第5話 強くなりたいと願うことで
プロローグ
魔王ゲルヴェールの肘掛けに叩きつけている指は力強く速かった。
「かの改造人間を倒す手段は無いか」
魔英雄ゲヴァースをしても、取り逃がした最後の一人。
小物一匹捨て置けばいい。そういう考えもあった。一方で、憂いを無くしたいという考えもゲルヴェールにはあった。
「アレは何割ほど出来ているか?」
手近な研究員らしき魔族は前に出ると胸に手を当て敬礼しながら答える。
「まだ六割ほどでございます。完成までは今しばらく時間がかかるかと」
ゲヴァースはそれにかかりきりだから、仕えないことになる。うなりながら指の速度がさらに上がる。
そして、ゲルヴェールはとある男の名前を思い出した。
叩きつけていた指は止まっていた。
1
たまに小走りになりつつ、オルステッドさんは北東へ向かって歩いていた。
速くこの西の地からゴン高地へ行って、魔族を根こそぎ倒したい。そんな思いに駆られていた。
しかし改造人間だって人間だ。体力の限界というものがある。どこかで休憩しないとこれは大変なコトになりそうだ。
ちょうどいいことに、先の方に町がある。そこで休もう。オルステッドさんは街道を進んでいくのだった。
様子がおかしい。そう気づいたのは、町を見つけて程なくしてからだ。
黒い煙が上がっている。火事だろうか? いや、そうでは無さそうだ。町の中で何かが暴れている? よく見るとアレはストーンゴーレムだ。
オルステッドさんは力の限り走った。
オルステッドさんが到着すると、町は破壊の限りを尽くされていた。
町人は逃げまわり、それをストーンゴーレムが追いかけ回している。
ストーンゴーレムの上に誰か立っている。どうやらアレが犯人のようだ。
「カカカカカ……このダンツェ様の命令が聞けないのか!」
妙な笑い声をあげているあの男は黒い外套に黒い帽子だったが、見るからに魔族だった。
「つぶれろ!」
転んだ子どもに向かって、ストーンゴーレムは拳を振り上げる。
ストーンゴーレムが振り下ろした拳の先に、その子どもは居なかった。
「何?」
ストーンゴーレムの拳の一歩先には、子どもを抱いているオルステッドさんの姿があった。
オルステッドさんは子どもをおろし、逃がすと剣を抜いた。
「何者だ貴様。何? オルステッドさんだと? そうか貴様が……魔王様の命により、貴様を殺す!」
ダンツェはストーンゴーレムに、オルステッドさんに向け、トゥーキックを放たせた。
しかしキックは空を切った。
「何? 屁も出ないって? 貴様ぁ!」
オルステッドさんはストーンゴーレムの拳をかわし、剣で切りつけた。
オルステッドさんの剣は、ゴン高地で戦ったストーンゴーレムよりは傷をつけることができた。しかし岩肌を切り裂くには至らなかった。剣の性能はむしろ上がっているのにだ。
「カカカ……このストーンゴーレムをその程度の技と力で倒そうとは……笑止!」
やはり上に乗っているダンツェ本人を狙うしか無かった。
オルステッドさんは剣をかまえ、DDシステムを使うか迷った。
しかし、この町人たちが見ている中で使うわけにはいかなかった。
再びストーンゴーレムはオルステッドさんに殴りかかる。
オルステッドさんが覚悟を決めた、その時だった。
少女が飛び込んできた。
剣を持っている。どう見ても鉄の剣だ。そんなものではストーンゴーレムは斬れない。明白だった。
「なんだ貴様は! このダンツェ様にたてつく気か?」
少女はオルステッドさんの前で剣をかまえる。
「大丈夫、まかせて」
少女は深呼吸を一つした。
そしてストーンゴーレムが振り下ろす拳に向かって飛びかかった。
目を疑う光景が広がっていた。
少女の持つ鉄の剣は、ストーンゴーレムの腕を真っ二つにしたのだ。
「まだやるの?」
駆け抜けた少女は振り向き、苦虫をかみつぶしたような顔をしているダンツェに向け剣をかまえる。
ダンツェは舌打ちをし、転移魔法ウインディウイングでどこかへと転移していった。
そのままストーンゴーレムは動かなくなり、オルステッドさんと少女は剣を収めた。
