Q6:一度だけのわがまま[ハーフ&ハーフ]

 彼女が優秀だってのは分かっていた。

 だってずっとそばで見てきたんだから。


「予想はしてたんだけど、遠いところに行くことになったの」

 彼女がそう言ったとき、やっぱりな、とそう思った。


「それってどこ?」

「遠いところ。たぶんココには戻らないと思う」


 僕が彼女に惹かれた理由はいくらでも思いつく。

 だけど彼女が僕のどこに惹かれたのかは、僕にとっていまだに謎だ。


 ただこれだけはハッキリ理解していた。

 ここで彼女の手を離してしまったら、僕たちの縁はそれまでだということ。


「そっか……遠距離恋愛ってことか。でも連絡手段はいくらでもある。僕はここで待ってるよ。ここでずっと君を待ってる」


 と、彼女はここで大きく息を吐いた。

「それはあなたのためにも、あたしのためにもならない」


「待つのもダメなのかい?」

「あたしは関川君に一緒に来て欲しい。でもあなたにはここでの生活や仕事があることも分かってる」


 僕はすぐに返答できない。

 失うものは少なくないのだ。


「ねぇ、一度だけわがままを言わせて。ここでの全部を捨てて、あたしと一緒に来て」


 彼女は僕を見つめ、それからゆっくりと手を伸ばしてくる。


 僕は……











 ゆっくりと目を閉じる。


 彼女のひんやりとした指が首を這う。交差する手に力が入っていくのを感じる。それでも僕は身体の力を抜き続ける。事の成りゆきをすべて彼女に任せて――僕はしかし、人間の生存本能というものには抗えずに目を見開く。


 視界に映る彼女の顔は慈しみに溢れていて、とても美しい。


 僕の目から零れた涙が、こめかみから耳の裏へと流れていくのを感じたところで――僕は意識を手放した。


 ・・・


「気分はどう?」

「どうもこうも……」

 懐かしい浮遊感を楽しむでもなく、僕はかつての宿主である関川を見下ろしながら首をひねる。随分と手荒い方法ではあるが、僕が抜けたことで、もう少しで宿主関川は目を覚ますことだろう。

 自ら命を絶とうとしていた男の顔は、出会った時よりは随分と清潔感もあるし顔色もいい。彼はもう僕なしでも人生をやり直せるだろう。


「しかし、もう少しやりようはなかったのかい?」

「もちろん、あるわよ。でも……あなたの首を一度締めてみたかったの」

「悪趣味だね」

「だってこれからは生身のない存在なんだし」


 彼女はそう言って手を伸ばす。空中に浮いている僕にれる。


「あら。さわれるわ」

「だから言ってるじゃないか。君は僕が出会った中で一番優秀な悪魔祓いエクソシストだって」

「うふふ、優秀だから私について来てくれるの?」

「断ったら存在そのものを祓われていたかもしれないしね」

「素直じゃないのね」


 素直な悪魔がいるもんか。ついて行くふりして、君の魂を狙っているだけさ。


「さあて、教会に呼び出されているの。これからもしっかりついて来てね? ――


 彼女に惹かれた理由はいくらでもある。例えば今のような悪魔的な微笑みとか。だけど、彼女が僕のどこに惹かれたのかは、いまだに謎だ。もしかしたら、ただ刺激が欲しいだけなのかもしれない。でも理由なんてどうとでもなるさ。


 最も遠い存在であるはずの悪魔と悪魔祓いが近くに居続けるために。なあに、人間の寿命なんて俺たちに比べたら一瞬。極上の魂愛しの君を手に入れるために――


「どこまでも、いて行くさ」

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