第三十話 思い出はプログラムと共に


◇◇◇


「シェリー!」


可愛らしい人形のような声が後ろから聞こえた。


「おはよう!ミシェル。」


セナーラン城を歩いていた私は振り返って走ってきたその子の方に向く。


本当に可愛らしい子だ。

人形の様に整った顔と長く、美しい金髪。

青い目はまるで宝石の様だ。

…やはりリーシャに似ている。


「ミシェル!そんな走るなよ!」


ミシェルの後ろからこれまた幼いのにとてもルックスがいい男の子が行儀よく早足で来た。

父親と同じ茶髪緑目の男の子で、やはり父親譲りの賢そうな目がいつもキラッと光っている。


そう。

この2人はセナーランの王太子とその婚約者ミシェルである。

つまり、リーシャの母親だ。


「だって、シェリーがいたんですもの。それにウィルだってシェリーのお兄様に会いたかったんでしょう?」


ウィルと呼ばれた男の子ーー王太子はウィルトスと言う。


「だからって走ったらダメだろ?また作法の先生に怒られるよ。」


「むぅ…!」


頬を膨らますミシェル。

ああ。かわいい。


「おはようございます。ウィル様。」


私の隣にいた1番上のサヘンお兄様が王太子に話しかけた。


私達があの謁見の間で出会ってから1週間。

私達はよく遊ぶ仲になっていた。


それにしてもセナーランの王族は凄い。

私達はセナーラン語など挨拶が出来る程度しか分からないが、彼らが話すカシュクラン語はとても流暢で冗談なんかも時々聞く。


「サヘン!ウィルでいいよ!何度も言ってるでしょ?それに敬語じゃなくてタメ口でいいんだよ?サヘンは僕より歳上だし、サヘンが望むなら僕は敬語にするんだから。」


「僕も何度も言っています。貴方様は王太子で僕はただの貴族。そんな事出来ません。」


変わってないなぁ。お兄様は。


このお兄様と言うのは、将来宰相になる人だ。


今も昔も、堅物なのだ。


「君が帰る頃には僕の事を呼び捨てにしてて欲しいな。そっちの方がほら。友達っぽいでしょう?」


「でもダメなものはダメなんです!!それに今もとても親しくして頂いてるではないですか。」


「…ふふ。サヘンは堅物だなぁ。まぁ、いいや。今日、この国の元師が訓練をしてくれるんだけど2人も一緒ににどう?最近、遊べてなかったしさ。」


後から聞いた話だと、セナーランの王族達は訓練を遊びと思ってするらしい。


これは…私、シェリアンも生涯知りえなかった話だが、セナーラン王族の本当の『訓練』とは私達がこの後する訓練とは別で『シェリアンが見つけ出した』トラウマ訓練法(第二十話参照)である。

実はシェリアンが考え出すのとはずっとずっと前にセナーラン王族では当たり前であったのだ。

彼らが今から行く『訓練』は遊びと思っているのはトラウマ訓練法ではない普通の訓練だからだ。


「は、はい!ぜひ!」


私、お兄様、王太子、ミシェルは訓練場へ足を向けた。



◇◇◇



「も、もうムリ…」


青い顔をして倒れ込む私。

近くにお兄様も倒れ込んで来た。

チーンという効果音が聞こえるようだ。


セナーラン王族の訓練はほんと、厳しすぎ。

いやぁ。あの頃も訓練してカシュクランでは同じくらいの子の中では1番だったんだけどなぁ。


「あ、あら!シェリー大丈夫?」


ピンピンしているミシェルがシェリーに声をかけた。


今は4人で木剣での攻撃ありの鬼ごっこ、つまりデスゲームをしている最中だがこれが、余りにも怖い。


広い城の訓練場で魔法を使って体を強化してからやる鬼ごっこ。


時速60キロ以上あるのでは無いかと思うくらい早い彼らにリーシャ達はついて行くのも出来ない。


そこへさっきまで私達に腕立て伏せを200回やらせた元師が来て言った。


「あー。ちょっとやりすぎたかもしれませんな…ハハハ」


なーにがちょっとやりすぎたかも知れませんなだ!



