第2話


 卒業パーティーの会場を出るとすぐさま馬車に乗りこむ。もちろん、このまま家に帰るわけではない。むしろ帰る気なんてさらさらない。

 馬車は家の途中にある森を割って作った道に向かう。目的地に到着すると、すぐに御者のローレンが扉を開けてくれた。


「お嬢様、少し離れて下さい」


 私は言われた通りに馬車から降り、少し離れるとローレンは斧を取り出し、馬を逃した後に馬車の荷台を何度か斬りつけた。

 そして、小瓶を取り出し中に入った動物の血液を荷台にふりかけた後、私を見て頷く。


「これで、お嬢様は攫われたと思われるでしょう。数ヶ月後には病気で亡くなった者を森の奥に置けばお嬢様は亡くなった事にできます」


「ありがとう、ローレン。本当に巻き込んでごめんなさいね」

「何を仰っているんですか。私はもう歳だし失うものはありません。それにやっとお嬢様に恩返しができますからね」


 ローレンはそう言って涙を流し始めるので、私ももらい泣きしてしまった。しかし、すぐに涙を拭く。


「ローレン、さあ、行きましょう」

「はい、お嬢様」


 私達は森に入ってしばらく進んでいく。すると森の中から外套を着た人物が複数出てきて駆け寄ってきた。

 そして手に持っていた外套を私達に被せてくる。


「これで、目立たないでしょう。いや、ゲルモンド公爵令嬢はその美しいお顔も隠さないと駄目そうですね」

「ふふふ、それならばあなたのお顔も隠さないといけませんよ。ラングモンド辺境伯様」


 私は目の前に立ち優しく微笑んでくる美丈夫を見つめる。

 私と七つ歳が離れているが、全く年齢差を感じないその顔に私はいつ見ても驚いてしまう。そんなラングモンド辺境伯だが寂しそうな表情で私を見つめてきた。


「シェルディンと呼んで下さいと言ったでしょう……」

「う、でも、私は……」

「もう、あなたはあの男から解き放たれたのでしょう?」

「そ、そうですが……。私は酷い女ですよ……」


 私は俯く。

 だって、あの時、王太子殿下がアンナマリーの嘘に気づいてくれたら私は王太子殿下の妻になろうとしたからだ。私は今回、成功しても失敗しても良いように動いていたのだ。

 要はローレンやラングモンド辺境伯など色々な人達を利用していたのである。つまり、一概に王太子殿下が言っていた事は間違いではないのだ。


 悪女……今の私にぴったりね。


 苦笑いしていると、ラングモンド辺境伯が私の手を優しく取り甲にそっと口付けをする。


「あなたはこの国の人々が栄華の時を過ごせるように、自分の人生を捨てて王妃になろうとしていたのはわかっています。だから、最後の最後まであの男にチャンスを与えていた。けれどそれを取らなかったのはあの男です。あなたが気に病むことはないのですよ」


 ラングモンド辺境伯はそう言って私に微笑む。この人はわかってくれた。私は思わず嬉しくて涙が出そうになった。

 おかげで背中を押された様な気がして頷く。


「……ラングモンド辺境伯、いえ、シェルディン様、どうか私の事もルナマリアと呼んで下さい」


 私は微笑むとシェルディン様は頬を赤らめ噛み締めるように呟く。


「……ルナマリア」

「はい。シェルディン様」

「はあ、幸せだな。やっとあなたの名を言う事ができた」

「申し訳ありませんでした……」


 私は思わず頭を下げてしまった。だって、今回の件を相談した時にシェルディン様に突然、求婚されたのだ。あれから、かなりの月日が経っている。

 その間、私はどっちつかずの対応をしてしまっていたのだ。


 やっぱり……


 シェルディン様に自分はふさわしくないのではと俯いてしまう。するとシェルディン様が私を抱きかかえたのだ。


「シェルディン様、何を⁉︎」

「先程も言ったでしょう。あなたはこの国の為に私をすぐに選べなかった。それにあなたに婚約者がいながら私は求婚して困らせてしまったのです。だから、あなたが気に病む必要は全くないのですよ」

