天体観測[花金企画]
僕たちの生まれ育った町は、日本でも有数の星の名所、というわけでもなく。
月が出てもぼんやりとしか見えない星を数えていた。
部屋の電気を消して、毛布をかぶって、ベランダに出る。
目をぎゅってつぶって10秒、ゆっくり数えて、せーのって目を開けて。
わーっていうほど、星は見えないけど、それでも夢中になって空を見上げてた。
「あ、オリオン座だよ!」
「ひーちゃん、オリオン座見つけんの早いよね」
「違うよ。かっちゃん。ひーちゃん、それしか知らねんだ」
「ひっどーい。しゅんくんだって知らないでしょー?」
「まあまあ、ひーちゃん。ぼく、オリオン座好きだよ」
「なあ、ふたりとも。オリオン座の赤いの、なんて言うか知ってるか?」
白い息を吐き出しながら、しゅんくんは「ベテルギウス」という。
そして、毛布の中から左腕を出して、夜空を指差す。
「へー、どれどれ!」
「ちょっとひーちゃん、落ち着いて。寒い」
「あれが、プロキオン。そして左下の同じくらい光ってるのがシリウス」
しゅんくんの言葉の通り、指差す方角をじっと見てみる。
「あったあった!」
「本当だ? あった気がする」
「ベテルギウス、プロキオン、シリウスの3つで冬の大三角」
しゅんくんは言う。そう言われた途端に夜空に大きな三角形が描かれた。
「三角形だ!」
「あった! すげーでけー」
「オリオン座さえ見つけられれば、すぐに見つけられるんだ」
どれだけ離れていても……と言って、しゅんくんは黙ってしまう。
「絶対見つける。絶対見つけるよ!」
「うん、ぼくも忘れないよ。しゅんくん」
「……うん」
しゅんくんは、翌週ドイツに引っ越した。
今でもドイツと聞いてもサッカーとソーセージ、ビールのイメージしかないけれど、15年経った今も僕たち3人は仲のいい幼なじみのままだ。
・・・ ONLINE ・・・
画面に、ひーちゃん、僕、しゅんくんが映る。
「やっほー! しゅんくん、元気?」
「おーい。聞こえてるー?」
「聞こえてるよ。元気元気。そっちはどう?」
「元気だよ」
「すげー元気。それより乾杯しようよ」
「あ、ちょっと待って。オレもビール取ってくる」
「ビールなんだ。よく苦いの飲めるよね~」
「男は黙ってビールだよ」
「お待たせ。
しゅんくんの画面に、ローマ字の書かれたビール瓶がドアップになる。
「え、なになに? かんぱ~い?」
「ちょ、ドイツ語?」
「そうそう」
「いいね~」
「ドイツ、今何時よ?」
「今はーちょうど15時だね」
「ぶはっ。15時からお酒飲んでるの!?」
「すげー。さすがドイツだな」
「今度遊びに来なよ。こっちでは、みんな昼間っから飲んでるから」
「ドイツ人だな~」
「ドイツ人だな」
「日本人だよ。それより本当、遊びに来なよ。ハネムーンでも」
「え、新婚旅行、海外にしちゃう?」
「予算オーバーだろ。いや、でもしゅんちゃんに会えるなら……」
「待ってる待ってる。あらためて、結婚おめでとう、ひーちゃん、かっちゃん」
「ありがとう~」
「いやー照れるなー」
「あはは。インターネットは偉大だよ。二人の幸せそうな姿見れてよかった」
「あ、前撮りの写真あるの見せてあげる! どこやったかな~」
「後にしなよ……って行っちゃった」
「ひーちゃんは昔から落ち着きがないよね」
「……」
「そうそう。なあ、覚えてる? 僕ん家のベランダでさ。よく星見てたの」
「覚えてる覚えてる。ひーちゃんがテンション上げて飛ぶたびに寒くて」
「……」
「あんな1枚の毛布に3人が入れてた時代があったなんてなー」
「ひーちゃんはオリオン座ばっか探してたな」
「……」
「しゅんくんが引っ越してからもずっと探してたよ」
「へー? そうなの?」
「……」
「しゅんくんが教えてくれた冬の大三角なんだって」
「うんうん。ベテルギウス、プロキオン、シリウスね」
「……」
「ひーちゃんは昔からずっとしゅんくんが好きで」
「……」
「……」
「しゅんくんが引っ越さなかったら、絶対二人が結婚してた」
「かっちゃん」
「……」
「僕は――」
「それ以上言ったら絶交するからな」
「……」
「……ごめん」
「それとも、後ろの花嫁に殴ってもらうか。その、ごついアルバムで」
ごすっ。
「……ばか」
「いたい……」
「せっかく送ったウェディングギフト無駄にしないでくれよ」
「あ、昨日届いたやつ? あれなに?」
「でかいプロジェクターみたいなん」
「そのまんまだよ。部屋の電気消して、それつけてみてよ」
部屋の電気を消して、暗い部屋の中、機械に電気をつける。
目をぎゅってつぶって10秒、ゆっくり数えて、せーのって目を開けて。
わーって、星が映し出される。僕らの小さな部屋の中に。
「また一緒に天体観測したいと思ってさ」
しゅんくんの部屋もいつの間にか暗くなって、満天の星が映し出されている。
「あ! オリオン座!」
「オリオン座もう見つけたの?」
「さすがひーちゃん」
そう。どれだけ離れてもつながってる。僕たちは冬の大三角だ。
しゅんくんがビール片手に笑ってる。
「結婚おめでとう!」
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