澄んだ心


彼が…水澄君が怖かった。


怖かったはずだった。


でも弱った心にただ何も聞かず、言わず、そばで寄り添って1人にしない彼が今はとても安心できた。


弱味に漬け込むような人でもないみたい。


私の危機感が足りないだけだろうか?


でも…今は…寄りかからせてもらおう。


私は水澄君の肩にもたれるようにして枯れ果てていたはずの涙を流した。









「ごめんね…」


「…いいよ」


落ち着いた私は彼に謝る。


そんな私に優しく答えてくれる。


でもどこか冷めた雰囲気を感じてしまう。


怒らせちゃったかな。


結構長い時間だったもんね、迷惑だったかも。


正直、時間感覚が無くなっていたのでどれだけの時間が流れたかはわからない。


けどけして短い時間ではなかったはずだ。


「もう大丈夫?」


そんなことを考えていた私に彼は声をかけてくれる。


「…うん」


「じゃあ帰る?近くまで送るよ。家を知られたくないならここでわかれるし」


そう言って彼は立ち上がりさっきみたいにまた手を差し出してくれる。


彼の顔になにも感情は浮かんでいない。


見方によっては冷たく感じるかもしれないけど私はあの表情豊かな彼を見た時の恐怖に近い何かの感情が沸いてこなかった。


私は差し出された手を取って立ち上がる。


「…大丈夫。もしワガママを許してくれるなら家まで送ってくれるかな?」


「わかった。行こう?」


そう言って彼は私を促してくれる。


私のゆっくりな歩きに彼は合わせてくれる。


いつもは私がに合わせていたから少し新鮮だった。


「…なにも聞かないの?」


「…聞いてほしいの?聞いてほしいなら聞くよ。嫌なら聞かない」


「…そっか…」


私は何故か少し落ち込んだ。


それでは私の事情に興味がないみたいで…


きっと思いやりをもっての事だと思うけどそんなネガティブに捉えてしまってもいた。


「…どうしてほしい?」


彼は無表情で聞いてきた。


「俺は別に周りに言いふらす気もないし、今日の事でこれまでの君に対する態度を変える気もない。もともとお互い仲が良かったわけではないしね」


そう、水澄君とは特別仲が良いわけじゃない。


なら…


「なんで…?なんで私に優しくしてくれるの?」


「別に優しくしてるわけじゃない。他人が泣いているからどうにかしてあげたいなんて考えられるほど出来た人間じゃないよ。なんでって聞かれたら知らないからって答えるしかないかな」


キッパリ言いきる水澄君はやっぱり無表情で、どこか遠くを見ていた。


「何を知らないの?」


「なんで泣いているかを」


水澄君の答えに私はショックを受けていた。


だってそれって…


「ただの興味本位って言われると僕は否定出来ないかもね」


そう言いきる彼はやっぱり怖かった。


「こんな俺をやっぱり信用できないし受け入れられないって言うなら別に良いよ。でも誰かに話して、ぶつけて、少しでも楽になれるなら話してみるのもありじゃない?俺じゃなくても良いしね」


彼はそう言いながら私に視線を向けると優しく微笑んだ。


何故だろう…彼を怖いと思っているのに…不信感を抱いているのに…


気付けば私は全てを話していた。


大事で大好きな幼馴染みがいたこと、告白して気持ちを伝えていた事、この日が大切な日であったこと、そして私よりも別の人を優先したこと…


全てを話したあと彼は「そっか」といって何も言わなかった。


「…それだけ?」


「君はなんて言ってほしいの?」


水澄君の言葉に私は詰まる。


「俺は別に木村と仲が良いわけでもないから木村をよく知らない。雪下さんと仲が良いわけでもないから雪下さんをよく知らない。そんな僕に共感されたところで薄っぺらいものだよ。そんなもので満たされても空しいものだよ」


彼の言葉に私は言葉を失う。


ならなんで話させた?

話したら楽になるんじゃないの?

少しでも傷ついた心を癒してくれるんじゃないの?


そんな怒りに近い感情で頭がいっぱいになる。


私が足を止めると少し前にいる水澄君が振り返る。


「君はどうして泣いていたの?」


その言葉に私は余計にイラついた。


「私は幼馴染みなの!ずっと昔から!いつもそばにいていろんなもの見てきた!好きな物も苦手な物も好きな本やアニメだって…いつだって同じ時間を共有してきた!!水澄君より!あの隣にいた人より!!私の方が!!!」


「それで?」


「わたしはっ!!…わたしは……わた…え…ん…った」


わたしは水澄くんを睨み付けながら声を張り上げるけど結局最後は涙に濡れて掠れてしまった。


「本当に木村君はその人を選んだのかな?泣いてないで一度話してみるべきじゃない?今日が無理でも明日にはさ」


水澄くんは私の頭を撫でながら優しく言う。


彼はどうやら私を落ち着かせようとしてくれているようだ。


私は急な行動に少し驚いた。


でも…


「…わかるんだよ…私には。何て言うのかな…私に対する笑顔と違った。私に会うときのおしゃれの本気度も違った。私に向ける目と違った…だけどそれは私が彼に向けるものと全部一緒だったんだ」


だから悟った。


ああ…彼は…わからないって言っていたを見つけたのだと。


そうか…だからか。


「だから焦ってたんだな…私」


私が家をでて気晴らしに出たのも本当は幼馴染みに会えるかもって期待していたからかもしれない。


幼馴染みを探して安心したかったのかもしれない。


幼馴染みが恋を覚えていく顔をそばで見てきたから。


その相手はやっぱり私だったと。


「本当は…心の中ではわかっていたんだな…そんな自分の心も焦りでわからなくなっていたんだ」


情けなくなる。


自分のことすらわからない事が。


「違う、私が…無意識で見ないふりしてたのかな…?もう自分の事なのにわからないや…情けないな…」


私は自分を哂う。


「…君はそこまでわかってどうするの?」


水澄君に聞かれた意味がわからなくて彼を見る。


「これからも幼馴染みとしてそばにいる?」


「できないよ」


私は無意識に即答していた。


でも無理だ、あの顔が…想いが誰かに向いているのを横で見ているだけなんて。


「なら…ちゃんと終わらせないとね。その前にちゃんと今日のことを聞いて誤解がないように話さなきゃ。お互いのためにもね」


彼に言われて自然と私は頷いた。


「…うん、もう大丈夫そうだね。家はもう近いの?」


「え?う、うん」


私は急に聞かれて少し驚きながらも頷く。


「そっか、ならこれ使って」


そう言って彼は傘を渡してきた。


「これ学校の傘だから学校の傘立てに返してくれたら良いよ。今日の事は無かったことにして俺は忘れるから。君とは会ってないし涙も見てない。君は自分で折り合いをつけた…君は強い。だから頑張って」


水澄君は微笑みながらそう言って来た道を戻り始めた。


「えっ!水澄君!!」


「じゃあね~」


私の声に振り向いた彼はまたあのへにゃりとした顔で笑って手を振っていた。


急に現れ急に去っていく彼に私は混乱する。


今思えばほぼ他人の相手に随分恥ずかしい所を見られた事に気付く。


それすらも見なかったことにすると言っていた。


少し…いや、かなり図々しかったがそれでも今は少しスッキリしている。


今でもあの光景を思い出すと胸を裂かれるように心が痛むがウジウジと考える事はなくなった。


「明日お礼言わないと」


そう自然に思って明日のために色々考えることにした。


幼馴染みとちゃんと話すために。

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