第2話 風はこんなに優しいのに
プロローグ
街道を歩いていたが、少し足を止めた。
鼻をくすぐるような柔らかい風が、オルステッドさんをつつむ。
なんだか知らないが、今日は気分がいい。風はオルステッドさんの青いマフラーと、金の髪をゆらす。それもまた心地よかった。
目をつぶり、深呼吸をする。
太陽の暖かさと風の気持ちよさに、オルステッドさんは感謝した。
「おい、何やってんだよ、行くぞ!」
相棒のストレイボウの声にハッとしたオルステッドさんは、手を振りながらストレイボウとの距離を走って縮める。
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「見えてきたぞ」
ストレイボウの指す方向には、大きな町があった。ゴタール王国、ウェケサカ県の県都「ローザリオ」だった。
オルステッドさんとストレイボウの速度は、どんどん速まっていく。なにせ次の目的の場所にもうすぐ着くのだ。オルステッドさんは、半分スキップになりながら歩いている。
「ローザリオに着いたらとりあえず宿を探すか。ん? その前にごはんを食べようって?」
ストレイボウはオルステッドさんを見る。おなかを押さえ、期待と希望に満ちた目をストレイボウへと向けていた。
「しょうがねえなあ。まず飯屋だな」
オルステッドさんは拳を振り上げ、飛び上がって喜んだ。
そんなオルステッドさんを、ストレイボウは突き飛ばし、自分も間合いを取った。
それまでオルステッドさんが立っていたところにはモウモウと土煙が立っている。
「なんだテメエは!」
ストレイボウが叫ぶと同時に、オルステッドさんは透き通ったブルーの刀身を持つ、不思議な大剣を抜き、土煙から現れた人物に斬りかかった。
大きな金属音の後、オルステッドさんは吹き飛ばされる。
すぐさま立ち上がり再び斬りかかる。そしてすぐ吹き飛ばされる。
ストレイボウは壁相手にやるキャッチボールを思い出していた。
そして、呪文の詠唱が終わったストレイボウは、その人物に向け、氷魔法シルバーファングを放った。オルステッドさんは凍り付いたその人物に向け、上段から大ぶりで大剣を振る。
その人物は氷をブチ破り、オルステッドさんの大剣を片手用の剣で受け止めた。
「少しはマシになったが、まだまだだな、オルステッドさん」
微笑を浮かべたその人物の背後に回ったストレイボウは、初級炎魔法ファイアバレットを放つ。
しかしそれは空いた手で握りつぶされてしまった。
「お前もまだまだだな、ストレイボウ」
ストレイボウは杖を下ろす。
「一体何のようだ? アリシア」
純白の鎧に身を固めたその女性は、紫の髪をかき上げる。
「ふふん、ちょっとした野暮用があってな」
オルステッドさんは大剣をしまい、アリシアの手を取って跳ねながら喜んでいる。
「うんうん、オルステッドさんはかわいいなあ」
アリシアは愛おしそうにオルステッドさんの金髪をなでる。
「お前もだぞ、ストレイボウ」
「へっ、気色悪いこと言いやがって」
「なんだ? なでてほしくは無いのか?」
ストレイボウは肩をすくめる。
「興味ないね」
「そうかそうか。ん? なんだ? 野暮用って何だって?」
アリシアはそんな二人から一歩引く。
「ちょっと協力してほしいんだ」
「なんだ? 魔族でもいるのか?」
「ああ」
オルステッドさんは大剣を再び抜く。
「オルステッドさん、ここにいるわけじゃ無いぞ」
大剣をしまい、オルステッドさんは「間違えたか」と舌を出した。
「お前さんが助力を頼むなんて、どんな相手なんだ?」
「うん、今ローザリオでは人死にが異常に多いんだ」
ほほうと、オルステッドさんは顎の下に手を当てる。
「人死にが多いからって魔族は関係ないだろ」
アリシアは肩をすくめる。
「確かに、殺しているのは人間だ。でも、あの強さは魔族による加護か、DDシステムでも積んでない限り不可能だ」
オルステッドさんは納得したらしい。
「行くのか? オルステッドさんは」
オルステッドさんは首肯する。
「何? 仲間の頼みを断るわけにはいかないって? ああ、オルステッドさん、なんて愛おしい」
アリシアはオルステッドさんをぎゅっと抱きしめる。