「……シェルディン様」

「さあ、もうこの話はやめましょう」

「はい」

「それでは、これから周りに気づかれない様に私の領地に向かいましょう。皆も今か今かと待ち侘びていますよ」

「ふふふ、私も皆様に会えるのが楽しみです。あの、それでいつ下ろして頂けるのでしょうか?」

「何を言ってるんですか。森は危ないんですよ。転んだらどうするんです。私の馬車に着くまでは下ろしませんよ」


 そう言って誰もが惚れてしまいそうな満面の笑みを浮かべてくるので私は何も言えず、結局、シェルディン様の乗ってきた馬車に着くまで抱きかかえられてしまったのだった。



 私達は無事、シェルディン様の領地に着く事ができた。屋敷に入るとすぐにシェルディン様の母、エレノア様が抱きしめてくる。


「まあ、よく来たわね!」

「エレノア様、お久しぶりです」

「あなたの噂はこっちまで届いていたわよ。大変だったわね」

「本当に恥ずかしい限りです……」

「何を言ってるの。誰も味方がいないんだからしょうがないわよ。それより、覚悟は決めたのね?」

「はい、ご迷惑をおかけします」

「気にしないで、これで私達も腐敗したモルドール王国と決別できるから。夫なんて辺境伯を退いたのにまたやる気を出しちゃってるわよ」

「ふふふ、レズール様らしいですね」


 私がそう言うと奥の扉が勢いよく開き、レズール様が大柄の体を揺らしながらやってきた。


「がはははっ! ゲルモンド公爵令嬢、やっと来たか!皆も待っていたぞ!」


 レズール様がそう言うと、後ろから懇意にしていた商人の皆様が顔を出し頭を下げてきた。


「お嬢様、無事で良かったです」

「いやあ、僕達、皆気が気じゃなくて……」


 彼らはほっとした表情で見てくる。けれど本当はそんな表情を私に向ける必要はないのだ。逆に恨まれても良いくらいである。私は申し訳ない気持ちでいっぱいだったので彼らに深く頭を下げた。

 

「皆様、本当に色々と申し訳ありませんでした」

「ちょ、ちょっと頭を上げて下さいよ!」

「そうです! それに謝らないで下さいよ!」

「いえ、殿下や妹、そして貴族が権力を使って店から色々と物を持ち出したのですよね……」

「でも、それはお嬢様の所為ではないですよ。それにお嬢様が注意をしたり止めようとしてくれていたのも知っていますよ」

「でも、止められませんでした……」


 それどころか、妹の策略で私に命令されてやったと言われ、お母様に酷く怒られてしまったのだ。


「それでも、僕らはお嬢様には感謝しかしてませんよ。それにあいつらにはこれからたっぷり利子を付けて返してもらいますからね」

「そうですよ。既に商人連中の仕込みは済んでますからね。数ヶ月後には必ず芽が出ますよ」


 商人の皆様はそう言って楽しそうに笑うので私はほっとしてしまう。するとシェルディン様が商人の皆様に声をかけた。

 

「ある程度、王族と貴族の悪い噂が浸透したら、ルナマリアがあの馬鹿や貴族を注意していたと噂を流してくれ」

「お任せを!」

「お嬢様の名誉回復ですね!」

「ああ、それから父上、おそらく噂が広がればこの国は大騒ぎになり、怒りの矛先が向かう貴族は恐怖のあまりブラクルー帝国に逃げるだろう」

「うむ、ホワイト共和国は貴族を廃止してるから奴らは向こうには行かんだろう。安心しろ、全員身ぐるみ剥がしてからブラクルー帝国に送ってやろう。がはははっ!」

「そのタイミングでブラクルー帝国に嘘情報を流せば、内乱になってしばらくは攻めて来られないでしょう」


 シェルディン様はそう言って私を見る。


「全ての準備が整いましたら共和国から援軍を呼び、一気に片をつけます」

 

 私は皆様を見ると全員力強く頷いてくれたのだった。



 あれから数ヶ月後、全てが順調にいっていた。今日は腐敗したこの国に終止符を打ちに、私は王宮へと踏み入っていた。王宮内は既にラングモンド辺境伯の精鋭部隊と共和国の兵隊、そしてレズール様やシェルディン様を慕っていた派閥の騎士達により制圧されていた。

