7 彼女の嘘

 俺の見立てた服で少し「アクティブな感じ」のコツが掴めたのか、鈴木さんはオレンジ色の花モチーフのイヤリングと、最初に可愛いと食いついていたリボンのバレッタを買っていた。


「鳥井くん凄いね。あれになれそう、デザイナー、じゃなくて。えーと、ファッションコーディネーター? スタイリスト? そういう、服を選ぶ人」

「スタイリスト?」


 鈴木さんの言葉に、俺は急に見たことのない光景を見た気がした。

 確かに、人に服を見立てるのは楽しい。

 結局、母も明日菜も買い物の時に俺を連れ回すのは、俺が選ぶ服がいいからって事なのだ。



 今まで将来の夢ってあんまりなくて、雪見台高校に入ったのも何か特別な理由があるわけでもなく、通学範囲にあって一番偏差値が高い高校だったからだ。

 頭いい高校に行っておけば、行ける大学の幅も広がる。やりたいことができたときに、その道に進む選択肢を選びやすくなる。――ただ、それだけの理由。


 漠然と、園芸は好きだけど農家にはなりたくないな、農大行って品種改良とかの勉強しようかななんて考えたことはあったけど。


「スタイリストかー。……面白そう。考えたことなかった」


 俺の中で彼女の何気ない提案はキラキラと輝いて、急に世界が変わった気がした。

 


 午後から本屋に行くことにして、俺たちはその前にどこかで昼ご飯を食べることにした。

 多分、本屋に凄い時間食うと思うんだ。この前行った図書館の感じからすると。

 俺も本気で参考書は探したいし、実際に中身見て決めたいから大きい本屋はありがたい。


 昼食はどこがいいか訊いてみたら、一瞬緊張した顔で「ハンバーガー屋さんに行きたい」と言われて俺はちょっと驚いた。


「え、マックとか? ……もしかして、もしかしてだけど、入ったことないタイプ?」

「実はそうなの。うちの母がこういうの嫌いで、小さい頃から食べたことなくて」

「中学の時友達と行ったりしなかった?」


 本当に何気なく言ってしまった俺の言葉に、彼女は寂しそうに微笑んだ。


「中学の時は、一緒に出かけるような友達がいなかったの」


 しまった! 俺、鈴木さんが中学時代いじめに遭ってたかもって仮説立てたことあったじゃん!

 気遣いなさすぎだ……。


「マック、入ろう。今度は別の店に入ろ。この辺結構バーガー屋多いし。あ、あと有名なラーメン屋があるよ。それもいつか行こう」


 そんな鈍い俺の提案に、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。



 5分後、俺と鈴木さんはマックの2階席で向かい合って座っていた。

 トレイの上には、ビッグマックのセットがふたつ。ドリンクのコーラまで一緒。

 別にお揃いでイチャイチャ感を出したかったわけではなくて、初マックに緊張しすぎてメニューがさっぱりわからなかった鈴木さんが、俺が注文した後に「同じのをもう1セット!」って言ってしまったのだ。


 確かに、わからないときは一番無難なやり方だよな。咄嗟にそれを思いついた鈴木さんは頭いいと思う。

 ――俺が頼んだのがビッグマックじゃなかったら、の話なんだけどさ……。

 注文した後トレイに乗せられたビッグマックを見た瞬間、彼女明らかに「やっちゃった」って顔してたよ。


「全部こんなに大きいんじゃないよね……?」


 ビッグマックを凝視しながら鈴木さんが俺に確認してくる。


「うん。ほら、これ、『ビッグ』だから……。普通の倍でかいよ」

「いろいろありすぎてわかんなくて」

「確かに、メニューゆっくり見てる暇ないんだよな、ここ」

「が、頑張って食べるね。いただきます」

「いただきます」


 ちゃんと手を合わせていただきますを言う彼女が可愛くて、俺も手を合わせた。

 そしていきなりビッグマックの縦のでかさに苦労してる!

 これはこれで可愛いけど、本人は大変なんだよな……。


「これ、上からぎゅーって潰して食べた方が食べやすいと思うよ」

「そ、そうだね。えいっ……あ、なんか、真ん中の方がずれちゃった」

「あるある」


 うまく食べないと真ん中のパティが飛び出すんだよな、これ。

 バーガー食べるのに行儀はいらない。俺は格好つけるのはやめて大口でビッグマックに食らいつく。案の定真ん中の部分は後ろに飛び出して最後は肉だけ食べたけど、まあ、それは割りといつものこと。