「ワタシはサブリナよ。あなたは? そう、オルステッドさんというのね」
サブリナはオルステッドさんをまじまじと見る。品定めされているようで、なんか変な気分だ。
「あんまり強そうじゃ無いわね。いい装備がもったいないわ。ワタシの師匠の所へ連れて行ってあげる。もっと強くしてあげるから」
胸がチクりとした。強さにはほんのチョッピリだけ自信があったのに。しかしこの少女の方が強いというのもまた事実だ。もっと強くなれるなら、どこへでもついて行こう。
それであの二人のカタキが討てるなら。
オルステッドさんは買い物帰りだったサブリナについて行くことにした。
2
ルテカの町を後にした二人は、裏山の中腹辺りに到着した。
そんなに高い山ではないが、修行にはもってこいな気もする。なにせ山だし。
山と言えば修行、修行と言えば山、そんな安直水平思考だった。
「もう少しよ」
サブリナがそう言ってから既に十分が経過した。ようやく視界の端に小屋が見えてきた。どうやらそこが目的地らしかった。
小屋の前に到着すると、サブリナはオルステッドさんに荷物を持たせ、ノックして小屋の中へ入った。オルステッドさんもそれに続く。
「ただいま戻りました」
サブリナは小屋の真ん中に置いてある、木材で作られた無骨だが温かみのあるテーブルの上に、オルステッドさんに持たせていた荷物を置く。
そこには誰も居ない。どうやら師匠さんは留守のようだ。
「どこかへ出かけられたみたいね。いいわ。オルステッドさん。少し手伝って」
サブリナに言われるがまま、オルステッドさんはバスケットの中からモノを出し、サブリナにそれを渡していった。
「よし、片付け終了。お茶でも飲みましょ」
サブリナは自分のマグカップそして来客用のカップを取り出した。
そして、台所に置いてあった筒の中から、何か液体をそれぞれのカップへと入れていく。
「水出しのハーブティ。おいしいから飲んでみて」
オルステッドさんはハーブティを飲んでみる。とてもサワヤカな、爽快な気分になるお茶だった。誰かに教えたくなる、そんな味のおいしいお茶だった。
「おいしい? そう。うれしいわ」
サブリナも表情は変わっていないが、なんとなくうれしそうにしている。その顔を見ていると、オルステッドさんもうれしくなってきた。
すると、誰かの足音が聞こえてきた。
「あ、師匠だわ」
サブリナは立ち上がり、ドアを開けに行った。開いたドアからは、初老の男の人が立っていた。ピンク系の可愛らしい服を着ているサブリナに反して、その男の人はとても地味な色の服を着ていた。長髪でヒゲもボウボウ。住所不定無職。そんなイメージだった。
「おや? サブリナ、お客さんかい?」
「はい師匠。この人、オルステッドさんと言います」
やはり、サブリナの師匠だったらしい。オルステッドさんは椅子から立ち上がると、深々と挨拶をした。
「おお、こちらこそどうもどうも。で? どのようなご用かな?」
「師匠、オルステッドさんにも剣を教えてあげてほしいのです」
「ん? どらどら」
サブリナの師匠はオルステッドさんを品定めしていく。上から下までじっと見て、大きく笑ったのだった。
「彼は十分強いように見えるが」
「でもストーンゴーレム一匹倒せないんです」
「サブリナ、強さとは力ではない。心だ。いつも言っているだろう?」
「はい。如何に腕力が強くとも心が折れては意味が無い。ですね?」
「そうだ。そして、このオルステッドさんには、心の強さがある。目を見ればわかる」
目を見ただけでそんなコトがわかるのだろうか? オルステッドさんにはよくわからなかった。
「まあいい。オルステッドさんか。この西域無敵マスターゴタールと呼ばれたこの剣士ハッシュが、剣の稽古をつける必要があるか少し見せてくれないか?」
オルステッドさんは渡された木剣をじっと見る。そして、ハッシュを見上げた。
「なに様子見をするだけだ。緊張することはないぞ」
オルステッドさんはハッシュに言われるがまま外へと出ると、ハッシュに向かって木剣をかまえた。
「さあ、いつでも来なさい」