「仕方ねえな。アリシア、アンタに協力するよ」
「ありがとうストレイボウ。お前も抱きしめてやる」
こっちへ来いとアリシアは呼ぶが、ストレイボウは断固辞退した。
「頑固なヤツめ」
ちょっとだけ残念そうに、アリシアはストレイボウを見る。
「ではいざ、ローザリオへ!」
アリシアの号令の元三人は歩き出し、県都ローザリオへと進んだのだった。
県都ローザリオは、北への玄関口にあたる町だ。しかし、多くの殺人事件のせいで、その活気は失われつつあった。町の人々はおどおどし、何かを恐れているようだった。
「さて、どうするよ、アリシア姉さんよ」
「そうだな」
アリシアはオルステッドさんを見やる。オルステッドさんはおなかを押さえ、顔をシワクチャにしながら辛そうにしていた。
「どうしたオルステッドさん。何? おなか空いた? それは一大事だ。ご飯を食べに行こう」
アリシアはオルステッドさんの手を取り、ごはんが食べられそうな場所を探し始めた。
「居酒屋ワミンか……ここにしよう。ん? 自分はお酒飲めないって? 大丈夫だ。安心しろ。わたしも飲むのは麦ジュースくらいにする」
アリシアは笑いながら店に入っていく。
「麦ジュースって、どう考えてもビールかエールじゃないか」
結局のところ、アリシアは居酒屋で酒を飲む気満々だったのだった。
店の中に入り、適当な席に座った。
酒をかっくらっているのはアリシアくらいだった。さすがに今はオヤツの時間だしなあ。
「ご注文は?」
というウエイトレスの質問に。
「ビール! ビール! 生のモルトビール!」
と、いっぺんに三杯注文したのはアリシア。
コイツ、本気で飲む気だ。少しばかり唖然としているストレイボウを尻目に、オルステッドさんは食べ物のメニューとにらめっこしている。コイツ、本気で食う気だ。オルステッドさんの場合はいつものことだから気にもしないが。
「はい、生のモルトビール三杯大ジョッキで」
オルステッドさんは、ビーフシチューとバゲットのセットに焼きめし、スープパスタというシメの料理を欲望のまま頼みまくっていた。
ストレイボウはストレイボウで、ランチメニューの定食を頼んでいた。時間的にギリギリだったが、なんとかオッケーしてくれたのだった。
「少々お待ちください」
ウエイトレスのお姉さんはそのまま立ち去った。すぐにモルトビール(大ジョッキ)が運ばれてきた。
なんだか知らないが、キンッキンに冷えていたので、おいしく飲めたらしい。
「ぷはーッ! この為に生きてる」
アリシアは既に大ジョッキ一杯を開けようとしていた。
「おいおい、味わって飲めよな」
「はいはい、ストレイボウ君はお堅いねえ。ねえオルステッドさん」
「そんなことよりメシはまだか?」
と言いたいオルステッドさんは、厨房をじっと見つめていた。
そんなオルステッドさんの様子を見て、アリシアは高らかに笑い、ストレイボウも思わず吹き出したのだった。
「そんなに腹が減ってるのか? オルステッドさん」
オルステッドさんは返事をすることも忘れて、厨房を見ている。右手にはスプーンが、左手にはフォークが握られている。まさに準備万端だった。最早いつ食事が運ばれて来ても大丈夫という所だった。
「でだ、アリシア。お前のさっきの言い方だと、連続殺人鬼に会ったのか?」
モルトビールの大ジョッキも二敗目の中盤というところで、その質問だった。オルステッドさんはバゲットにビーフシチューを浸しながら食べ、幸せの極地のような顔をしていた。
そんなオルステッドさんの顔をハンカチで拭いてやるアリシアは、顔は笑っていたが、心はそうでは無かったらしい。
「まあな。わたしもシステムを使って追いかけようとしたんだが、起動する前に人が集まってきてしまって、取り逃がしたんだ」
モルトビールを飲みながら、「大失態だった」と平然と言う。しかしジョッキを持つ手がわずかに震えたのをストレイボウは見逃さなかった。
「なるほどな」
それだけで、ストレイボウも唐揚げ定食に手をつけた。
「ん? どうしたオルステッドさん。犯人の名前?」
アリシアは壁に貼ってある手配書を指さした。そこには人相書きこそ無かったものの、結構な額の賞金が書かれていた。ストレイボウが読み上げたそいつの名前は……。
