Chapter-7 果肉は苦く咲く-I






巨塔より三里程離れた,

小森の中を処刑者は歩いていた。



彼が来た道とはまた違う,

ここから全く未知の道程である。

目標地点まで,まだまだ遠い。

最寄りの村落について何も

情報を仕入れていなかった。

巨塔を訪れる以前,

物資を補給した郡から聞けば良かった物を。

生憎, 皇国の端末が作動する範囲外だ。

領外の蛮族や「反逆派」に悪用されぬよう

通常,最新鋭の技術を搭載した端末は

自動的に領外では使用不可能となる。


それも最初から知っていたが。


(では, 後に依頼の詳細を記した

契約書をお送り致しますぞ。

繰り返しますが, これは"私戦"です。

"私戦"ゆえに標的は勝手に貴殿と戦い,

貴殿はこれを勝手に処刑されたのです。

我々とこの件は一切関係が無い。

...これが我々「正統派」の要求です。

ノイル殿。

ご活躍を拝見させて頂きます)



"...私戦,ね。15名分喧嘩を売って

見事に全員倒しました,か。

群雄並みの大悪党だな,俺も"

ノイルは依頼主の声を思い出していた。


巨塔への巡礼者が永き時間をかけて

開拓したのであろうか。

土が固められ, 移動には丁度良い。


人々の息吹を感じる道であった。


木々に隠れているだけで,

脇道を進めば密かに

小物売りの商人が待っていると分かる。

麝香。竜骨の模造品。使い捨ての茶葉。

この一帯で人気の品々を備えて。


依頼が達成されれば,

この辺りもまた訪れてみよう。

長ければ達成に一年半を要する依頼だが。



ノイルは後々来たる寄り道の愉しみに

思いを馳せていた。


幾度と陰惨な「依頼」を受けれど,

過客者として歩む喜びが魂を癒してくれる。


後ろを歩く天使の様子を見ると,

屈託なき微笑みを返してくれた。



(...さて, 密林の商人達よ。

長き戦いの後, 私はまたここに戻る事にした。

その時は, 自慢の逸品でも紹介してくれよ。

紅茶でも飲んで, 語らおうぜ。)



3年前に起こった例の事件以来,

ノイルは処刑の道から遠ざかっていた。

いや, 正確には表の情勢全般である。


聖界派閥抗争。

堕天せし者と,その追従者の戦い。

その終結が30年前であったか。

そして決定的な評議会が行われ,

大議論の末に東方版図の勢力情勢が

確定したのが8年前であった。


仮初の秩序が保たれていた。

だが, 大乱の残滓は各地に残存している。


「反逆派」。抗争の発端となりし分派。

「耽溺の徒」。襲来せし祝福の残党。

「神官肢体」。皇国外部に安住を赦された。


「反逆派」を率いる首魁数名は, 神出鬼没。

端末よりも優秀な情報の網が

同派の液族や蛮族で共有されているのだ。

狙っていると勘づかれれば,

喜んで劣悪な神兵を送り込んで来るだろう。



「耽溺の徒」は判明した12名の内,

半数を《夢想》の界域に閉じ込めた。

残りは依然として行方知らずだ。


捕らえた側の処刑は仲間の部隊が担当する。

ノイルの役目は, 残りの成員の探索であった。

都市の市井として紛れているか,

孤絶した廃村にでも隠れているか。


否, アルフィリオの事例もある。

過激な演出と思想批判によって

皇国の衆愚を風靡したあの歌い手が,

忌々しいテロリストの片割れだったとは!


危険因子の典型だ。


そして...「神官肢体」。

なぜ, 東版図全域で崇敬される

天族マルを巨塔から連れ出したか。

その理由の1つが, この標的達であった。



契約書に記された

山積みの依頼を再確認する。

そして, 宙空を仰いだ。


"...ノイル。"

ノイルは,新たな戦役への幕を開けた。

天使に纏わりつかれる受難を背負い。

"...ねえ,ノイルってば!"


その天使は, とてもお喋りであった。


"ねえねえ!"

袖を引っ張られた。

見ると, 俯きがちなマルの姿。


''...どうした?"

"これから何処に向かうの?"

"うむ...そうだな。移動しながら説明するより,

手頃な宿にでも泊まってから話そうか。

急ぐ必要は皆無だ。

物資や衣服の補充システムも確立したい。

...というかさっきも答えたと思うが?"