オルステッドさんは気合いとともに、一気に間合いを詰め、木剣をハッシュの胴へとたたき込んだ。ハッシュはそれを当然木剣で受ける。
「なるほど。オルステッドさん。キミは最近武器を変えたね?」
ハッシュは一合でオルステッドさんの実力を見抜いたらしい。
「そうか。元々大剣を使っていたが、友のカタミの剣を使うようになったのか」
オルステッドさんは一瞬うつむいた。しかしすぐにもう一度ハッシュに向け飛び上がり、木剣を振り下ろした。
ハッシュはそれを楽々かわす。
「なるほどね。わかった。オルステッドさん、キミの稽古もつけてあげよう」
その言葉を聞いて、オルステッドさんは拳を振り上げて喜んだ。
「よし、早速修行だ。もちろんサブリナも一緒にな」
サブリナも木剣を取り出し、オルステッドさんと一緒に修行を始めた。
ハッシュの修行は中々にきびしいモノだった。
ハッシュは剣の修行をサブリナとばかりして、オルステッドさんには座って、自分の中にある魔力を感じとるという修行を言い伝えただけだったからだ。
「大丈夫、ワタシも最初そうだった」
サブリナもそんなことを言っていたので、もしかしたら、流派西域無敵ではそんなモノなのかもしれない。
しかしオルステッドさんが欲しいのは剣の力。別に魔法使いになりたいワケでは無かった。
「雑念が捨てきれないようだな、オルステッドさん」
ハッシュはオルステッドさんの顔をのぞき込む。魅惑の重低音ボイスを持つハッシュにいつの間にかのぞき込まれていた。気配すら感じなかったのに。
「いいか? ハートを中心に流れる血液のビート。それによく似た体中を流れる魔力を感じ取るんだ」
と、ハッシュはオルステッドさんの胸を指で触る。
「ん? オルステッドさん。もしかしてキミは」
ハッシュは今度は手のひらを、オルステッドさんの首にピタリとつける。
「そうか、キミは改造人間だったのか」
木剣をオルステッドさんに向けたサブリナを見て、オルステッドさんはうつむいた。そして立ち上がり、その場を後にしようとする。
改造人間とバレた以上、この場にはいられない。今までもそうだった。改造人間は迫害の対象だからだ。
「どこへ行くオルステッドさん。改造人間だから出て行くって? 別にそんなことでキミをいじめたりはしない」
オルステッドさんは立ち止まる。
「そうか、オルステッドさんも色々苦労したんだな。この世の中では改造人間は必要とはされるが、実際その力は畏怖される存在だ。魔族をも倒せる力を持つものがいるということに恐怖を皆覚えているからな」
ハッシュは手でサブリナに木剣を下ろよう命じる。。
「しかしな、オルステッドさん。キミほど強い心をもった人間なら、我が流派西域無敵の力。正しく使ってもらえると信じている」
オルステッドさんは振り向き、ハッシュを見上げる。
「痛みを知っているキミなら、やさしさも知っていよう」
ハッシュは両腕を組むと、タンポポのような笑顔をオルステッドさんに向けた。
「さあ、戻って魔力を感じる特訓の続きだ。なに、まずはその中にある魔力を感じることができればいい。感じることが出来れば、コントロールも簡単だ。キミなら必ず出来る。このマスターゴタールが約束しよう」
出そうになった涙をズズズっとこらえることに成功したオルステッドさんは、再び魔力を感じる修行に戻った。
ハッシュはうなり、サブリナとの剣の修行に戻った。
オルステッドさんは魔力の流れを感じる為の修行を続けた。
それはオルステッドさんが改造人間だからなのだろうか? オルステッドさんが鈍感だからなのだろうか? どちらかというと、オルステッドさん自身は後者だと考え、ひたすらめをつぶり魔力を感じることに注力していった。
夕方になった。ハッシュの「今日はこんな所にしておこう」という号令の元、その日のオルステッドさんとサブリナの修行は終わった。
夕食後、オルステッドさんは小屋の外で夜風に当たっていた。
まだ少し涼しい。しかしもうすぐ夏が来る。暑い夏になりそうな予感がした。
声をかけられ、オルステッドさんは振り向く。そこに居たのはサブリナだった。