「ジョージ、切り裂きジョージか」
生死は問わない旨が書かれていた。
「コイツの裏に……」
「ああ、可能性は大だ」
ビーフシチューを食べ終わり、次に来たスープパスタもやっつけたオルステッドさんは、ついにやきめしにまでたどり着いていた。
「おいしいか? オルステッドさん」
オルステッドさんはアリシアを見る。そして、頭をなでた。
「なんだ、慰めてくれるのか? 大丈夫だ。ありがとう」
昼食を食べ終わった一行は、アリシアが拠点としている宿へと向かった。
日も落ち、変質者と酔っ払いが跋扈する時間となった。よい子は寝る時間だ。
「じゃあ作戦通り行くぞ。いいな? アリシア、オルステッドさん」
アリシアもオルステッドさんも首肯し、そのまま三人は散開した。
三人が立てた作戦は夜になったら三人バラバラで都を歩き、切り裂きジョージを見つけたら、笛を吹いて知らせあうというものだった。
ストレイボウはそんなに上手くいくかな? そんな風に作戦に対して懐疑的だった。一方でオルステッドさんは、がんばろう! なんて鼻息を荒くして事に当たっていた。
しかし、夜は暗い。
光が無いこともそうだが、それ以上に墓場のようにシンと静まりかえっている。オルステッドさんは少しだけ怖くなってきていた。
「わっ!」
なんて大きな声で驚かせられたら、オルステッドさんの動力炉が口から飛び出てしまうだろう。しかし、オルステッドさんは平静を装い、いかにも「自分は夜の町をさんぽしているだけですよ」といわんばかりに歩いていた。
何も居ないよな? 主におばけとか。オルステッドさんは路地の入り口をこっそり覗いてみる。ネコが鳴き声を上げていた。
一瞬頭を引っ込めたが、ネコがいるのか。そう思ったら、ちょっと確かめて見たくなってきた。
オルステッドさんは、恐る恐る路地に入っていく。
そろりそろりと足音を立てずに歩く。
ネコさーんと声をかけても返事は無い。ネコも警戒しているのかもしれない。やっぱり何も居ないかもしれない。十字路の真ん中でそう思い始めた。さて、どうしたものか。やはり怖いから引き返そうか? 色々考えた結果、お化けが出る前に路地から引き返そうという結論に至った。
オルステッドさんはとりあえずきびすを返し、全力で走り始めた。
前なんか見ていられない。お化けに脅かされたらイヤだから、走りに走った。
結果今どこに居るかわからなくなった。
怖くて泣きそうになったが、オルステッドさんは勇気を振り絞って、迷路のような路地裏からの脱出を試みたのだった。
しかしながら、この道の真っ暗さは大変なモノだった。オルステッドさんは恐怖のあまり視界を暗視モードにきっりかえるのを忘れていた。
ようやくそれを思いだし、暗視モードへと切り替えた。
後ろを振り向くと、誰かが立っていた。
驚きのあまりオルステッドさんの前進の毛が逆立ち、動力炉が思わず口から出そうになった。
腰を抜かしそうになったが、なんとか転ばずに済んだ。
「キミ、こんなところで何しているんだい?」
声の質からして男だ。三十代後半か、四十代初めといったところか。
「いけないなぁキミィ……いけないなぁぁぁぁ!」
黒い外套に黒い服を着た男は、懐からナイフを取り出した。
オルステッドさんは悲鳴を上げた。
2
オルステッドさんは逃げ出した。逃げ出すしか無かった。なにせここは路地。周囲の壁が邪魔で、大剣が引き抜けないのだ。それに急に驚かされて、パニックになっていたというのもある。むしろ後者のせいでオルステッドさんは大変なことになっていた。
「困ったぁぁぁさんんんんなのらぁぁぁぁ!」
男は叫びながらオルステッドさんへ寄ってくる。オルステッドさんも全力で逃げる。DDシステムこそ発動させていなかったものの、出せる力全てを動員して逃げた。
「なかなかはやいぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁ! でもぉぉぉぉぉ追いついてぇぇぇぇ! 切り刻んでやるぅぅぅぅぅぅぅ!」
ふと首からにひもが付いていることに気づく。
そうだ笛だ! 今は作戦中だ! みんなを呼ばないと!
