第9話 未来へと踏み出すんだ

       プロローグ



 お腹が減っていた。

 腹が減って死にそうだった。

 帰ったら何を食べようか? それしかオルステッドさんの頭の中に無かった。

 麺料理もいい、パンも捨てがたい。しかし今の気分はライス料理だった。

 以前どこかで食べた、カツレツをあまからなスープとともにたまごでとじて、たくさんのライスの上にのせて食べるという、背徳的なうまさのあの料理な気分だ。

 上に乗っている香草が彩りをよくし、食欲を更にかき立てる。魅惑のあのライス料理。食べたい。強く思っていた。

「おいしそう。はやく帰ってみんなで食べよう」

 サブリナも同意してくれた。

「その前に倒さないと」

 そしてオルステッドさんとサブリナは、ゲヴァースの前へと到着したのだった。



             1



 サブリナは魔力で身体能力を強化し、突撃してくるゲヴァースに向かっていく。

 盾で防がれはした。しかしゲヴァースの動きは止まった。

 オルステッドさんもサブリナに続き、ゲヴァースに剣を振る。

 ゲヴァースは気合いとともに、回転切りを放つ。オルステッドさんもサブリナも吹き飛ばされた。

「強い」

 体勢を整えながら、サブリナは立ち上がる。

「でも負けない!」

 オルステッドさんはサブリナに同意し、ゲヴァースに斬りかかった。

「お前を倒してみんなで帰るんだって? そうはいかない。お前たちはここでカオスの生け贄となるのだ」

 ゲヴァースはオルステッドさんの剣を盾で受け、切り払おうとした。

 しかし剣の方は、サブリナが止める。

「私もいる」

 オルステッドさんとサブリナは同時にゲヴァースを蹴り飛ばし、大きく間合いを作る。

「お前の思い通りにはさせないだって? 笑わせてくれる。ではもう少し本気になってやるか」

 ゲヴァースは今まで見たこと無い速度で、オルステッドさんたちとの間合いを埋めた。

 笑いながらオルステッドさんに連撃を浴びせる。オルステッドさんも、なんとかそれを耐える。

 サブリナはゲヴァースの背中めがけ剣を振る。しかしその場には既にゲヴァースは居ない。

「なんてスピード」

 舌打ちしたサブリナは魔力を完全解放し、全力でゲヴァースに襲いかかった。

 オルステッドさんも、魔力コントロールで身体能力を強化、ゲヴァースに向かっていった。

 二人の攻撃をゲヴァースは難なく盾で受け止める。よく見ればゲヴァースの体から、紫色の炎が上がっている。

「オディオシステム!」

 ゲヴァースは自身を改造し、システムを使えるようにしていたのだ。今の異常な速度もこれで納得がいく。

 しかし。

「見える! アナタが見える! ゲヴァース!」

 オルステッドさんもサブリナも、ゲヴァースに追いついていた。

 剣を盾で受け止められたサブリナはゲヴァースを盾越しに蹴りつける。

 ゲヴァースはおもわず体勢を崩した。

「オルステッドさん! 今!」

 オルステッドさんは飛び上がり、上段からの一撃を気合いとともに放った。

 ゲヴァースはオルステッドさんの必殺の一撃を、崩れた体制ながら盾で受け止める。

 激しく金属がぶつかる音が響く。

 ゲヴァースの盾は、堅牢だった。必殺の一撃を持ってしても、盾は崩せなかった。しかし。

「ファイアバレット!」

 炎の弾丸が飛んできた。弾丸はゲヴァースに当たる。ゲヴァースの服が焦げた。

 オルステッドさんとサブリナは一旦後退する。そして、やって来たストレイボウ、アリシアと合流した。

「すまない、遅れた」

 そしてアリシアは剣をかまえる。

「さあ、コイツで最後だ」

 ストレイボウは杖を向ける。するとゲヴァースは立ち上がり、大きく笑い出した。

「ゲルヴェール殿は倒されたか」

 そしてゲルヴェールは剣と盾をかまえる。四人はそれぞれの武器をかまえた。

「やることは一つだが、もう少し遊んでもかまわないか」

 ゲヴァースは体制を整え、紫色の炎をまといつつ四人に向かってくる。

 剣戟の音が辺りに響いた。

 攻撃を繰り出してはいたが、ゲヴァースは徐々に押され、防戦一方になってきた。

 あと一歩、あと一歩でゲヴァースを倒せる。

 ゲヴァースは四人と大きく間合いを取った。

「これほど邪魔になるとは、やはり生かさず殺しておくべきだったか」

 オルステッドさん、サブリナ、アリシアは間合いを詰めるため走った。ストレイボウはファイアバレットを放っている。

「まあいい。遊びは終わりだ」

 ゲヴァースは何かをするつもりだ。三人は急ぐ。ストレイボウはファイアバレットを放つ。しかしここで再びストレイボウの魔力が切れた。

「邪神カオスよ、この命捧げる!」

 ゲヴァースは自らの頸動脈を剣で切り裂いた。

 ゲヴァースは笑いながら死んだ。

 その場にいた全員が驚いた。ゲヴァースは自殺した。