◇◇◇



3ヶ月が経った。

あともう少しで私は帰ることになる。


私はウィル様とミシェルと一緒に遊んでいた。


お兄様はお父様とどこかに見学に行ってて居なかった。


広場で大きな山を作ったり、虹を作ったりして理想の庭を作っていた。

私も一生懸命魔法を練習して今は、そこら中に魔法の光る花を作っている最中だ。


今思えば、リーシャもルーンも同じような事をしていたな。


あらかた綺麗な庭が出来上がった頃、ウィル様とミシェルがセナーラン語で何かを話しているのを見つけた。


2人は最後に互いに顔を見合わせてコクンと頷くと私の方に来た。


「シェリー!今から面白いものを見せてあげるわ!陛下には他人には秘密って誰にも話しちゃいけないよって言われたけど、シェリーは他人じゃないもの!誰にも言わないって約束してくれる…?」


「もちろん!」


「うん!後でサヘンにも話そうと思ってるの!」


「よし。じゃあ僕の部屋に来てよ。」


そして一行はウィル様の部屋に向かった。



部屋につくと、ウィルが机に手を置いた。


すると手を置いたところが青くポワンと光って引き出しが開く。


その引き出しに入っていた物は古代語が書かれた板。


「これはね。キーボードって言うんだ。とっても便利なんだよ。それでねそれでね」


そう言いながらウィル様はキーボードの端にあった小さなマークをポンッと押した。


すると机からパッとホログラムがシェリー達の目の前に現れる。

それにはシェリーには分からない古代語で書かれた文字と記号と数字があった。


「凄いでしょ?これってねホログラムって言うんだ。でねでね、この文字列は『プログラム』っていうの。このプログラムで魔法は作られているのさ。」


ウィル様がキラキラした目でこっちを見た。

ミシェルも知っているのかシェリーの反応をじっと見ている。


私はよく分からないが凄いものだという事だけはわかった。


「魔法っていうのは空気中にある小さな小さな目に見えないくらいのロボットによって作られてるの。ロボットはこのプログラムで動いてね。それでねそれでね例えば物を動かす魔法とかはこのロボットが動いて色々やって物理的に動かしてるのよ。」


じゃ、じゃあどんな魔法でもプログラムで作れるんじゃ?なんて私は考える。


「面白いでしょ?これの元は神様が作ったんだ!僕達はまだよく分からないけど神様の世界では化学っていうのが凄く発達してるんだ。」


「面白い!魔法がその文字で作れちゃうなんて!」


私はワクワクして興奮していた。

しかし、それと同時に少し目眩がした。

気の所為だろうか?


「でしょ?でね。私達は今、相対性理論っていうーー」


いや、気のせいじゃない!どんどん目の前が真っ白になっていってる!


あっ


「「シェリー?!」」


パタンと私は倒れて何も見えなくなった。



◇◇◇



「ーーつまりうちの娘は廃人になってしまったと…?!」


お父様の声が聞こえる。


今大人になって思えば、この話は意味があるちゃんとした会話だがあの時、あの頃は何も感じなかった。


ぼーっと前を見る。


そこは私に割り当てられた豪華な部屋で私は椅子に座っているようだ。


目の前にはセナーラン国王陛下、そして泣きそうな顔のウィル様とミシェルが座っていて、お母様は隣に座って汗ばんだ手で私の手を握っている。

私のもう片方の隣にはお父様、そしてサヘンお兄様ともう二人のお兄様がいた。


「…申し訳ないでは済まないな。」


陛下が沈んだ声で言う。


「ええ!ええ!一体全体どうしてこうなったんです?!」


「…私達には絶対に守らなければならない秘密がある。例え誰が懇願しても誰が死のうとセナーラン王族と少しの人間しか知らない、知ってはいけない秘密だ。」


「それとなんの関係が!」


お父様の荒い声が聞こえる。


「その秘密を知ることが出来るのは私、セナーランの君主が直接それを話した者だ。それ以外の者が誰かに言うとある魔法が発動し、秘密を知った者が強制的に無力化される。そして、知った者と教えた者の居場所が私に分かるのだ。…そして、今回の事件は我が国の王太子であり私の息子であるウィルトス、そしてミシェルがシェリアン嬢にその秘密を話してしまったことで起こった事件だ。…私が彼らにこの秘密の重要性をしっかり教え込めなかったのが原因だ。」


