「ただいま」


「おかえり」


「なんかここが居場所みたいになってきたなあ俺」


「それでいいよ。ずっとここにいていいよ」


「そりゃあ、ありがとうございます」


 いつものマジックハンドで、彼女のお菓子をひとつ取る。もう、お金も取られたりしない。


「ねえ」


「ん」


 おっと、お金取られるか?


「ずっとここにいてくれる?」


 アンニュイな表情。そのなかに、すこしだけ、アンニュイではない、何か。


「いままで、ずっとここにいましたけど」


「いや、そうじゃなくて、その」


 彼女。胸ポケットから、何か取り出した。


「これ」


 彼女。少し顔が朱い。


「はあっ」動揺。


 うそ。


「指環。買ってきた」


 だから、散歩に同行しちゃだめだったのか。


「どう、でしょう、か」


「うん。箱が暖かい」


 彼女の胸ポケットに入ってたからか。


「そうじゃなくて。その」


「左手の薬指?」


「うん」


「ほい。どうすか?」


「似合ってます」


「じゃ、俺からは質問をひとつ」


「はい」


「課長とえっちしたときのことですが」


「いいえ」


「はずかしがって身体を固くしたとか」


「いいえっ。黙秘しますっ」


「そすか」


「なにわらってんですか」


「いや。ようやく見れたなと思って。アンニュイじゃない表情。怒りと動揺と、あと、照れ隠し」


 彼女。もじもじしている。


「じゃ、仕方ないなあ。指輪。置いてますか?」


「置いてますっ」


 食い気味なアンニュイ。不思議だ。

 出てきた指輪。手に取る。


「ここの雑貨は、わたしが欲しかったものだけなんです。わたし。むかしから、雑貨屋をやるのが。夢で」


 彼女の手を取って。


「夢が、叶ったんです。ようやく。雑貨屋」


 そうっと、指輪を通す。


「でも。夢が叶ったら。人生の、なんというか、目標が。なくなってしまって」


 泣きそうな彼女のほっぺたを、両手でやさしくぺちぺちする。


「あの」


「はい」


「右手なんですけど。指輪が」


「あっすんません。そうか対面した相手は左右逆か」


 彼女の手を取って。指輪をいちど外し、もう一度つけ直す。こちらから見て右側。彼女の左手。


「どうでしょう。まだ必要ですか?」


「もう一声」


 彼女。待っているのだろうか。


「俺ですか。俺は好きですが。最初から、ずっと」


「ありがとうございます。わたしも好きです」


 もうあんまりアンニュイではない彼女が、そこにいた。

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