第3話 セカイと薬とまふゆ

 疲れた。まさかあそこまでやるとは思ってなかった。肩と首筋、耳にまふゆの歯型が残っている。肩と首には絆創膏が貼られていた。まふゆがハメ外すなんて珍しいと思った。初めてなのに。普通まふゆは遠慮するタイプだから。キスが終わると、抱きつき、またキスをする。ほぼその繰り返しだった。まふゆの柔らかい唇と舌が私のと重なる。甘い吐息と匂いが混じりあっていく。匂いと快感により頭がどんどん真っ白になる……ああ、想像するだけで興奮する。一回落ち着け私。大きく深呼吸した。

 ただいま〜と言ったつもりが声になって出なかった。私はいつもやってることをするためにそそくさと部屋に入り、鍵を閉め、カーテンも閉めた。机の引き出しから白い粉を出す。はぁとため息をつき口に入れる。最初は甘いんだよね。最初は。五分経った。急に視界がフラッとし、めまいが起きた。立っていられない。ベッドに倒れこんだ。頭が痛い。正確に言うと脳なのかもしれない。焼き溶けるような痛みと、針で刺されたような痛みが交互に私の脳を襲う。心臓も痛くなった。血を一回一回体に送るたびに吐き気がする。

痛い。

怖い。

辛い。

苦しい。

気持ち悪い。

その時目の前に見覚えのある人が現れた。けど、めまいや頭痛のせいではっきりと区別できない。ずっと視界がふらついてる。その人らしきものはゆっくりとこっちに近づいて来た。来ないで。逃げようと立とうとした。が足が動かない。脳が痛みのせいで命令が出せなくなったのか、体が蝕まれたのか。わからない。その人らしきものはどんどんこっちに近づいてくる。お願い来ないで。叫んだつもりが声が出ない。気づいたら痛みから熱に変わった。熱い。体が溶けていくみたいだ。その人らしきものは私の目の前で止まり何か言った。

「……な。か……う。お……い、で」

聞き取れた単語は「おいで」だけだった。嫌だ。絶対行きたくない。何されるか分かんない。あと、予想だが最初に言った単語は「えな」だろう。つまり、私のことだ。なぜかその単語だけで脳裏に浮かんだのはまふゆだった。今、心が通じたのか声がはっきりと聞こえた。

「絵名。帰ろう。おいで」

帰ろう?帰る場所なんていらない。私は、私は、まふゆと一緒にいればどこにいたっていい。でも、今の状況では嫌だ。何か、嫌な感じがする。足が動かないから腕を使って逃げることにした。動けない。何で。何で。何でなの!動いてよ!「無駄だよ」

とまふゆに言われた。まふゆは私に何か見せて来た。私はゾッとした。動けない理由がわかったからだ。見せられたのは私の足だ。まふゆはサイコパスのような笑みを浮かべてる。怖い。怖い。怖い。怖い。痛い。痛い。痛い。痛い。助けて。助けて!

「何泣いてるの?怖いの?痛いの?大丈夫。私がそばにいるから。安心してね、絵名」

嫌だ。怖い。何で。心が読まれたのだろうか。そのまま私の感情を言葉にして言ってきた。やばい。足が取られて血が大量に出たせいか、意識が遠くなる。けど、まふゆの声はしっかりと聞き取れた。

「絵名。絵名。絵名。絵名!」

こうやって死ぬなら、最後に名前でも言ってあげるか。

「……ま、ま」

「まふゆ!」

目が覚めた。また夢だったらしい。何なの怖すぎる。気づいたら汗でびっしょり服が濡れていた。なぜか泣いていた。何で泣いてるんだろう?ここはどこだろう。見覚えがある。起き上がって辺りを見回した。まふゆの部屋だった。まふゆは居なかった。少しすると、会話らしきものが聞こえた。

「まふゆ。何か隠してない?」

多分お母さんだろう。

「いや。そういえばお父さんは?」

まふゆの声だ。私は唾を飲み込み、息を潜めた。

「まだ仕事よ。」

「そっか。ありがとう」

「こっちこそ。体調悪そうだったから。悪かったらすぐ言うんだよ?」

「心配してくれて、ありがとう」

ここで会話が途切れた。しばらくするとまふゆが部屋に入って来た。多分私が気絶してる間に親が帰って来たんだろう。まふゆは親に聞こえないようにだろうか囁き声で私に話して来た。

「起きてすぐにすまないけどセカイに行こう」

私はまふゆに引かれながらセカイに入った。

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