 倒れたゲヴァースと、オルステッドさんの間を、風が通り過ぎた。

「チッ、胸くそ悪い」

 ストレイボウは光の粒子になって消えるゲヴァースを見ながらそうつぶやいた。

「何はともあれ、目標は達成したな」

 アリシアは剣を収める。

「これで平和が来る」

 サブリナも剣を収め、オルステッドさんも剣を収めた。

 釈然とはしないが、とにかく平和が来た。

 さあ、カツレツ卵とじ乗せライスを食べに帰ろう。




              2



 オルステッドさんはストレイボウに最後の魔力ポーションを飲ませた。

「ふう、ようやく一心地ついたな」

 四人には笑顔が戻っていた。

「さあ、帰ろう」

 魔力切れでへたばっていたストレイボウは立ち上がると、魔法の詠唱を始めた。もちろん転移魔法ウインディウイングだ。

 詠唱が終わったところでオルステッドさんは振り向き、おもわず剣を抜いた。

「どうしたオルステッドさん?」

 アリシアはオルステッドさんの肩へ手を置こうとした。しかしオルステッドさんは明らかに様子がおかしかった。

「まだ終わってない? どういう意味?」

 その言葉の後、オルステッドさんは上を向いた。

「空に穴が」

 ストレイボウが見たモノ、それは夜だった。

 晴れわたった太陽の光が降り注ぐ空に、ぽっかりと黒い穴があいているのだ。

「まさか邪神が!」

 アリシアは剣を抜く。すると穴は空気を吸い込んでいった。吸い込まれないように必死で地面にへばりついた。

 魔力水晶が次々と上空の穴へ吸い込まれていく。そして最後の一個が吸い込まれた瞬間、穴は空気を吸うのをやめ、オルステッドさんたちがへばりついている地面付近に降りてきた。

「邪神復活というワケか」

 ストレイボウはつぶやきつつもファイアバレットを降りてきた穴に向かって放つ。しかしファイアバレットは穴に吸い込まれただけだった。

 何かに当たったような手応えも無かった。

 すると中から何かが出てきた。

 人だった。人が出てきた。それは見たことある人だった。

「オルステッドさん?」

「オルステッドさんが二人だと!」

「どういうこと?」

 オルステッドさんにもわからない。

「我が名は邪神カオス」

 声までオルステッドさんそっくりだった。

「ここは現世か。ならばやることは一つ」

 上半身裸のカオスは、自らの両肩を掴んだ。すると、鮮血のような真っ赤な翼が生えた。

「秩序を破壊し、混沌をくれてやる」

 オルステッドさんは大きく息を吐き、DDシステムを起動させた。

「滅べ、人間」

 カオスは何かをした。しかしそれは五感に感じ取ることが出来なかった。

 知覚できない攻撃はストレイボウに当たる。

 ストレイボウはその一撃で倒れた。

「「「ストレイボウ!」」」

 カオスは両手を肩から放し、オルステッドさんたちの方へゆっくりと歩いてくる。

 すぐ向き直ったオルステッドさんは、剣を金色にか輝かせると、カオスめがけ最速にして最高の攻撃をたたき込んだ。

 カオスは防御をしない。オルステッドさんの攻撃はカオスの左肩から胸にかけてを袈裟懸けに斬った。

「なるほど。これはこれは」

 カオスは歩みを止め、オルステッドさんをじろりと見る。

 その目を見たオルステッドさんは思わず固まった。石になってしまうのではないか? とも思った。

 カオスはオルステッドさんの胸に手を当てる。

「オルステッドさん! 離れるんだ!」

 アリシアの声に反応したオルステッドさんは、剣を置いてその場から離れた。

 次の瞬間閃光が走った。浮かんでいた雲を突き破り、それは空の彼方で大爆発を起こした。

 反応があと一秒遅れていたら、そう考えるとオルステッドさんはおしっこをちびりそうになった。

 カオスは胸に剣を刺したまま、オルステッドさんをじろりと見る。

「神に一撃を加えるとは大したたわけ。気に入った」

 オルステッドさんへ手を向けたカオスは、無表情のまま聞いた。

「さあ選ぶがよい、死か死ぬか」

 サブリナとアリシアが側面から攻撃を図る。しかしカオスは何かをした。その攻撃も正体がつかめない。

 サブリナは何故か急に悲しくなり、涙が止まらなくなった。一方でアリシアは、その場で気絶した。

「仲間の名前を呼んでも無駄だ。さあ選べ、死か死ぬか」

 オルステッドさんはカオスに向かって走った。

「ほほう、このカオスの手によって滅されたいか」

 カオスは無表情ながらも、オルステッドさんに向け、知覚できない攻撃をする。

 オルステッドさんは当然防御することも敵わず、軽く吹き飛ばされた。風の前のチリに同じだった。

 カオスはようやく胸の剣を引き抜く。そして、オルステッドさんの方へとふわりと投げた。剣はコロリと転がりはしなかったが、カランコロンと音を立て、オルステッドさんの手元で止まった。