「少し涼しいわね」
耳をくすぐるような声で話すサブリナだったが、夜の静けさのおかげでよく通った。
「オルステッドさん、あなたが強くなりたい理由は何? そう、友だちの敵討ちの為なのね」
オルステッドさんは首肯する。サブリナはため息をつく。
「オルステッドさん、ごめんなさい。ワタシ見誤ってたわ。そうよ、改造人間はただ単に殺すことを楽しむ存在。そんな世間の流言に惑わされていたわ」
オルステッドさんは「ダメねワタシは」なんてつぶやくサブリナに首を横に振る。
「何? サブリナは悪くないって? どこが悪くないの? 現にワタシはさっきオルステッドさんに剣を向けたのよ? え? 今は剣を向けてないじゃないかって? それはそうだけど……。それにもうサブリナはトモダチだって?」
オルステッドさんは首を縦に二回振る。
「オルステッドさん……そうねワタシたちトモダチよね」
オルステッドさんは笑顔を見せる。それを見たサブリナも笑顔になる。
「わかったわ、トモダチのオルステッドさん。さあ、もう寝る時間だわ。家の中に戻りましょ」
オルステッドさんは久しぶりに心がポカポカしてきた。自身が改造人間になって以来、初めて出来たトモダチだった。
オルステッドさんはとても幸せな気分で眠りについた。
しかし幸せな気分と修行は別物だった。
オルステッドさんが魔力を感じることは困難を極めたのだった。血潮の流れ以外感じられないオルステッドさんには欠片も魔力が無い。そんな疑惑が出てきた。
3
それでもオルステッドさんは魔力を感じようと修行を続けていた。
座してじっと内面を見つめる。そんなこんなで数日が経っていた。
ハッシュは、そんなオルステッドさんの肩に手を置いた。
「たまには剣の修行もしよう。そんなに根を詰めていると逆効果だ」
そしてハッシュは木陰に置いておいた木剣をオルステッドさんに投げ渡す。
確かに今オルステッドさんは焦っていた。早く魔力を感じなきゃ! という焦りに支配されていたのだ。
木剣を受け取ったオルステッドさんは、立ち上がってハッシュに向けかまえる。
「ハッハッハ、オルステッドさん、このマスターゴタール、昨日の飲み過ぎで少し体調が悪い。サブリナ、相手をしてあげなさい」
と言いつつ、ハッシュは革袋に入ったワインを飲んでいる。迎え酒というヤツらしい。
昨日あれだけ酒を飲んでいたのに、まだ飲むらしい。オルステッドさんには信じられなかった。
サブリナは「はい」と返事をするとオルステッドさんへ木剣をかまえる。オルステッドさんもサブリナへ木剣をかまえた。
そして同時に飛び出す。
木剣を一合、また一合と合わせていく。サブリナはオルステッドさんが思っている以上に強かった。
「まだワタシは魔力を使ってないわよ」
その言葉にオルステッドさんはびっくりした。ここまでの剣技を身につけるのにどれほど修行を積んだのか。眠れない日もあっただろう。
サブリナが間合いを取るため、後ろに下がった。オルステッドさんはそのスキを見逃さない。
攻めの剣術を見せたのだ。
サブリナは思わず驚き、体制が整わないままオルステッドさんの木剣を受けた。オルステッドさんはサブリナの剣を吹っ飛ばす。吹っ飛ばした木剣が地面に刺さるのと同時に、サブリナは両手を挙げ降参のポーズ。オルステッドさんは木剣を下げた。
「サブリナ何故負けたかわかるかい? それはね、実戦経験の差だ。サブリナ、まだまだキミは実戦経験が足りない。わかるな?」
サブリナは悔しそうにしながらも「はい」と答えた。
「オルステッドさん見事だった。いっそう励みなさい」
オルステッドさんが首肯した時、地面が大きく揺れた。
「地震?」
違う。地震にしては長すぎる。コレは足音だ。そう思った瞬間、オルステッドさん木剣を捨て腰の剣をかまえる。
サブリナもそれに続く。そして、木をかき分けストーンゴーレムが十体現れた。
その内の一体の上に、ヤツがいた。
「カカカ……ようやく見つけたぞ、オルステッドさん。そのメスガキと一緒にこのダンツェ様が潰してくれるわ!」
十体のストーンゴーレムが襲いかかってきた!
