三千世界の鴉

ぬし様の朝は早い。

陽の光で部屋が明るくなる前から

鳥はやかましく鳴いている。


それと声を合わせるように

けたたましい声で鳴く黒い奴がいる。

不愉快に響くその声は必ず

主様の目覚めの時を告げてくる。


私は布団から手を伸ばし

それを威嚇いかくし息の根を止めたいが

主様が優しく私を抱きしめてくる。


毛を少し冷たい手で撫でられ

ご機嫌になった私は布団に戻るが

主様はそのまま起き上がる。


主様がいなくなって冷めていく布団に

私は震えながら、その温もりの残滓ざんしを求める。


いつか、やってやる――

そう誓って再び微睡まどろむ。


三千世界さんぜんせかいからすを殺し

主と朝寝がしてみたい――


・・・


俺の朝は早い。

シフトが変わってから始発で出ないと

仕事に間に合わなくなった。


部屋が明るくなる前に起きて

歯を磨いて、昨日買っておいた

値引きのパンとか弁当を口につっこむ。


この生活を始めてから

カラスって結構朝っぱらから

うるさく鳴いてるんだなって気づいた。


まだ暗い中、携帯電話の目覚まし音が流れる。

最大音量のアラームを

近所迷惑になる寸前で止める。


すると可愛らしい先客の手に触れる。


「よしよし、あずさ」


元カノの名前をつけた女々しい俺。

アメリカンショートヘアの気持ちいい毛並みを

撫でながら、猫を布団に戻す。


「電話、壊さないでくれよ」

「にゃー」


布団の中で丸まる可愛いあずさ。

そのまま俺が携帯電話を持って起きると――


「にゃあぁぁ」


不満そうな鳴き声を出す。


「ごめんってば」


俺は急いで支度をして部屋を出る。


「明日は休みだから

 ゆっくり寝ような、あずさ」


・・・


その2日後、なぜか携帯は沈黙したまま

あるじを起こしてはくれなかった。


猫のあずさは、

すっかり寝過ごした飼い主の横で

幸せそうに眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る