してください」
「えっ」
「師匠の言葉です。世界は広いから、いつか必ず君のもとに君を守ってくれる仲間が見つかると。その言葉は今、あなたのためにあるべきです」
「ちょ、ちょっと待った! それじゃまるで、あたしが少年を餌付けしたみたいじゃないか!」
「僕はべつに構いませんが」
「ええぇ……」
あいりすは額に指を添えて数秒悩んだが、少年の助力を受けることにしたらしく、表情に真剣味を付け加えると、
「少年、名前は? 相談に乗ってもらうんだから名前くらい聞きたい」
「……僕に名前はありませんが」
「じゃ、ペロってあたしが名付ける。ペペロンチーノで懐柔されたんだからペロ!」
こうして、アイリスと殺し屋の少年、もといペロは仲間になった。
この出来事が、たった一皿のペペロンチーノが、まさか王権打倒の革命につながっていくなどとはふたりは夢にも思わなかった。
だがそれは、まだ誰も知らない物語。
革命の引き金は一皿のペペロンチーノから 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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