Chapter-4《耽溺の徒 --辺獄01--》



僕の名前はアルフィリオ。

誰もいないビルの屋上で, 音を奏でている。

今日の演目は贅沢だ。

自曲のトップチャートを垂れ流している。

終わったら聖歌定式の練習をする。

僕の能力系統では無いけれど。

ここに放り込まれた時に聞いた,

あの音節を再現してみたいから。



[目標は今日も変わらず音を流している。安物のテクノポップ。]



裸の胸元には高音部, 低音部記号の

スカリフィケーションが刻まれ。

水色のトランクスは汗と炭酸水で濡れ,

青年の髪色と似た色彩を帯びている。




太陽が眩しい。

点として現れては,

夜陰を垂直に上昇して消える。

僕だけの音階。

僕だけの空間。

好きな時に起き,寝る。



唯一の文通者は,

コウノトリで運ばれるコルク製の書簡だ。

差出人はAgathocles。

僕を完全に理解した,数少ない友達だ。


[例の鳥がまた書簡を運んで来た。タグを付け,解析に回そう]


彼の言葉は僕の肌を灼いてくれる。


彼は外の世界だと有名らしいから,

僕の所にも知り合いが来るって。

書簡ではそう言ってくれた。

脊髄の印章付きのサインまで添えて。

でも 誰も逢いに来てくれないんだよ。

こんな場所じゃ。

いや,気が遠くなる程に前からだけど,

スナイパーは僕を狙っている。

タマリンド・シェイクを

ハンモックで味わっていると,銃口が光って。



銃口の位置,数は変わり続ける。

今日は左右のビル合わせ, 20程度か。

何日前かも分からないある日,

双眼鏡で確認したら,頬を痛みが掠めていた。

それが,彼らが僕に施した

最初にして最後の攻撃だった。



今の所は。



彼らは天界から

《神託断章》した

遠距離用の火器を持っている。


それは小さな礫を放つ。

細長く熱を帯びた,人外狩りの飛び道具だ。


[射撃ポイントは音符型のシジル。無力化の方法は同時に撃ち抜く事。オーバー。]


僕の音に応えてくれる同胞は,

もう暫く現れてはくれないだろう。

なんせ魂を閉じ込められた,

約700階層の高層ビルが拠点じゃね。

しかも,地平線の周りには

単眼の巨獣が蟠っているんだ。



それは僕を狙っているのか,

他に目的があるのかは,知らない。

グロテスクな緑色の蛇腹は,

通過地点にある全てを併呑するだろう。

怪物の胴体に沈んで行くんだ。

それが擦り潰した煉瓦も, 鉄骨も。

もはや僕を除いて誰もいない,

このビルも軈ては,奴の蛇腹に...。


[彼は我々の正体に気づいているのだろうか?][勿論だ]


僕は耽溺の徒。


見えない鎖で繋がれた,《夢想》の虜囚。


先の大乱に敗れた天族の僭称者,

マリヤムの崇拝者だった。


虜囚の中には,マウソレウムじみた廟や島に

閉じ込められた同胞もいる。


彼らを想いながら,

ハンモックから飛び起き,

両掌の指を開閉する。

僕は毎昼夜,

仮初の天空にメロディを浸していた。

天界に神殿があるならば,

その奥底にまで反響していただろう。

大気が僕に調律を教え,

譜面は空に幾らでも描き続けられた。



[竜骨弾の使用を許可する。貫通させれば,弱体化のチャンスがある]

[龍族の遺物を使用すれば,あの方が怒るぞ]

[過去の話だ。任務に集中せよ。]



雲一つ無き,地上のそれとは違う青空を仰ぐ。巨獣は眠り続けている。



"誰か,来てくれよ。新曲を聴かせてやりたいんだ。"

[今日の攻撃を開始する。30分後に回収地点に向かう。オーバー]



長髪の,音符の瘢痕文身を胸に刻んだ青年は

舌を出して嗤った。


"ノイルをぶち殺す地獄の曲をなあ!!"

[夢想部隊。耽溺の徒,アルフィリオを始末せよ。成功率15%。アウト。]


−−HELL YEAH−−


青年のシャウトが戦域を揺らすと同時に,

射撃が開始された。

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