「…で、で?!シェリーは治るのですか?!ずっとこのままなんて事は…」


「いや、治る。」


「…ッでしたら早く!」


「すぐにでも私が治す。しかし、その前にロンデンヴェル殿に話して置きたい。シェリアン嬢を治すには、その記憶を完全に消すしかない。」


「完全に消す…?!記憶を誤魔化す事は出来ても完全に消す魔法など、聞いた事がありませんが?!」


「普通の魔法ならその通り。しかし、我らの秘術でその記憶を完全に消す事が出来る。…そこでその消す範囲だが、ここセナーランにいた記憶を全て消す方がいい。その方が綺麗に消えるし、怪しまれないで済む。…ロンデンヴェル殿にはカシュクランに帰ってからそれまで眠らせたシェリアン嬢に3ヶ月間病気か何かで眠っていたと話して欲しい。」


「それは…」


「いや、勝手な願いだとは分かっている。怪しまれずに済むなんて事は我々の都合だし、元々シェリアン嬢を危ない目に合わせてしまったのは我々だ。申し訳ない。」


陛下が頭を下げる。

それを見てウィル様とミシェルは陛下より深く深く頭を下げた。


「ごめんなさい。ほんとにほんとにごめんなさい!」


それを見てお父様は落ち着いて言う。


「…子供のやった事です。その位なら。娘が治るのであればそれでいい。」


ゆっくりと頭を上げた陛下が口を開く。


「…子供のやった事で済まされる問題ではない。なはずなんだ」


「…それでです。陛下。私はこの子をとても大切に思っています。…まさか陛下も治るからと何もしないとは…?」


お父様が探るような目で陛下を見る。


「…流石、カシュクランの唯一の大公。娘が危険でもそれを忘れないか。…セバス。シェリアン嬢を運べるように用意を。」


陛下が隣にいた陛下の執事に言う。

執事はスっと頭を下げるとテキパキと私を持ってきた移動式ベットに寝かせていく。


「…ええ。私もこんな事は不本意ですが、私が1番に考えなければならないのは我が国の事ですので。」


「帝国の未来は明るいな。もちろんタダでとは言わない。彼女を治すのと同時に彼女に魔法の才能を付けよう。優先的に魔法が使えてより強力な魔法が使えるように。そして…そうだな。自由に相手の記憶を消せる魔法もカシュクランに。」


「ッ…?!なぜ…?!」


「なぜ天性的である魔法の才能を変えられるか?誰も知らない魔法を持っているか?…それは教えられない。我々はそれを死んでも教えない。」


「…そうですか。」


「自由に記憶を消せる魔法は世間に公表しようがしまいが君らの勝手だが、この魔法はそれこそ皆が欲しがる魔法。上手く操らなければ大量の血が流れる。それを分かっておくことだ。…そして君も今日の事で勘づいているだろうが私達は秘匿の魔法をたくさん持っている。しかし、それを周りの国に広めて、協力して我が国と敵対しても私達はその秘匿を使い沈めるのみ。」


絶対的な王者というような声で陛下は言った。

考えていた事を全てあてられる。やはり、お父様もこの方には敵わない。


だから私はより強い魔法が使えたのかもしれない。私が与えられた魔法の才能などそれだけでどれ程カシュクランが助かるか。

記憶を消せる魔法など、どれ程帝国が優れた国になるか。


それこそ普通私が一時的に廃人になったくらいでは得られない代物。

陛下は上手くカシュクランへの借りを今、ここで返したのだ。


「まぁ、そんな事我が国と古き付き合いのカシュクランはするはずも無いが。」


そう言って陛下は立ち上がる。


「改めて謝ろう。本当にすまない。…すぐに私は彼女を治す。これもセナーランの秘術を使うから立ち会いは遠慮して貰いたい。」


「…はい。」


「…ありがとう。では。…行くぞウィルトス、ミシェル。」


「「…はい。」」


2人は陛下に続いて部屋を出た。


部屋を出る前、私とお父様に深く頭を下げていた。


そんなにしなくてもいいのに。

私は2人の親友をみてそう思った。



◇◇◇


暗闇の中で誰かの声が聞こえる。

これは…セナーラン国王陛下?


「君がこの記憶を思い出したなら、私達に何かあったと言う事だろう。申し訳ないが私は君を利用させて貰う。君の記憶は一旦消すが、なにかあったとイレークスが判断するならイレークスが君の目の前に現れた時、記憶を戻そう。…保険というのはできるだけあった方がいい。世の中どうなるか分からないのだから。」


そうしてプツンと記憶は切れた。

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