「先ほどの一撃、もう一度繰り出せるか?」

 オルステッドさんは全身が痛んだが、手元に落ちていた剣を使ってなんとか立ち上がる。

「よろしい。このカオスの遊びに付き合え」

 オルステッドさんは息を吐き精神を整えた。そして残る魔力を完全解放した。これで通じなかった終わりだった。

「さあ、このカオスにその一撃、放ってみよ」

 オルステッドさんは刺突の体勢でカオスに向かって走る。

 そして、カオスはそれを受け入れた。

 カオスの胸に刺さった黄金に光る剣をオルステッドさんは更に押し込み、剣は根元まで突き刺さった。

 するとカオスは急に笑い出した。

「まあいいだろう」

 するとカオスはオルステッドさんの肩を掴む。「混沌の力を受け取るがよい」

 するとカオスの姿が消えた。

 どこへ行った? オルステッドさんは辺りをうかがう。しかしどこにもいない。上空か? やはりいない。

 次の瞬間気づいた。カオスは、オルステッドさんの中にいると。

 そしてオルステッドさんは悲鳴を上げた。



              3



 悲しみも収まり、涙が止まったサブリナと気づいたストレイボウとアリシアは、苦しんでいるオルステッドさんの手当をする。

 しかし何をしたらいいのかわからない。

「ストレイボウ、ヒールタッチだ」

 しかしそれは既に行われていた。オルステッドさんは苦しみ続けた。

「ダメ、オルステッドさん。負けないで」

 ヒールタッチも効果は無い。かといって回復のポーションは飲める状況では無い。どうしたらいいのかわからない。

 オルステッドさんの悲鳴が止んだ。

 そして、起き上がる。

「おお、オルステッドさん」

 ストレイボウは回復呪文の手を止めた。

「大丈夫か? オルステッドさん」

 アリシアはオルステッドさんに触れようとする。するとオルステッドさんは立ち上がった。

「オルステッドさん?」

 アリシアはオルステッドさんを見上げる。

「どうしたオルステッドさん!」

「ストレイボウ、アリシア、離れて。そいつオルステッドさんじゃない」

 サブリナは間合いを取り剣を抜く。

「何を馬鹿なことを言っている?」

 言い切る前にオルステッドさんはストレイボウに衝撃波を食らわせた。

 ストレイボウは吹っ飛んだ。

「ストレイボウ! 何をするんだオルステッドさん」

 アリシアにもオルステッドさんは衝撃波を食らわせる。

「アナタ、だれ?」

「我が名は、魔王、魔王オルステッド。混沌の力を得し者」

 そしてオルステッドさん。いや、魔王オルステッドはどこからともなく真っ赤なマントを翻した。鎧も白では無く漆黒に変わっている。

「どけ」

「どかない」

 魔王オルステッドはサブリナに手のひらを向ける。衝撃波が来る。サブリナは覚悟した。

 すると魔王オルステッドは急に頭を抱えだした。苦しそうに頭を抱える魔王オルステッドは、サブリナに告げた。

「え? 魔王を封印する? オルステッドさん?」

 オルステッドさんはカオスが出てきた穴を見ると、そこに向かって辛そうに頭を抱えながら歩き出した。

 するとオルステッドさんはニヤリとする。

「サブリナ、オルステッドさんを止めろ……」

 ストレイボウは衝撃波の威力で体を起こせないままだった。

「オルステッドさんが向かってるのは魔界の門だ。上級魔族にしか開けられない、入ったら戻ってこれない」

「オルステッドさん!」

 サブリナはオルステッドさんを止めようとする。オルステッドさんはサブリナの足下に衝撃波を打ち込む。

「なんで? 何でなの? オルステッドさん! わからないよ」

 オルステッドさんは消えそうな意識を必死で保ち、魔界の門の前で止まる。

「あ、ありがとうって、オルステッドさん!」

 サブリナは走ったがもう遅い。オルステッドさんが魔界の門に入ったと同時に、門は閉じた。

 世界に平和が訪れたのだ。オルステッドさんという小さな犠牲とともに。



         エピローグ



 オルステッドさんが魔王オルステッドを魔界に封印してからが季節が一巡した。

 魔族は弱体化し、魔物も数を減らした。

 今日の分の修行を終えたサブリナは、どこかぼーっとしながら窓から外を見ていた。

 今日も変わらぬ風景。オルステッドさんは今頃どうしているのか? 魔界で一人戦っているのだろうか?

 ふと思い出す。今日はあの二人が来る日じゃ無かったか? そう、アリシアとストレイボウの二人だ。

「たまには遊びに行く」

 そんな旨が書かれた手紙を受け取っていたのだ。

「準備しなくちゃ」

 数時間後、ごちそうの準備を終えたサブリナは、ノックされた扉を開ける。

「いらっしゃい」

 扉を開けた先に居たのは三人だった。

 ストレイボウ、アリシアそして、白い鎧を身につけ青いマフラーをした、かつて少年剣士だった彼がそこに居たのだった。







                 おしまい

 

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