6 デートらしいデート
藤川駅は、うちから電車で2駅。鈴木さんの場合一度乗り換えが入るけど、移動時間的には通学+20分くらいだ。
近隣ではかなり賑わってるところで、ファッションビルとかデパートとかがたくさんある。有名な大型書店もあるのがいいところ。
「とりあえず、服を見ようか」
「うん、よろしくお願いします」
今日の鈴木さんは白いブラウスにロングのタータンチェックのラップスカート。これはこれでいいと思うんだけど、彼女の希望としては「アクティブになりたい。まずは形から」らしい。
ファッションビル・OPEは駅から通路が直結で、若者向けの服が充実してる。
次に行くことが多い場所は、家の近くのAE○Nだ。オリジナルブランドじゃなくて、テナントの方。
エスカレーターで3階へ上がると、見知ったレディースの服と雑貨の売り場。俺はうちの女ふたりに荷物持ちとして連れ回されることが多くて、このフロアにどんな店があるかも一通り知っていた。
「じゃあ、近いところから見てみようか」
「な、なんか人に服を選んでもらうって緊張するね」
「実は俺も緊張してる」
俺たちは顔を見合わせると小さく笑った。
そんな風に笑い合えるのが、いかにも「彼氏と彼女」って感じで。……いい。
「こんなのどう?」
俺が最初に選んで見せたのは、金色の飾りボタンが付いたデニムのショートパンツだ。これを穿いたらすっごい脚が見える。――なんて不埒なことを考えた結果じゃない。一応。
「短い、よね」
案の定鈴木さんは及び腰だった。でも、構わない。その引っ込み思案なところが彼女らしいところだから。
「うん、でも下にカラーのレギンス穿いたりすると露出もないし、色数も増えてアクティブっぽさが出るよ」
「あ、そうかー。下にレギンス、そういえば小学校の頃は一度だけやったかも」
「うちの姉ちゃんとか、真っ赤なショーパンの下にラメのレギンス穿いたりしてる」
「それは……凄く攻めてるね」
「俺も、あれはちょっと。レギンス、カラーじゃなくて黒もいいし、丈も7分丈とかの方がふくらはぎの途中で終わるから、脚が細く見えるって」
「脚が、細く」
「鈴木さんの足が太いとか思ってないよ!? 女の子ってそういうの気にするかなって!」
俺の慌てた言い訳に、鈴木さんがクスッと笑った。唇の辺りに曲げた指を添えたりするところ、凄く女の子らしくて可愛い。
「うん、わかってるよ。凄いね、鳥井くん。私よりずっと女子力高いかも」
「いや、俺は母と姉に引きずり回されてるうちに覚えただけだからさ……」
一度ショートパンツを戻してから、今度はサイドに少しスリットの入ったカーキのクロップドパンツを手に取る。サイズはわからないから、プレゼンするだけだ。
「これも、やっぱり脚細に見える奴。多分ジーンズとかでも普通に
「す、凄いね。本当に詳しい」
「なんか、ちょっと楽しくなってきた。どっちか試着する?」
俺の提案に鈴木さんは迷った結果、クロップドパンツの方を手に取った。
彼女が試着室に入っている間に、俺はトップスを見繕うことにした。今日着ているブラウスがシンプルだからそれでもいけるけど、やっぱり「イメチェン」を実感できるような、彼女のイメージとは離れた、でも似合いそうなものを探したい。
悩んで選んだのは、今流行のパーカー。胸に大きくウォールペイント風のイラストが入った、マスタードのやつ。ピンクとどっちか悩んだけど、彼女が選ばなさそうなのをセレクトした。
「穿けた?」
俺は試着室の外から鈴木さんに声を掛けた。すぐに「うん、今開けるね」と返事が来たけども、俺はカーテンの端からパーカーを中に差し込む。
「これも着てみて」
「うん」
パーカーが中に吸い込まれていって、しばらくしてからカーテンが開いた。
俺の見立てた服に身を包んだ鈴木さんは、妙に緊張した顔で俺を見ている。そして、俺も負けないくらい緊張していた。
「ど、どうかな。選んだことないタイプの服だから、ちょっとびっくりしちゃった」
「そのパーカー、やっぱり凄く似合うと思う……」
似合うと思うなんて婉曲表現をしたけど、はっきり言うとすっごい可愛い。
顎のラインで切り揃えられたショートボブの髪に、少しボリュームがあるパーカーのフードがマッチしてる。
若干ぶかっとしたラインのトップスと、スリムなボトムスのバランス。色も違和感がないし、萌え袖気味なのが俺的には最高にいい!
「そういうの、やっぱり着たことないんだ?」
「うん。いつも無地とかチェックが多いかな。あと、小花柄」
「絶対そういうのもいいと思うよ!」
「でも、アクティブじゃないよね。着てると元気な私になれるようなのを着てみたいなって」
「それなら、やっぱりそのパーカーいいよ。ビタミンカラーってやつだし」
俺と話しながらも、鈴木さんは鏡の前で右を向いたり左を向いたりして着慣れない服に身を包んだ自分をじっくり観察していた。
「よしっ、これセットで買っちゃう!」
「もう決めちゃう!?」
「うん、見てるうちにやっぱりどんどん気に入ってきて。ビタミンカラーっていいね。私、こんなにはっきりした色の服って持ってないんだ」
凄く嬉しそうに笑って、彼女は試着室のカーテンを閉めた。
……思ったよりも、思い切りがいい。
高校1年生が持ってる程度のお金では何着もいきなり買うことは難しいだろうけど、今の彼女が持っている服に合うようなものでアクティブっぽく見えるアイテムはないかと俺は店の中をもう一度歩き始めた。
結局、俺が「今度買うときにはこんなのもいいと思う」と提案のつもりで見せたショート丈のデニムジャケットも彼女は買った。
前に図書館デートしたときのワンピースに重ねても違和感がないし、ショートのデニムジャケットは多分フェミニンな服に合わせてもフェミニン過ぎなくなるような万能アイテムだと思う。
会計が1万円を超したから俺はビビってたけど、鈴木さんが凄く満足そうだから大丈夫なんだろう。
「わー、買っちゃった!」
店のロゴが入ったショッパーを抱えて、彼女はいつになく浮かれている。アクティブな服を買って、気分がアクティブになったってやつかな。
後は買わないけどとりあえず見てみるだけ、と俺たちはそのフロアをぐるっと回ることにした。途中のアクセサリーショップで彼女が視線をそちらに向けたので、「覗いていく?」と訊いたら嬉しそうに吸い寄せられていく。
「わあ、可愛い」
彼女が手に取っているのは、リボンモチーフにレースの付いたバレッタだった。
やっぱり、鈴木さんは根本的に可愛いものが好きなんだよな。アクティブになりたいっていうのはあくまでイメチェンであって。
「イヤリングとかも可愛いな。でもせっかくだからさっきの服に合うものを探してみようかな。もうちょっと見てもいい?」
「いいよ、ゆっくり見て。選ぶなら色がはっきりしたのがいいと思うよ」
ほとんどの商品が一律300円という店で、鈴木さんは熱心にアクセサリーを見始める。
その時、俺の目に止まったのは青いラインストーンのヘアピンで。
鮮やかだけど、派手すぎない。今日買った服にも合うはずの色。何より、プレゼントされても気負わない程度の値段。
俺はそのヘアピンを手にすると、彼女に気付かれないように素早く会計を済ませた。
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