653回目の(後編)

「ただいま」


「おかえりなさい」


「あの、これ」


 着信音。


「あ、ごめんなさい。俺だ。ちょっと待っててください。電話を」


 いつもよりも深くアンニュイな表情になった彼女を残し、外に。

 携帯端末を開いて、電話に出る。


『よお。仕事は順調か?』


「内偵中に電話してこられたらそりゃあ順調とは行かないですが」


 課長。いつもの高圧的かつ人情味のある声。


『良い奴だろ』


「いいやつですね。四六時中つまんなそうな顔してますけど」


『んなわけあるか。こっちで仕事してたときは、はちきれんばかりの笑顔だったぞ』


「笑顔」


 これだけ一緒にいて、一度も見たことがない。彼女の笑顔。


『まあ、普通に暮らしてるならそれでいいや』


「本当なんですか。うそみたいなんすけど」


『彼女のことがか?』


「電算の女神なんて」


 彼女。官邸仕事場では、電算の女神と呼ばれていたらしい。


『彼女、その気になれば国の四百や五百は簡単に壊せるぞ。数字が絡む内容で彼女に勝てる人間はいない。いや、機械だろうと彼女には勝てないな』


「いや、ぜんぜんそんな感じしなくて」


『そうか。そいつはおかしい。いちおう、そこらへんもなんとなく聞き出してくれよ』


「はあ」気の抜けた返事。


『どうせあれだろ。惚れたんだろ。彼女に』


「はあ?」同意を隠せない半ギレ。


『えっちはしたのか?』


「はあ」ただのため息。


『おまえ、一言だけでもレパートリー多いなあ』


「しましたよ。それが何か?」


『彼女、はずかしがってかわいかったろ。身体が堅くなって、ぴくりとも動かなくてさ』


「いえ全然」


 終始アンニュイだったけど。ずっとびくびくしてたけど。


『あ、そ。まあいいやセックスは。とりあえず定期報告扱いにしとくから、もうちょっとそこにいなよ』


 電話が切れた。

 彼女。課長とえっちなことしたのか。

 なんか、実感が湧かない。


「課長も女なのに」


 女同士か。いや全然イメージできない。まず恥じらう彼女が想像できない。アンニュイかつアグレッシブだったけど。

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