 私はシェルディン様達に守られながら、謁見の間に向かうと、そこには懐かしい顔ぶれが猿轡に縄で体中を縛られ横たわっていた。

 そんな中、私は淑女の礼をする。


「皆様、ごきげんよう」


 私が微笑むと、皆、それぞれ複雑な表情を浮かべた。しかし、王太子殿下だけはなぜか嬉しそうな顔をしていたのだ。私は正直腹が立ったが我慢しながら猿轡を取る。すると王太子殿下は私に向かってわけのわからない事を言ってきたのだ。


「ルナマリア、助けに来てくれたんだね! やはり君は私の妻になるに相応しい女性だよ!」


 王太子殿下がそう言って私に微笑んでくる。隣りにいたシェルディン様が剣を抜こうとしたので慌てて止めた。


「シェルディン様の手を汚す必要はありません」

「しかし……」

「大丈夫ですよ。私にはこの方の言葉は何も響きませんから」

「……わかりました。けれど一発殴っても良いですよね?」

「後でなら」


 私がそう言ってシェルディン様に微笑むと、王太子殿下が何故か怒りだした。


「おい、ルナマリア! お前は私の知らないところで浮気をしていたのか⁉︎」

「王太子殿下、私は浮気はしておりませんよ」

「なら早く私を助けろ。そしたら今、そいつに微笑んだ事は不問にしてやる」

「何故、助けないといけないのですか?」

「何故って私とお前は婚約者だろう! 何を言ってるんだ?」

「お戯れはおよし下さい。私と王太子殿下は婚約破棄しましたでしょう?」

「な、何言ってるんだ。あんなの冗談に決まってるだろ」

「冗談ですか……」

「ああ、冗談だ」

「では、アンナマリーはどうするのですか?」

「アンナマリーは嘘吐きだった。私は騙されていたんだ。だから、私の婚約者はルナマリアしかいない!」


 王太子殿下がそう言うとアンナマリーが恐ろしい形相で芋虫のように這いながら向かってきた。それに気づいた王太子殿下は怯えた表情になり私の方に妹と同じ様に這って逃げてくる。


「ひーーー! 助けてくれ!」


 私は溜め息を吐くと騎士を見る。騎士はすぐに二人を取り押さえた。


「どうやら、アンナマリーは違うようですね?」


 私は王太子殿下に微笑む。すると王太子殿下は激しく首を横に振った。


「ち、違わない! ルナマリア助けてくれ!」

「無理ですよ」

「な、何故だ! 私の事を愛してるのだろう! さっさと助けろ!」

「ああ、そう思われていたのですか……。王太子殿下、私は国を担う者としてあなたをお慕いもうしあげていましたが、愛はいっさいありませんでしたよ」


 私がそう言って微笑むと王太子殿下は目を見開き固まる。なのでもう一度言うことにした。


「私は王太子殿下にいっさい愛情は持っていません」

「えっ? 嘘だろう?」


 やっと、喋れるようになった王太子殿下は涙目になりながら聞いてきたので私は笑顔で首を横に振る。

 

「嘘じゃないですよ。だって好きになる部分が何処にもないんですよ? 人の話を聞かない。悪い事をしても反省しない。自分が言った事は全部正しいと思い込む……ああ、いっぱい酷い部分があり過ぎて面倒ですから、存在が嫌いという事で良いですよね?」