実質、戦っているのはサブリナだけだった。
オルステッドさんの剣ではストーンゴーレムは倒せないし、酒に酔っているハッシュは剣すら抜いていない。「ケッパレー!」なんて声をかけながら見ているだけだった。
それでもオルステッドさんは、自分に出来ることをやっていた。
サブリナが戦いやすいように、おとりになっているのだ。
「オルステッドさん! 戦え! サブリナにだけ任せてはダメだ」
確かにそうだ。ハッシュとの修行のせいでサブリナの魔力残量はそんなに多くはない。
しかし、オルステッドさんの剣は絶望的なまでに通らないのだ。
「オルステッドさん、考えるな! 魔力の流れを感じるんだ!」
オルステッドさんは一体のストーンゴーレムから間合いを取り、目をつぶって精神を集中する。カッと目を見開き、ストーンゴーレムの繰り出す拳を斬った!
当然のように剣は通らず、逆にオルステッドさんが吹っ飛んだ。
「ああ、もうわかってない!」
ハッシュは顔を押さえ、そんな声を上げる。
オルステッドさんはすぐさま立ち上がり、再びサブリナのフォローに入る。
残るストーンゴーレムは四体。しかし、サブリナの魔力は底をついていた。その上、サブリナの鉄の剣はひん曲がっている。コレではとても戦えない。
「よくやったサブリナ。後はオルステッドさんに任せるんだ」
「でも師匠!」
「ここが正念場だ。オルステッドさん!」
オルステッドさんはサブリナが後退するのと同時にハッシュを見ると、うなずき、大きく息を吸い、吐いて心を落ち着かせる。
ドクッドクッと聞こえる血潮の音も、大分落ち着いてきた。
「何のマネかな? さあ、そろそろ死ぬんだ! オルステッドさん!」
ダンツェの乗るストーンゴーレムは、拳を繰り出す。
そしてオルステッドさんは気づいた。
この身には血潮は流れていない。流れているのは……。
「なにィ!」
魔力だということに。
ハッシュとサブリナから感嘆の声が上がる。
「ついに出来たか、オルステッドさん!」
繰り出されたストーンゴーレムの拳をオルステッドさんが斬り裂いたのだ。
「馬鹿な、コイツはストーンゴーレムを斬れないハズ」
腰に手をやり、ドヤ顔を見せるオルステッドさんに向け、ダンツェは三体のストーンゴーレムによる攻撃を仕掛けた。
しかし、もうストーンゴーレムはオルステッドさんの敵では無かった。オルステッドさんにはわかったのだ。魔力をコントロールするということが。
流れを意識し、それに身を委ねる。そして、爆発させる。
そういうことなのだ。感覚的なところだからハッシュにも説明は出来ない。納得だ。「考えるな、感じるんだ」というのもよくわかった。この魔力の流れを把握する感じ、今ならわかることが出来る。
そして、そのコントロールの仕方もわかってしまったのだ。
オルステッドさんは三体のストーンゴーレムをあっという間に倒しきった。そして剣をダンツェに向ける。
「ぐぬぬ……後はお前だけだと? 生意気言いおって! コレならどうだ!」
ダンツェは魔力を総動員し、倒れたストーンゴーレムの欠片を吸収し始めた。
ダンツェを吸収したストーンゴーレムの大きさは、普段の四倍となり形も岩の集合体では無く人型となった。
「カカカカカ! どうだ、この姿は、これぞストーンゴーレムの究極体! 遊びは終わりだ」
オルステッドさんは魔力を集中する。
「終わりだ! オルステッドさん!」
そしてオルステッドさんは全ての魔力を解放し、ストーンゴーレムの胸、ダンツェの声のする辺たりめがけ飛んだ!