オルステッドさんは逃げ惑いつつも、胸にぶら下げていた笛を吹く。
キーンという高い音が鳴った。おそらくコレは犬笛だ。笛の音で相手に悟られないようにするそういう作戦だった。
そして、オルステッドさんたち改造人間には犬笛の音も聞こえる。だからこの犬笛を選んだのだった。
そんな理由など思い出せなかったが、とにかくオルステッドさんは笛を吹いた。
その音色を聞いて、野犬もオルステッドさんを追いかけることに参戦したのは計算外だった。
「助けてぇぇぇ! じゃねえぇぇぇぇぇ! 切り刻んでやるぅぅぅぅぅ」
オルステッドさんの絶叫が辺りに響いてた。
オルステッドさんの足下を一匹のネコが通り過ぎる。
ネコを踏まないように、オルステッドさんは変なステップを踏む。おかげでオルステッドさんは転んでしまった。
後ろを見ると、男がゆっくりとオルステッドさんに向かって近づいてくる。
男の荒い息が近づいてくるのを感じ、オルステッドさんは後ろへズリズリと引き下がる。
「じゃあ、解体の時間だね」
男は語尾にハートマークがついてそうな、うれしそうな声で、オルステッドさんに向けナイフを振り上げる。
オルステッドさんはそこでようやく我に返る。コイツが例の切り裂きジョージィじゃないのか? そこで俄然勇気が戻ってきた。
ナイフが振り下ろされると同時に、オルステッドさんはバック転で飛び起き、ナイフをかわしつつ間合いを取る。
「ねえ、逃げられないよ? 降参しよ?」
男は徐々に間合いを詰めてくる。
オルステッドさんは腰のダガーナイフを引き抜き、応戦のかまえをとった。
「うふふ! 無駄な抵抗をするんだね?」
男は空の手にもナイフを握る。オルステッドさんはまた少し後ろへ下がる。
オルステッドさんは大剣で戦うほどは、ダガーナイフで戦うのにそこまで卓越していない。「大剣ほどのリーチが無いから難しい」というのが理由だ。
オルステッドさんはダガーナイフを逆手持ちし、間合いを計る。いつもの大剣ならもう間合いなんだけどなあ。思わずつばを飲んでしまった。
瞬間男が消えた。次の瞬間に男はオルステッドさんの左側に付いた。そしてナイフをオルステッドさんに突き刺そうとする。
オルステッドさんはなんとか反応し、その一撃をダガーナイフで受け止めることが出来た。
男はもう一方のナイフで、オルステッドさんに切りつけようとする。
しかしストレイボウの氷魔法シルバーファングが左手ごとナイフを凍らせたのだ。
「間に合ったか。オルステッドさん」
オルステッドさんはバックステップで男から更に間合いを取る。
「うーん……ここは一時退却しかないね」
男は飛び上がり、三階建て以上ありそうなアパートの屋上に飛び上がった。
オルステッドさんも壁を蹴ってそれに続く。ストレイボウも魔法を使って、屋上へ飛び出した。
その場では既に、アリシアに捕まった男がマウントを取られ素手で殴られていた。アリシアは無表情だったが、手には血糊がべったりとくっついていて、有無を言わせなかった。
オルステッドさんは思わずストレイボウの影に隠れた。
「ふう、肉塊になるところだったよ」
むしろ肉塊になっていた切り裂きジョージは、ストレイボウの回復魔法でなんとかその形と意識を取り戻した。
「これはもう、逃げられないねえ」
周りを囲む三人は、各々得意な武器を持ち、そして、自身は獲物を奪われている。ジョージはもう観念するしか無かった。
ジョージはあぐらをかき、死刑執行を待つ。
「さあ、やるといいよ」
「その前に聞きたいことがある」
ストレイボウは杖をジョージに向け、魔力を集中。いつでも魔法が放てるようにしておく。
「お前の裏にいる魔族は一体誰だ? どこにいる?」
ストレイボウの「早く答えろ!」という声に、ジョージは逆に笑い出す。
「黙秘するねぇ」
「わたしたちはお前がどうなろうといいんだよ。ただ魔族を倒せればそれでいいんだが。答えてはくれないのかな?」
「黙秘するよ」
ジョージは「ヒヒヒヒヒ」と嘲笑いながら再び「さあ、やれよ」と首を差し出す。
するとオルステッドさんは、ジョージに近づいて、耳元で何か話した。
一瞬風が吹いて、ストレイボウやアリシアには何も聞こえなかった。しかし、オルステッドさんはジョージの耳元で何かつぶやいた。
「わかった。オレの負けだ。オルステッドさん、アンタには負けたよ」
なんだかわからないが、ジョージは折れた。
オルステッドさんはジョージの肩を叩く。
「出た。オルステッドさんの訳のわからない交渉術」
ニヤつくストレイボウだったが、魔力の集中を解き、杖のかまえも解いた。
「たしかにオレにこの力を与えてくれたのは魔族だ。人を殺してくれたら力を与えてやる。って言われたのさ」
「その魔族は一体どこに居るんだ?」
アリシアは先を促す。