 私が首を傾げると王太子殿下は遂に涙を流し出して俯く。


「な、何でそんな酷い事を……」

「あれ? 言いましたよね。私の事を悪女って」

「あ、あれは……」

「ああ、もう喋らなくて良いですよ。時間の無駄ですから。さて、あなたは今まで散々、国民のお金を使いこんだのでしっかり体を使って返して下さいね」


 私がそう言って騎士を見ると王太子殿下は猿轡をまた嵌められた。次はダレン様とサージハル様の猿轡を取ってもらう。


「お二人は今までご自身がしてきた事を理解していますか?」


 私がそう尋ねると、二人は黙って頷く。その表情は後悔に包まれていた。


「どうやら、王太子殿下と違ってお二人は反省してるようですね」


 私がそう言うと頭に包帯を巻いたダレンが、アンナマリーを睨みながら言ってきた。


「私達はこの娼婦みたいな女に溺れてしまい、周りが見えなくなっていた。だからって自分は悪くないとは思わない。好きなように裁いてくれ」


 ダレンがそう言い終わるとサージハルが今度は俯きながら言ってきた。


「よく調べもせずにアンナマリーの言葉を鵜呑みにしてしまった。何も言えない。ダレンの言うように好きに裁いてもらって構わない」

「……では、好きなように裁きます。あなた達はこれから共和国に行き、一般市民となって働きながら一から常識を学びなさい」


 すると二人は驚いた顔をした後、涙を流しながら何度も頷いた。そんな二人に私は猿轡はしなくて良いと伝えると、今度はバーバラ王妃様とジョージア陛下の元にいく。バーバラ王妃様は猿轡を外されると私を睨んできた。


「これはクーデターよ! わかってるの⁉︎」

「ええ、十分に」

「今からでも遅くないわ! 考えを改めなさい!」

「何故です? 良いではないですか。役割を忘れて国民から金品や食料を奪っていく貴族なんていらないですよね?それに無能な王族も」

「む、無能ですって⁉︎」

「ええ、無能じゃないですか。だって、有能なら今回の件は未然に防ぐことができたはずですよ。ねえ、王妃様?」


 私が微笑むとバーバラ王妃様は絶句して固まってしまう。すると、隣にいたジョージア陛下が私に懇願してきた。


「ルナマリア、あの時は私達が助けに入らなくて本当に悪かったと思っている。だから、私達はしっかりと裁かれよう。だが、ジェラルドだけは助けてやって欲しい」

「あら、それは難しいですね」

「な、何故だ⁉︎」

「第二王子は私が卒業パーティーで途中退席をした後、私の家に向かったらしいんですよ。何故だかわかりますか?」

「わ、わからない」

「私に求婚する為です」

「な、なら良いではないか。二人はお似合いだぞ」

「お似合いですか? 中々、酷いことを言われますね。第二王子は知っていたんですよ……」


 私はジョージア陛下を見つめる。しかし、私が言ったことを理解できないようで首を傾げてきた。そんなジョージア陛下を見て残念に思ってしまう。


 全く、何も知らないのですね。いえ、この方はご自分は何もしなくても周りがやると思っているから知ろうとしないのですよね。

 本当、最低な部分は似た親子だこと……


 そう思いながらジョージア陛下に説明する。


「第二王子は私がアンナマリーや派閥の貴族達に嵌められていたのを知っていたのです。酷くないですか? それで、私が弱ったところで手を差し伸べようとしたんですよ。そんな卑怯者と私をお似合いと言われるのですか?」


 私が微笑むとジョージア陛下と後ろにいた第二王子は顔が真っ青になる。


「さて、あなた方三人ですがしばらくは離れの塔にて過ごし、平民として過ごせるよう教育してもらいますね」


 私はそう告げると騎士に指示して、ジョージア陛下とバーバラ王妃様に猿轡をまた嵌めてもらう。私は次にお母様の前に立ち猿轡を取ってあげると、すぐに頭を下げてきた。


「ルナマリア、悪かったわ! 全部私が悪いの! だから助けて!」

「お母様、何を仰っているのですか。悪い事をしたら、必ず罰を受けなければならないのですよね?」


 私はそう言って微笑むと、お母様は怯えた顔になる。なんせ、これから自分がされる事を理解しているのだから。案の定、お母様は必死に頭を下げ懇願してきた。


「……鞭打ちは嫌よ! お願い許してえ!」

「謝れば助けてもらえると思っては駄目ですよ。だってそう言って私に鞭を打ったのはお母様じゃありませんか?」


 私は軽く服の袖をめくり、まだ薄らと見える傷跡をお母様の目の前に見せる。すると、お母様はこれから自分がされる事を想像して恐怖したのか、白目を剥いて倒れてしまった。

 私はそんな倒れたお母様を呆れた顔で見る。

 