 俺がビッグマックをやっつけて包装紙を丸めていると、鈴木さんは目をつぶるくらいの勢いで一生懸命口を開けて、必死にビッグマックを食べていた。

 俺はペットボトルのより薄いコーラを飲みながら、シェイク頼んでたら大変なことになったな、と思っていた。


 全然溶けてないシェイクの太いストローを思い切り吸って、むぎゅーってなってる鈴木さん。

 そんな妄想が脳内で広がる。

 ……可愛いな、それは絶対。


「くくっ」

「ん?」


 突然笑い出してしまった俺に、鈴木さんが不思議そうな目を向ける。

 やべえ、変な妄想してたとか言えない。


「あ、頑張って食べてるな、って思って」

「うん、これ、思ったより大変……。食べきれないかも。ポテトも多いし」


 紙ナプキンで口を拭って彼女はビッグマックを置いた。ビッグマックのセットだとドリンクもポテトもでかいから、鈴木さんは本気で苦労しそうだ。


「無理に食べなくてもいいんじゃないかな」


 コーラを飲みつつ俺はポテトを摘まむ。俺にとっては楽勝のポテトLだけど、女の子にとってどうなのかはしらない。明日菜あすなの話で言えば、あいつはポテトLは食べきれるけど。


「でも、捨てるのは悪いし」


 困った、という目をバーガーに向けて、鈴木さんは呟いた。

 どうしよう。

 その食べかけ、俺が食べてもいいよとか言ってもいいんだろうか。

 でも、手も繋いでないのに食べかけのバーガー食べるのやばくないか。


 結局俺は――。


「ポテト手伝うからさ、頑張ってそれだけ食べちゃったらどう?」

「ありがとう! 頑張る」


 鈴木さんは頑張った。凄く頑張ってビッグマックを食べきった。

 その間に俺は彼女のポテトを4/5くらい食べていた。さすがにひとりでこんなにポテト食いまくったことはない。

 でも、どう見ても目の前の彼女が限界だったから、俺は俺でポテトに戦いを挑むしかなかったのだ。


「お腹いっぱい……」

「お疲れ」


 昼飯食べて逆にぐったりしてる彼女に俺は苦笑した。

 そして、バッグに手を入れてさっき店で買ったヘアピンの袋を取り出して、鈴木さんに向かって差し出した。


「これ、さっきの店ので安い奴だけどさ……。プレゼント」


 どぎまぎしながら頑張って自然に見えるように渡したつもりだったけど、俺の挙動不審よりも彼女の驚きの方が凄かった。

 目がまん丸になって、受け取った小さな袋を凝視している。

 

「私に? いいの?」

「うん、ぱっと見て似合いそうだなって思ったから」

「私なんかにいつも優しくしてくれて……鳥井くん、本当に優しいね」

「私なんか、とか言わないでくれよ。鈴木さんだから優しくするんだよ」


 だって、彼女じゃん。


 そう呟いた俺の声は小さすぎて、彼女の耳に届いたかどうかわからなかったけど。

 鈴木さんは目をうるっとさせて、袋を開けた。


「ヘアピン……」


 中から出てきた、青いラインストーンのヘアピンを見て、更に彼女は驚いていて。

 急にその目からぽろりと涙がこぼれるのを見て、俺は慌てた。


「ど、どうしたの? ヘアピン嫌だった?」

「ううん、違うの」


 鈴木さんは自分のバッグに手を入れると、小さいお守り袋を取り出した。神社の名前とか、なんとか守りとか書いてなくて、どうも手作りっぽい。

 そのお守りの紐を解くと、中から黒いヘアピンを2本取り出す。それは波形がついた、どこにでもあるヘアピンで。


「……あのね、私、鳥井くんに嘘ついてた」

「嘘?」

「鳥井くんにヘアピンもらうの、2回目なの」

「えっ、なんで!?」


 思わずでかい声を出してしまって、俺は慌てて口を押さえる。

 俺にヘアピンをもらうのが2回目?

 そんな訳ない。だって、鈴木さんに何かあげたのなんて今日が初めてだし。


 でも、あのヘアピンはどこにでもあるやつで、実は俺も同じものを持ってた。

 入試の前、勉強忙しすぎて床屋にも行けなくて、伸びまくった前髪をうっとうしがってたら、明日菜が自分が使ってるヘアピンの中から適当にがさっと掴んで俺にくれた。

 それで前髪留めて勉強してた時期がある。


 俺の驚いた顔を見ながら、鈴木さんは急に緊張した顔で答えを明かした。


「本当はね、入学式の日が初対面じゃないの。入試の日に、昇降口のところでヘアゴムが切れちゃって、その時は前髪も長かったから困ってたら、鳥井くんがこれをくれたの。……それから、ずっと私のお守りにしてた」


 入試の日。

 昇降口。

 前髪の長い女の子。


「あーーーっ!?」


 思い出した!!

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