緑色の閃光となったオルステッドさんはストーンゴーレムの胸を、ダンツェごと貫いた。
ダンツェは断末魔をあげること無く光となり、ストーンゴーレムの究極体はその体を維持できず瓦解した。
オルステッドさんは空中で何回か宙返りし、体操選手のようにキレイに着地した。
ハッシュとサブリナが、オルステッドさんの元へ駆けつける。
「スゴイわオルステッドさん」
「よくやったなオルステッドさん。その剣が物語っている」
見れば刀身が緑色に輝いていた。それはすぐに元のクリアブルーの刀身に戻ってしまったが、魔力を集中することで色が変わるのだろう。
唐突にオルステッドさんは急なめまいに襲われ、その場に倒れた。
オルステッドさんの血潮である魔力を急激に使いすぎたからだろう。
「オルステッドさん!」
「大丈夫だサブリナ。魔力が回復すればオルステッドさんは良くなる」
サブリナはホッと胸をなで下ろした。
「オルステッドさん、もうちょっと配分を考えてこれからは魔力を使いなさい」
首肯する元気も無かったが、オルステッドさんはその言葉を体で理解した。
「師匠、今日はお祝いですね」
「ああ、そうだな」
うれしさのあまり、にやけていたハッシュが革袋の中のワインを全て飲み干したその時だった。
「その必要は無い」
急に声をかけられた。声の主を三人は見る。
全身を板金鎧で完全武装した騎士たち総勢十三人が、三人の前に現れたのだ。
「剣士ハッシュ、貴様を連行する。罪状は国家反逆罪だ」
するとハッシュは大笑いし、腰にぶら下げていた剣を外し、それを地面に落とした。
「いい心がけだハッシュ。この騎士隊長である私の要求を理解しているようだ」
「サブリナ、その剣はお前が使いなさい」
縄にかけられながら、ハッシュは続ける。
「オルステッドさん、よくやった」
サブリナもオルステッドさんも連れて行かれようとしているハッシュを助けようとする。しかし、サブリナは剣がひん曲がっているし、オルステッドさんは立ち上がることが出来ない。それ以前に戦用のハルバードを二人はむけられていて、立ち上がったらなすすべ無く突き殺されるだろう。
「さあ、西域無敵マスターゴタールこと剣士ハッシュ。王都へ向かうぞ」
馬に乗った騎士たちは、ハッシュをつれて山をおりていった。
エピローグ
「うう、師匠……」
オルステッドさんは泣いているサブリナの肩を叩く。
「大丈夫? 何が大丈夫なの! え? オルステッドさんが師匠を助けてくれるって?」
オルステッドさんはうんうんとうなずく。
へばり込んでいたサブリナは立ち上がり、涙をふく。
「そうね、泣いてばかりいられないわ」
サブリナはハッシュの剣を拾い上げ、腰にぶら下げる。そしてひん曲がった鉄の剣と涙を捨てて、オルステッドさんと一緒に山をおりていった。
「絶対に救い出します。師匠!」
決意するサブリナの手を引き、オルステッドさんは王都へ向かったのだった。
つづく
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