もらい泣き[花金企画]

「どうして泣いているの?」


 公園でウサギのぬいぐるみをだきしめながら泣いている子がいた。ぼくが声をかけると、女の子はたくさん涙を流しながら言う。


「すーちゃん、ケガしちゃったの」

「すーちゃん?」


 女の子のことかと思ったけど、見るとウサギのぬいぐるみを差し出している。『すーちゃん』はウサギのぬいぐるみのことようだった。ぼくは、見せてと手を出す。


「どれどれ?」


 ぬいぐるみを見てみると、足のつけね部分が外れそうになっている。中の綿が少し出てしまっている。


「これどうしたの?」

「みっちゃんが貸してってひっぱったの……でも、いやだ、から……ひっく」

「ひっぱり合ってちぎれちゃったんだね」

「うぇぇえん」


 女の子が再び大きな声で泣き出す。ぼくは内心、「公園なんかに持ってくるからだ」とは思ったけれど言わなかった。そんなことはなんの解決にもならないことを知っているからだ。


 そうだ、いいことを思いついた。


「ねえねえ、こっち来て」

「なあに」


 ぼくは女の子の手をひっぱってベンチまでつれていく。公園のベンチには、ぼくの緑色のランドセルがおいてある。ランドセルの横についた名札を外す。安全ピンと名札を分けて、ぼくはベンチに座らせた女の子を見る。


「すーちゃん、貸して」

「……なにするの?」

「おーきゅーしょち」

「……」


 女の子はちょっと悩んだあとに、ぬいぐるみを渡してきた。


「痛くしないであげてね?」

「大丈夫。これ以上ひどいことにはならないよ」


 そう言って、ぼくはウサギのぬいぐるみの足のつけね部分に安全ピンをつける。ぶらん、としていた足がすぐには取れないところまで戻った。


「はい、どうぞ」

「わあ」


 女の子はぬいぐるみを受け取って笑顔になった。


「ありがとう!」

「おうち帰ったらお母さんにちゃんと、ぬってもらうんだよ」

「わかった!」


 そう言って、女の子はウサギのぬいぐるみを顔の前に持ってくる。


「『ありがとぴょん! これでもう痛くないぴょん!』」

「うん」


 すーちゃんのお礼を聞きながら、ぼくは内心、「ウサギは『ぴょん』なんて鳴かないぴょん」とは思ったけれど言わなかった。そんなことはなんの解決にもならないことを知っているからだ。


 女の子はウサギのぬいぐるみをベンチにおいて頭をなでる。


「よかったねえ、すーちゃん」


 えへへと笑う女の子。なんか、かわいいな。


「ぼく、ゆきなり」

「わたしは――」


「ひーちゃん!」


「みっちゃん」

「ひーちゃん、さっきはごめんね」


 みっちゃんと呼ばれた男の子が、ひーちゃんと呼ばれた女の子の手をひっぱる。


「ママが、みっちゃんつれておいでって。プリンもあるからって」

「え! ほんとう!?」

「ほら、行こう!」


 ひーちゃんはふり返らずに公園を去ってしまった。途中で、みっちゃんがこっちを見たが、あっかんべーしてきた。ぼくもあっかんべーを返してやった。


 ベンチに残されたランドセル、ぼく、そしてウサギのすーちゃん。


「『おいて行かれちゃったぴょん。うえーん』」


 すーちゃんの心の声を代弁してみる。ぼくは内心、「このウサギどうするんだ」とは思ったけれど言わなかった。そんなことはなんの解決にもならないことを知っているからだ。


 ただ、すーちゃんが泣いているように見えて、ちょっとだけ、した。


「みっちゃんって男の子だったんだなあ」

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