「ここからも見えるぜ? あの大聖堂だよ。行ってあの魔族、デルサリオに殺されてこい。」
オルステッドさんは、ポケットケージにジョージを詰め込んだ。
兵士の詰め所にポケットケージを「落とし物」として預け、三人は大聖堂へと向かった。
3
大聖堂の門は夜中の為閉まっていたので、三人は開いていた窓から室内へと忍び込んだ。
静まりかえった大聖堂は、静謐というには邪悪すぎる気配を漂わせすぎていた。
「オルステッドさん、ストレイボウ、気配は感じるな?」
その問いに、二人は首肯する。
「武器を抜いて……行くぞ!」
各々武器を取り、大聖堂の中央ホールへとやって来た。
さすが大聖堂というだけのことはある。ホールは五百人以上の人間がなんなく入れそうだ。
天井も高い。三階建ての住宅が縦に二つ入りそうなそんな高さだった。
聖女を描いたステンドグラスも、優美で勇壮で雄大な感じがした。
そんな大聖堂のホールの中央にある壇上には、誰か一人ポツンと立っていた。
修道士だろうか? いや、そんなワケはなかった。
「アンタ、魔族のデルサリオだな?」
ストレイボウが杖を向けると、その人物はローブのフードを取り、魔族の証である銀髪と青い肌を見せた。
「いかにも」
その瞬間ストレイボウは、雷魔法ブルーティッシュサンダーを放った。
そして、アリシアとオルステッドさんは、壇上へと跳んだ。
「愚かな」
ブルーティッシュサンダーはデルサリオに直撃し、アリシアとオルステッドさんの剣もデルサリオに届いた。
「こんなこともあろうかと、鍛え続けたこの体!」
デルサリオは魔法の直撃にも耐え、剣戟は軽々受け止めた。
ブルーティッシュサンダーの直撃で破れたローブの下からは、隆々とした筋肉が見える。
「さて、お次はこちらの番だね」
するとデルサリオは、オルステッドさんを掴み、地面へと叩きつけた。
オルステッドさんはヘドを吐きそうになるが、吐く前にその場を飛び退いた。
オルステッドさんの居た場所には、デルサリオの強靱な足がクレーターを作っていた。
アリシアはオルステッドさんのフォローにまわろうと、駆けつけようとした。
それを先読みしたデルサリオは、アリシアの足を掴み、オルステッドさんとは逆の方へと放り投げた。アリシアは壁に叩きつけられる。
「ウジ虫共が何匹集まろうと、このデルサリオ様に敵うはずなどない!」
そこへストレイボウの魔法が飛んでくる。
デルサリオに当たったそれは、大爆発を起こした。
「どうだ、闇魔法ブラックアビスは」
しかし、ストレイボウの魔法「ブラックアビス」も、デルサリオのローブを吹き飛ばしただけに過ぎなかった。
「無傷……だと?」
「フフフ……邪神様への供物にしてやる」
デルサリオはストレイボウへと迫り来る。魔法で応戦するが、デルサリオへの効果は期待できない。上位魔法であるブラックアビスにも耐えきったのだから。
気合いとともに、オルステッドさんは上段から切りつける。それをデルサリオはうっとうしげに受け止める。
アリシアはストレイボウに声をかける。
「女神の加護!」
瞬時にストレイボウは、女神の加護をオルステッドさんに付与した。
詠唱の短い魔法なので、デルサリオに吹き飛ばされはしたが、オルステッドさんは力とスピードがグッと高まった。
オルステッドさんは瞬時に体勢を立て直し、デルサリオに向かって大剣を振る。
「洒落臭い!」
右腕でオルステッドさんの攻撃を吹き飛ばそうとしたが、結果としてそれは間違いだった。デルサリオは右腕の骨を折ったのだ。
「貴様ッ!」
短く悲鳴をあげながらも、痛みに耐えているデルサリオは左腕で攻撃しようとする。しかし開いた右側から、女神の加護を付与されたアリシアが攻撃を仕掛けてくる。
気合いとともに、アリシアはデルサリオの脇腹を貫いた。
三人はデルサリオから少し間合いを取る。
デルサリオは右手を引きずり、壇上へと向かう。
三人は様子をうかがっている。これ以上まだ何かする気だろうか? と。
そして壇上にやって来たデルサリオは叫んだ。
「我が神よ! この命、集めた魂、捧げます!」
そして、邪神を召喚し始めた。
「ストレイボウ!」
アリシアの声に、いつでも魔法を発射出来るように体勢を作っていたストレイボウが、初級炎魔法ファイアバレットをデルサリオにむけ放った。デルサリオの体は燃え上がったが、一瞬遅かったようだった。
デルサリオの頭上には、闇より黒い穴が現れたのだ。
人一人が軽く入れそうなその穴から、巨大な何かが現れた。
「爪?」
邪神のものだろうか? 切り裂きジョージが何人も殺し、デルサリオ自身すら犠牲にして召喚しても、邪神は爪の先だけしか呼び寄せることは出来なかった。この様子だと、邪神の本体を召喚するには、国中の人間を生け贄に捧げなくては出てこれないのではないだろうか?
