第伍夜



 其の夜は明るかった。


 とうとう此の白夜のニュースは、一分足らずで切り上がるようになった。代わりにと言うには貧相な一言現代文学コーナーをやっていた。面白くはないので、さっさと進展が欲しい所だ。


 現代文は嫌いじゃないが、勉強するほどのものではない、と思う。目の前に広がる教科書には、彼の有名な訳文が書かれている。

【月が綺麗ですね】と一言。夏目漱石による英和訳。原文が何とかかんとか。言葉さえ知ってりゃ良いだろう、と思う私は恐らく文学者に忌み嫌われる人間なのだろう。詩を楽しむ心は母親の腹の中に置いてきてしまったらしい。我が母親は実にポエミーだ。

 課題にそんなものを求めるな、と私は言いたい。面倒臭がって昼間に終わらせなかったのは私だが、休日に気恥しい夢物語を読み取る此方の気分にもなっていただきたいものである。

 まぁ、文句を垂れても所詮答えを写すだけの簡単なものだから、心底嫌なわけでもない。ティーパックを外し忘れた渋いミルクティーを、被るように飲み込んだ。

 正直、課題を提出するだけで生きる権利を与えられる学生という枠に嵌っていられるのは、私にとって有難い話ではある。其れが嫌いな教科でも好きな教科でも、兎に角空欄を埋めれば何とかなる今の状況は自由と言って遜色ない。

 大人にはなりたくないのだ、思えば幼い頃からそうだった。年齢は重ねど、此の肩書きは消したくない、等とくだらない話を何年続けたか。思い出すにも長すぎる。

 それこれと考えていた。文字の入る場所はなくなった。私がこうなるのには、果て幾年程だろうか。数え指は余る。謙遜でも自虐でもない、事実の羅列だ。


 母親が帰って来ないまま、一週間が経過した。


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