「……本当に困った人ね。でも、安心して下さい。お母様と愛した方は一緒にしてあげます。なので二人で苦難を乗り越えて下さい」


 私は隣で震えている、ルズベルドというお母様の幼馴染の男を一瞥した後、アンナマリーの元へ行く。しかし、アンナマリーは私を見ずに辺りをさっきから見回していた。


 この子はまた何かしようとしているのかしら……


 私は警戒しながらもアンナマリーの猿轡を取ると、アンナマリーは開口一番、わけのわからない事を言いだした。


「ねえ、そろそろ私の王太子様が迎えに来るはずなんだけど何処よ?」

「……あなたは何を言ってるのかしら?」

「何って隣国のブラ何ちゃらって国から王太子様が来て私を助けてくれるのよ」


 アンナマリーは私を見もせず辺りを見回しながらそう言ってくる。私は不安になりシェルディン様を見ると首を横に振った。


「おそらくブラクルー帝国の事を言ってるのだろうけど、あそこの王子は五歳から十歳までしかいないよ。君は何でそんな事を思ったんだ?」


 シェルディン様がそう尋ねると、アンナマリーは目を見開きシェルディン様を凝視し始めた。まるでそれは猛禽類が獲物を見つけた時のようで、アンナマリーはもの凄い勢いで跳ね上がるとシェルディン様へと飛びかかる。


「あなたが私の王太子様ねえ‼︎」

「危ないシェルディン様!」


 私は思わず叫んでしまうが、シェルディン様は冷静にアンナマリーを避けるとそのまま背中に乗って押さえ込んだ。私はそれを見て安心したのだが、すぐにアンナマリーは奇声を上げながら暴れだした。


「オオオオゥゥタタイィシサマアアアアァァーーーーーー‼︎」

「なんて力だ⁉︎ おい、何人かで押さえるぞ!」


 シェルディン様の掛け声で、騎士や共和国の兵士が駆けつけアンナマリーを押さえ込む。そして何とか動きを止めて猿轡を嵌めると、アンナマリーは糸が切れたみたいに静かになった。

 私はそれを見てほっとしていると、シェルディン様が私に微笑みながら駆け寄ってくる。私も思わず駆け寄ると、シェルディン様は嬉しそうに私を抱きしめてきた。


「ルナマリアが私の心配をしてくれるなんて夢のようだよ」

「恥ずかしいです。シェルディン様……」

「ふふ、そういう恥じらった顔も素敵だ。しかし、とんでもない妹だね……」

「申し訳ございません……」

「君が気にする必要はないよ。それよりも、この感じだと話もできないんじゃないかな?」

「確かにそうですね。でも、アンナマリーの処分についてはどうして良いのか迷っているんです……」


 すると、シェルディン様は深刻な顔をしながら静かに横になっているアンナマリーを見つめる。


「このまま野放しにしたら、きっと御伽話の、国を飲み込む妹みたいになるんじゃないかな……」

「ああ、何でも欲しがる妹が最終的には国を欲しがって文字通り飲み込んでしまう話ですね……。あり得そうですわ」

「なら、一番厳しいと言われる北の修道院に送ろう。あそこなら、周りから切り離されているから逃げる事もできないしね」

「わかりました。残念ですがそうしましょう……」


 私は溜め息を吐いた後、お父様のところに行き猿轡を取る。するとお父様は力なく私を見つめた。


「……生きていたのだな」

「はい」

「良かった……。そして、すまなかった」

「お父様、覚悟は良いですか?」

「ああ、どんな罰も受けよう。それでもお前の怒りも私の贖罪も決して消えないだろう……」

「よく、わかってますわね。では、お父様には死ぬまでこの国の為に働いてもらいます」


 私がそう伝えるとお父様は驚いた表情を浮かべる。だから、私は説明する事にした。


「お父様は仕事に関してだけは優秀ですからね。だから、これから私の手足となって働いてもらいます」


 私がそう言うとお父様は私に向かって頭を下げてきた。


「わかりました。生涯をかけてあなたの手足となりましょう」


 私は満足し頷く。するとシェルディン様が私の手を取りバルコニーへとエスコートして下さる。外は既に沢山の人々で埋め尽くされており、私が出てくると、すぐに歓声が巻き起こった。