邪神の爪先から、何か赤い雫が落ちた。
雫はデルサリオの体に落ちた。デルサリオの体は黒く輝き宙に浮かぶ。
次の瞬間デルサリオの傷は全て塞がり、折れた骨も元に戻った。更にデルサリオの体は倍に膨れ上がった。
爪が引っ込み、闇より黒い穴が消えた瞬間、デルサリオは吼えた。その音量に町中が震えた。デルサリオは地面におりて、ゆっくりと辺りを見回す。
そして、標的のオルステッドさんに突進した。その速度は目で追うのがやっとだった。
オルステッドさんは大剣をかまえるスキもなく突進され、壁に埋め込まれた。
「「オルステッドさん!」」
ストレイボウとアリシアは叫ぶと同時に、復活デルサリオに襲いかかる。
次は飛びかかっている最中のアリシアに飛びかかり、空中で足蹴にして地面に埋め込んだ。
ストレイボウは、復活デルサリオに照準を合わせようとする。しかし、復活デルサリオが早すぎて、照準が合わせきれない。
そうこうしているうちに、デルサリオの足蹴を食らい、ストレイボウも倒れた。
「腹が減った。人間の内臓が食べたい。」
デルサリオは外へ出て行こうとする。すると自らの足を引っ張るものが居る。
さっきボコボコにのされたストレイボウだった。「行かせる……か!」
ストレイボウの復活デルサリオをつかむ力が徐々に上がっていく。
「DDシステム、スタンバイ!」
ストレイボウは、力任せに復活デルサリオを、中央の壇上へとぶん投げた。
目が赤く輝いているストレイボウは、復活デルサリオに向け手のひらを向ける。
そして、雷魔法ブルーティッシュサンダーを放った。
それを復活デルサリオは難なくかわす。続いてストレイボウは、初級炎魔法ファイアバレットを連打する。しかし復活デルサリオは、その連打さえかわしきった。ファイアバレットはかすった部分をえぐっている。当たりさえすれば復活デルサリオに打撃を与えられるだろうに。
「フッ、だが時間は稼げた」
赤い二組の閃光が復活デルサリオに向かっていく。防御の態勢を取っていた復活デルサリオの腕を吹き飛ばしたのだ。
復活デルサリオは、そこまでだった。出血多量でもう死ぬだろう。
「さあ、懺悔の時間だよ」
アリシアは赤く輝く目を元に戻しながら、復活デルサリオに剣を向ける。
「お前らの仲間はゴン高地にいる。そうだな?」
それを聞いて、デルサリオは笑い出す。
「クヒヒ……そうだ。だがオレなどはまだまだ小物。更に上の実力を持つモノたちがゴン高地にはたくさん居る。見えるぞ、お前ら人間の滅ぶ姿が」
復活デルサリオは、「先に地獄で待ってるぜ」そう言い残し、光となって消え去った。
エピローグ
まだ夏にもなっていないというのに、北からは冷たい風が吹いてくる。
オルステッドさんは大きな岩の上に立ち、北の高地の方をじっと見る。
「何か見えるか?」
オルステッドさんは岩からおりる。
「そうか、禍々しいパワーが見えたか」
アリシアの言葉に、オルステッドさんはうなずく。
黒い雲がこっちにどんどん流れてくる。嵐になるかもしれなかった。
しかし、オルステッドさん、ストレイボウ、アリシアの三人はその雲が流れてくる方向へとすすのであった。
オルステッドさんの青いマフラーが、風になびいていた。
つづく
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