"だって, 退屈だもん。お話しようよ。"

辺りを見回していたマルは,

傾斜に生え盛る花々に目を輝かせる。


"あっ!ノイル,また綺麗な花があるよっ!"

"...マル。もう摘んで来るのは止めてくれ"

"でも,このコが僕達についていきたいって"

"見ろ,私の姿を...サングラスをかけた

男がポケットに花を入れて歩いている。

馬鹿みたいだ"


しかし, マルは止まらない。

軽く翼を羽ばたかせると, 数本を摘む。

マルは新たな花束をノイルに手渡してきた。

"別にいいじゃん。誰も君を否定しないよ..."

渡された花束は冷気で覆われていた。


まるで, 異郷の地で子供から手渡される

手芸品の気持ち悪さにも, 似て。


"僕はただ, 僕であるだけだから。

君も, 僕の前ではあるがままでいてよ。"


含みある言葉をマルが発した時,

道が開け, 木々が途切れた。

高度が下がり, 雑草混じりに花が生えている。


"あっ!!ノイル, 花畑まであるよっ!!"


一際大きな花畑を見つけると,

マルは勢い良く飛んで行ってしまった。

ノイルは渋々後を追う。


"あはははっ"

マルは心底楽しそうに,

数本の白花を摘んでは宙に放り投げていた。

奇妙な放物線を放ち, 切り離された花は

同族の元に還っていく。


"僕, 花は白いコが好きなんだ"

"どうして?"

"静かなんだ。他の色はみんな五月蝿いから"


マルは花輪を作り始めていた。

被せられたら困るなと思いながら,

此方を見て目を細め, 笑う天使の姿に

複雑な気持ちとなる。


器用に茎を編み, 小さな輪が紡がれる。

"皇国で娼婦達を殺した時より楽しいな"

"お前,皇国に行った事があるのか?"

"あるよ。招待されたんだ。友達の貴族に"


人間の命を奪う快楽よりも,

僻地の花遊びが勝るというのか。


"くくっ。下種の楽しみだったね"

マルは記憶の端に横たわる

娼婦達の屍を思い出したらしい。薄笑い。

"でも, みんな僕に縋るようにして,

血を吸われて息絶えたんだ...綺麗だったよ"

"...理解できない世界だな"

"ううん, 君なら愉しめる世界だよ"

マルは愛おしげに仲間を見つめている。


(参ったな。旅先でずっと, この調子か...)

若干の恐怖を覚え, ノイルは距離を置いた。


昼下がりのひと時。


切り株に腰掛け, 様子を見る。

花輪を作り, 自らに被せては捨て。

伸びやかな低空飛行を繰り返した後に,

飽きたのだろうか,マルが戻って来た。

再び森の中へ。先程と変わらぬ光景。


"お腹空いた。また《液》貰ってもいい?"

"って,待てよ!あの痛みには慣れないんだが"

やや乱暴に突き放すと, マルは涙目に。

"...ノイル,やっぱり僕の事,嫌いなの...?"

"あ,いや...ごめん"

このパターンのみで, 巨塔より出てから

何回も繰り返されている。

記録して置かねば。

行動の法則性が掴めれば良いが...。


マルは次に何をしでかすか分からない。

他者の存在が, 最初から眼中に無いのだろう。

好きな場所を舞い, 好きな言葉を発し,

そして気に食わない人間は...。


幽隠されていた理由は,

単に政治的な思惑からも外れているだろう。

この天使は死と戯れるのだから。


"嫌いでは無いが今は辛い。後にしよう,な?"

頭を撫でると, 愛苦しい声を発した。

"むぅ...いいもん。君がそう望むならね"

余程空腹だったのだろうか。

マルはやや拗ねた様子で,

道を逸れて走り去ってしまう。

豊かな白翼の後ろ姿が,

鬱屈とした樹々の間に消えた。


"あっ!マルッ!"

慌てながらも,

処刑者は天使の奔放さの余り,

寧ろ謎の安心感を覚えていた。

"本当に, 自由なヤツだな..."


いずれ《液》を求めに戻って来るだろう。

ポケットには, 小さな花輪が入っていた。

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処刑者は天使と旅をする フミンテウス @humitee666

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