羊の書 

shirin

その、世界。

第1話その、世界。 一つ

 これから先のお話をつらつらと語る前に…その『世界』の軽い説明を。


 その『世界』は、球体であると言う者が居たり、平面で何処までも真っ直ぐに続いているのだと言う者が居たり。また…果ての無い世界と言う者も居たり、底が無いと言う者が居たり…そんな大きさ。


 地図は存在するが、一つの国で認識出来るのはせいぜい、隣国を含め周辺の国々位。道を通じて行き交える場所までの事。検索機器等当然、無い。


 人の目、人の経験や人の口から発せられる情報が頼りの世界


 そうは言いながらも、文明はそこそこ発展している。近年の主な発展材料は蒸気機関からなる文明で、過去に栄えた錬金や魔道、竜やら精霊、妖精が、魔物は姿を消してこの世界ではとんと聞かなくなって久しい。

 消えてから長い時が経ち、此方側の蒼生らはその事をすっかり忘れてしまっているが…実は、それなりに広いその世界の何処かには、少なくとも此方側の者達が忘れてしまった条約によって棲み分けをし存在していた。


 消えてしまった彼等の事が、此方側では口伝にて伝えられておればまだ良い方で、近年出される書物や書類にそれらの文字が躍る事はまず無い。


 そして、遥か過去の棲み分け当初の暫くは、どちらの者達の中にも地上に干渉したがり、地上側の人を連れ去ってみたり…殺めてみたりもあったようだ。

 だが、そう言う事ですら、何故か最近ではぱったり起こらくなっていた。


 故に、此方の者はすっかり忘れてしまっているのだ…。


 そして、先程棲み分けと言う言葉が出たが、彼等は三方に分かれて、地上・深淵・高みに住まう。

 詳しくは…まだ、言うまい。

 長ったらしくて嫌でも後で語らねばならぬから。



 隣り合っている世界であるにもかかわらず、深淵、高み、地上では全く別々の生活が延々と続いている世界。


 地上は、何処までも陸地や海が続いている様に見えるが…


 人が陸地を進んで行くと、その場を通り抜けるには難し過ぎる砂漠が横たわっていたり、闇を含み過ぎ真っ暗で何も見えない何処までも続く背の高い森の続く場所があったり…

 真っ白過ぎて何にも見えない場所さえある。


 そして、深くて底が見えない程高い渓谷や断崖絶壁が存在し、同じ地上に居るにも拘らず交わる事の出来ない文明も多かった。

 しかし、人とは逞しく、そして強欲な生き物で…

 見果てぬ場所にある見た事も無い物が欲しくて、断崖絶壁や渓谷を越える事が出来ないなら、海や川を命からがら渡ろうと意思を持って行動したが…それは、とても難しかったが、いない訳では無かった…が、全くの例外もあった。


 或る日、彼方側の者が晴れた日に船を海に出した。しかし、不幸にも大海原上で気候の急変による嵐に遭ってしまう。

 漸く見えた大陸が此方側で…なんて事が。


 そして、助けて貰った異国の街で彼方側の者が懐かしい自分の故郷の事を話すと、その話は異国に住んでいる大半の者が知る事の無い大地の話である為、書物にされ残される。そして、書物は異国の中で伝えられ異国の者達の中に漸く彼方にも国が存在していると認識出来ている言う世界。


 彼等は、彼方の国の事を語る時、『希望の大地』と称える事は殆どない。なぜなら、その場所を見たければ命を捨てる覚悟で大海原を、断崖絶壁を克服せねば辿り着けないからだ。

 人々が行き交う事を分断する役目を担っていた大海や渓谷や森、山脈や砂漠の西と東では全く違う文化が育ち、人の容姿や建物の佇まい、所作や言語迄全く違う。


 その位、西と東では文明・文化が違い、交わる事が無い。


 西の文明の主だった人種の容姿は金髪、若しくは茶髪や赤髪、黒も混じる

 瞳の色も多彩で、黒や青、緑や薄茶も居り、肌の色も白、茶、黒、そして浅黒く黄味の混じった肌。


 東の文明の主だった容姿は簡潔で、茶か黒の髪に黒い瞳、そして黄味掛かった肌。

 多少の例外はある様ではあるが、殆どが同じ様な姿であると言われている。


 東の文明が何故、此処迄偏った容姿をしているのかはよく分かってはいない。

 陸地は西側に多く、それも関係している様で…東は殆どが海や水と点在する島々、そして東の大拠点とされている一つの大陸が全てだと言う者もいた。


 そして、東と西で決定的に違うのはその言語。


 似ている部分がほぼなく、それがお互いの文明を知る為のプロセスを断絶していた要因である。


 確かにどちらの文明にも対極の文明を好み、どうにかして深く知ろうと自分で辞書を作り、言語を習おうと必死の覚悟で越えがたい場所を越え戻って来た人間も居た。


 今では一部の学者の中ではその言葉を操る者も確かに存在する

 だが、そんな者は一つの国に一握りで、町や村単位では皆無と言って良い。

 翻訳できる程の語学力のある者は都市部に集まり、何時か頻繁に行き来が出来るようになった暁に使えるであろう本格的な辞書を作る為に駆り出されている。


 それは東であっても西であっても行われている「作業」である


 そして、もう一つ。

 妖精や精霊、魔物と並び伝説級の生き物「竜」

 此方は、古い古い書物…巻物のような読み物ではあるが、それに漸く出て来る程度の生き物。

 だが、その生き物は独自の生態系を作り、その昔…確かにこの地上に竜族は生きていた。

 しかも竜の国もあり、人との交易もその頃はしていた。


 交易があると言う事は、言葉を操る種であったと言う事ではあるが…人側が竜の言葉を使ったのか竜の方が人の言葉を使っていたのかは今となっては何も分からない。

 それを確かめようにも、その頃の竜族の文献はまるでなく、今ではその国も、遺跡さえも見当たらない。

 その事を知っている人間すらもう、居なくなったと言える程だ。


 恐らくは、『棲み分け』が始まった頃に分断してしまった国交により、地表に住まう者達との交流は途絶えたのだ。

 空を覇せる竜故に、その姿を地表の者達がその空で見る事も今は無い。



 今、彼等が何処でどうしているのか…


 自分は彼等を随分前から探してはいるが、見つからない。




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