 私はゆっくりと手で制止し、周りが静かになったところで宣言した。


「今日より、モルドール王国はホワイト共和国の属国となります! そして、二年以内に貴族と王族を廃止し、自由と平等のモルドール共和国にします!」


 私がそう叫ぶように宣言すると、しばらく全体が静かになったが、徐々に拍手が始まり、すぐに割れんばかりの拍手が巻き起こった。その光景を見て私はほっと一息吐いているとシェルディン様が微笑みながら声をかけてくる。


「とりあえず一つ終わったね」

「ええ、まだ、始まったばかりですけどね」

「でも、私は楽しみだよ。なんせルナマリアとこれからずっと一緒なんだからね」

「私もですよ。シェルディン様」


 私はそう言ってシェルディン様の手を握ると微笑むのだった。



ハロルドside


 あれから私は北の鉱山で毎日、石ころを掘っていた。


 全く、なんで私が毎日こんなことを! しかも、この石は何に使うんだ⁉︎


 私がちょっと光っている石を見ていると、いきなり看守に尻を蹴られた。


「ほら、さっさと働け!」

「痛い! 私は王太子だった男だぞ! もっと優しくできないのか!」

「あ? なんか言ったか?」

「いや、この石は何に使うのかと……」

「そりゃ宝石だよ」

「宝石?」


 私は石を見て思わず笑ってしまう。


 これは傑作だな。宝石というのをこいつは知らないのだな。全く、だから平民は無知なのだ。


 私はその石を雑にバケツに投げると何故かまた看守に蹴られた。


「痛い、何するんだ⁉︎」

「馬鹿野郎! お前より価値のある物を雑に扱うんじゃねえよ!」

「な、私がこの石ころより価値がないだと⁉︎」

「ねえよ! てか、口を動かしてないで体を動かせ!」


 看守はまた私を蹴ってから睨みつけると唾を吐いて去っていった。


 くそっ! あいつはいつか絶対に死刑にしてやる。

 だが、その前に本物の宝石を見せてやろう。きっと驚くぞ。本物の宝石は輝くように綺麗なのだからな!

 

「くっくっく……ハハハハハッ!」


 ハロルドは笑い続ける。そしていつかここから出られると根拠のない自信を持ちながら……



バーバラ、ジョージアside


 肌に手が荒れる。体がベタつき臭う。もう耐えられない。私は手に持っていた、痩せ細り萎びた人参を投げる。すると隣で無心に畑を耕していたジョージアとジェラルドが睨んできた。


