歩道橋[花金]

 毎日、歩道橋を通って学校に行く。少し歩けば信号もあるんだけど朝は必ず階段の方を選んでる。それはダイエット目的ではなくて――


「おはよう」

「おぃっす」


 寝ぐせをピョンコさせながら、生あくびの男子高校生が歩道橋の反対側から歩いてくる。幼なじみの奏多かなただ。歩道橋の真ん中で立ち止まると、ジャージ姿の奏多も立ち止まる。向かい合ってそっと手を伸ばしてみる。


「寝ぐせ」

「んー……」


 眠そうに触られるがままになってる奏多はワンコみたい。毛質もそれっぽい。昔は天然パーマなんて言われてたけど、随分ストレート気味に落ち着いて来てる。


「遅刻しないようにね」

美羽みうもなー」


 すれ違ってお互い反対側の階段を降りて行く。道路を挟んだ幼なじみ。歩道橋を渡って、道の反対側にあるそれぞれの高校に通ってる。幼稚園も小学校も中学校もずっと同じだったけど、今は毎朝すれ違うだけ。


 ほんの数分の、楽しみ。


 ・・・


「おはよう」

「うぃーす」


 今日も眠そうな奏多。ジャージに重そうな鞄を掛けて生あくび。歩道橋の真ん中で立ち止まる――けど、今日は寝ぐせついてない。触れないのは、残念……。


「今日の鞄、重そうだね」

「おー。明日試合だからいろいろ入ってる」


 奏多が鞄を叩く。小学校からやってるサッカー、まだ続いてるんだ。


「そうなんだ。試合、頑張ってね。点バンバン取っちゃってね」

「おー。プレッシャーだなー」


 奏多が笑う。笑うと可愛い。

 試合見に行きたいなあ……でも、幼なじみ来るとか迷惑だよね。


「……じゃあね、遅刻しないようにね」

「おかんかよ」


 ・・・


 翌日――

 学校が休みの日はつまらない。奏多に会えないし。


 だから大抵、教科書を広げて勉強するフリしている。戦後の焼跡から復興していく町の写真とかGHQがどうとか載ってるけど、全然頭に入って来ない。試験近いのに集中できない。


「あーあ、天気いいなあ」


 気分転換にベランダに出てみる。マンションの十二階から見える景色が好き。風も気持ちいいし。なにより、大好きな歩道橋が見えるし……奏多はいないけど。


「試合、どうだったのかなあ」


 柵にもたれて呟いてみるけど、なんか虚しい。


 早く月曜日にならないかな。


 ・・・


「……」


 月曜日なのに。ずっと歩道橋の上で待ってるのに。


「奏多が来ない……」


 もしかして、早い時間に行っちゃったのかな。それとも、なんかあったのかな。


「……避けられてたりして……」


 我ながら嫌な言葉を吐いてしまって、落ち込んでしまう。


 それから――火曜日、水曜日……遅刻覚悟で三十分近く待ってたけど。


 奏多は歩道橋に来なかった。


 ・・・


 そして、土曜日になった。


 いつもなら退屈しかしない土曜日に、なんだかホッとしてしまう。

 奏多が来るか来ないかなんて考えなくていいから。


 でも、やっぱり勉強には集中できないし、お昼のミートパスタも味がしない。


「はあ……」


 フォークでスパゲッティを永遠にクルクルしているとインターホンが鳴った。


『……おぃっす』


 インターホンに映ってたのは奏多だった。


「奏多!?」

『ちょっと降りて来てくんね』

「うん」


 部屋着のまま家を飛び出してエレベータに乗った。


「それ、どうしたの?」


 奏多の左足は包帯グルグルになっていた。


「大丈夫? まさか、試合で?」

「あーいや、ちょっと階段から落ちた。軽いねんざ」

「階段!?」

「……なんかさ。試合の帰り、美羽がマンションから歩道橋見てた気がして」

「え」

「ずっと上見てたら」

「うん」

「足踏み外した」

「なにそれ」


 私の間の抜けた声に笑う奏多に思わず口を尖らしてしまう。


「歩道橋で会えなかったから心配してたんだよ?」

「おーこの足だから、親に車で送ってもらってた」

「そうなんだ」

「……」

「奏多?」

「歩道橋、通るから」

「……え」

「月曜からさ、また歩いて学校行くから」

「うん。そっか……」


 わざわざ言いに来てくれたんだ。足痛いのに。

 ――なんて喜んでたら、奏多が突然手を伸ばしてきた。


「美羽」


 髪の毛をクシャっとされる。


「寝ぐせ」

「え、うそ……」

「うっそー」


 奏多が歯を見せて笑うもんだから、心臓がバクバクうるさい。


「じゃあ、またな」

「またね」


 ピョコピョコ歩いて帰っていく奏多の背中に向かって小さく言う。


「……楽しみにしてるね」


 歩道橋ですれ違うだけ。それは、まだ『なりきれてない』私たちの――ほんの数分間のデート。

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