「何よ?」

「食べ物を粗末にするな」

「あれが食べ物? ふざけないでよ!」

「なら私達があれをもらおう」


 ジョージアとジェラルドは満面の笑顔で痩せ細り萎びた人参を拾う。それを見た私は頭を抱えて叫んだ。


「うわああああああっーーーー‼︎」


 しかし、誰も私の声を聞くものはいない。何故なら、この辺りには私達三人しか住んでいないからだ。

 だけど私は叫び続けるしかなかった。じゃないと可笑しくなってしまうからだ。


「こんなはずじゃああああっーー‼︎」


 バーバラ達三人はその後、バーバラの発狂する声がたまに聞こえる以外は穏やかに暮らしたのだった。



 システィーナside


 私はあれから別の国の意地悪な女公爵の元に侍女として送られた。ルズベルドも同じく使用人として働いている。そして私達は毎日のように女公爵に暴力を振るわれていた。


「全く、そうじゃないって言ったでしょう!」

「き、昨日はこのやり方でと!」

「昨日は昨日! 今日は今日よ!」


 女公爵は常時持っている杖で私を叩いてくる。私は近くにいたルズベルドに助けて欲しいと目で訴えたが、すぐに目を逸らされてしまった。


 どうしてこんな事に。私は愛する人との子を王妃にしたかっただけなのになんでこうなるのよ……


 私がそんな事を思っていると女公爵が私を覗きこんできた。


「あんた娘を十年以上、虐待してたみたいね。だから、十年は続くよ。後、あの男もね。ひひひっ」


 私とルズベルドはそれを聞いて絶望する。


 その後、システィーナとルズベルドは毎日、女公爵に杖で叩かれた。しかし、システィーナは結局ルナマリアに対して虐待していた事を反省する事はなかったという。



アンナマリーside


 私は毎日暇で暇でしょうがない。修道院には女しかいないし、綺麗なものも美味しい食べ物もない。それに何より身動きが取れないのだ。


 本当に重いわね。この足枷。それにこの拘束具もどうにかして欲しいわ。


 私がそんな事を思ってると、修道女が何人か部屋に入ってきた。


「アンナマリーさん、どうですか?」

「どうって何よ?」

「落ちつかれましたか?」

「はっ、何言ってんのよ?」


 私はそう聞くが修道女達は何故かこそこそ喋りだすだけだ。はっきりいって苛々するので睨んでやると修道女の一人が私に話しかけてきた。


「そういえば、今、王太子様が来てらっしゃる……」

「ドコオオオォーーー⁉︎ドコニイルノ‼︎オオオオゥゥタイシィィッ‼︎」

「……や、やはり、む、無理ではないでしょうか?」

「そ、そうね……。お、落ち着くと忘れてしまうのが問題ね……」

「い、いきなり、こうなる時もあるしね……。仕方ないわ。あ、明日は地下三階の最奥部屋に移動させましょう」


 目を見開き、辺りを見回しながら叫ぶアンナマリーに修道女達は恐怖の表情を浮かべて頷く。その後、北の修道院に一つの噂話が生まれる。それは修道院の地下深くに化け物が住み着いているという噂である。

 それはやがて悪さをする子供達に読み聞かせる御伽話になるのだった。悪さをすると修道院の奥から化け物がやってくるよと……



 あれから三年経った。モルドール王国は王族も貴族もいなくなり、約束通りモルドール共和国になり平和を取り戻していた。

 私は半年前にモルドール共和国の代表の座を譲り、現在はラングモンド辺境伯の領地だった場所に夫、シェルディンやその家族と一緒に住んでいる。

 今日は天気も良いので外のテラスでお義母様と紅茶を飲んでいると、シェルディンが嬉しそうな表情を浮かべてやってきた。


「ルナマリア、どうやらブラクルー帝国の内戦が終わったらしい」

「やっと、終わったのね……」

「それで、君の……いや、元ゲルモンド公爵が向こうに行って力を尽くしたいと言っているんだ」

「そう、相変わらず仕事好きなのね。じゃあ、向こうに行く前に一度こちらに呼びましょうか」


 私は隣の揺り籠で眠る我が子を見つめると、シェルディンが私に微笑む。


「その方が良い。こんな可愛い子を見ないで向こうに行くなんてそれこそ罪だよ!」


 シェルディンがそう言って拳を握るとお義母様が苦笑する。


「全く、うちの男連中は困ったものね」


 お義母様がそう言うと、お義父様もテラスに来るなり我が子を覗きこみ嬉しそうに眺める。


「はあっ、いつ見ても癒されるなあ」

「あなた、そんな怖い顔を近づけたら駄目よ」

「おお、すまん……」

「全く、これから商人の皆様が来るのだから早く、先に行って支度して下さい」

「わかった……。また、来るよ」


 お義父様は体を縮こませながらテラスを出ていく。そんなお義父様を見てシェルディンが苦笑した。


「息子にはあそこまでじゃなかった気がするけどね」


 シェルディンがそう言うとお母様は笑いながら答えた。


「ふふ、孫は別格よ」

「ふむ、なら取られないように気をつけないとな。溺愛するのは私の役目なんだから」


 シェルディンがそう言う為、私は首をふる。


「溺愛は駄目よ。褒める時は褒めて怒る時は怒らなきゃ。ね?」


 私がそう言ってシェルディンに微笑むと、頭をかいて苦笑する。


「そうだったね。危ない危ない」

「ふふふ、さあ、私達も商人の皆様に挨拶しましょう。彼らはこの子の明るい未来を切り開いてくれたのですからね」


 私はそう言って我が子を抱き上げる。そしてその顔を見つめながら思う。


 あなたが私ぐらいの歳になる頃は、きっと世の中はもっと平等な世界になるはずよ。だからね。それまでは真っ直ぐに育っていってね。

 

 私は心の中でそう言うと、我が子に向かって微笑むのだった。



fin.

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婚約破棄をしてきた婚約者と私を嵌めた妹、そして助けてくれなかった人達に断罪を。 しげむろ ゆうき @solid_yuu

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