第十八話 冒険者はまだ遠い
「あ」
リーシャは門の出口で立ち止まった。
自分達が大変変な格好である事に気づいたのだ。
まず、ワリィンは貴族っぽい格好をしていてこんな格好で街中を歩いたら絶対なんか狙われるに違いない。
そして2人の頭上にふわふわと風船みたいに浮いている水の檻はいかにも変だ。
「これどうぞ」
リーシャはリュックから出した黒いローブをワリィンに渡す。
「そのドレスだと狙われ安いと思いますので。」
「ありがとうございます。」
ワリィンがフワッとローブを羽織る。
「〈セルテンド〉」
お馴染みの透明化魔法をリーシャが上に向けて撃つと水の檻が見えなくなった。
「これでOKです!行きましょう!」
2人はサンデル殿下が居ると思われる大きな道の先にある、大きな屋敷を目指して歩き出した。
◇ワリィン◇
私の人生は嘘と皮肉で出来ている。
私の人生は滑稽でまるで物語のような話である。
…昔、ある所に平和な国があった。
その国に戦争を仕掛けるなんて自殺行為で、国内でも誰も反乱などを考えはしなかった。
その頃…いや今も、君主制を無くし共和政にしようと訴えかけている人がそれなりにたくさん各国に居た。
しかしその平和な国には王政を辞めろ!なんて考える者は居なかった。
誰もその王室を超えられる自信が無かったし、その政治に不満も無かったからだ。
なのに我らが王の弟が!反乱を起こし国を火の海にした。
私の物語はそこから始まる。
たった2日の間に王室の血を引く者が殆ど殺された。
彼らの屋敷はもはや跡形もなく、ただ黒い灰と残骸だけがそこに何か建物があった事を示していた。
当時10歳だった私はかつて私の親友であった伯爵家の娘に会いに行った。
彼女の無事が知りたくて。
公爵である父の制止を押し切って馬車にも乗らず馬を走らせて数時間で着いた。
遅かった。
2人で遊んだあの屋敷は無くなっていて代わりにまだ熱い残骸が湯気を上げていた。
私はボーッとしてそっちに近ずく。
何か足に引っかかった気がして下を見ると、背丈的に子供の骨が屋敷から逃げるように倒れていた。
心臓がドクンっと鳴った。
何かとても恐ろしい予感がして、明るい青空が急に不気味な気がして急いで着いてきてくれた2人の従者を呼び集め、屋敷に飛んで帰った。
その炎は水では消えなかった。
いや、もしかすると炎ではなかったのかもしれない。
とにかく私の屋敷は、愛しいお父様とお母様とお兄様2人とまだとても幼い弟と、たくさんの従者達のいる屋敷はその炎のようなものに包まれていた。
従者は自分の家族の名前を叫びながら屋敷に入っていった。
私も無駄だと知りながら燃えている屋敷の中に入っていった。
一番出口から近かった弟の部屋に入る。
そこには男が一人居て弟の首に剣を当てて殺そうとしていた。
周りには死んだたくさんのメイド達。
何も考える事も出来ずにそばにあったリンゴを剥くためのナイフを手に取った。
…人間は普段、30%の力と10%の脳しか出せないという。
でも、普段じゃ無ければ何も考え無ければ、案外簡単に倍位の力は引き出せてしまう。
視界がクリアになった。
男の動きがゆっくりになってまるで自分が風になったかの様に感じた。
気がついたら男を刺し殺していた。
夢中で弟を抱き上げ秘密の非常出口に向かって走った。
もう普通の出口は瓦礫でふさがっていた。
途中で剣を持ったお父様にあった。
…皮膚は焼けただれ、身体中敵や自分の血で染まっていた。
逃げろ!!逃げて生き残れ!!
お父様は言った。
追ってくる追っ手をなぎ倒しながら私達を庇い非常出口に私達を押し込んだ。
その時、お父様は杖で茶髪青眼の私に強力な魔法をかけて私の髪を金髪にした。
それから私はお父様が苦痛の叫び声を上げるのを聞きながら通路を弟を抱いて走って、走って、走って。
…でもそこで男達に捕まった。
結論から言うと彼らは奴隷商人だったのだ!
無理に力を引き出した力おかげで身体中の筋肉が悲鳴を上げていた。
奴隷商人の言う通りにするしか無かった。
そして私はそのまま奴隷オークションに出される事になる。
弟と私は別々に買われた。
私を買ったカシュクランの男爵は既に妻は居なくて娘を虐待で殺してしまったらしい。
5歳のお披露目会で紹介してしまっているしもうすぐ10歳のお披露目会と言う時だったらしく、娘に似た子供を見つけて代わりに娘として出そうという事らしい。
なんとも馬鹿げた話だろう。
父は私と弟を自分の命を捨てて逃がしたのに
義父は私と同じ歳の子供を殺したのだ。
それから義父の暴力に耐え、何とか躱してずっと弟を探して一緒に暮らすのを夢見てチャンスを伺っていた。
リーシャ・ロンデンヴェルには感謝しても感謝しきれない。
きっと私は弟を探してこの地獄から逃げてみせる…!
◇◇◇
街はとても賑やかだった。
たくさんの屋台があって小物や食べ物が売っていたり八百屋のおじさんが安いよ安いよと通行人に叫ぶ声が聞こえる。
そこへ2人の耳にサンデル殿下について話しているおばさん達の声が聞こえた。
サンデル殿下が領主になってすぐ税を下げてくれて助かっているとかサンデル殿下が街に作った7歳から少しのお金で通える初学校にうちの子も行けるようになっただとか黄色い声で話している。
それを聞いてワリィンが言った。
「サンデル殿下は民の事をよく思ってくれている誠実で優しい方なのですね。」
するとリーシャは苦笑いしながら言う。
「あー…まぁ民の事を思っているって言う点は間違って無いとはおもいますが殿下は腹黒でずる賢い方ですよ?」
「はらぐろ…?」
「例えばですね…これは殿下自身に聞いた話なのですが実際、税は下がってないんです。」
「じゃあなぜあのおば様たちは?」
「サンデル殿下が領主になる前、リルガン殿下が領主になったじゃないですか。リルガン殿下はサンデル殿下よりもよっぽど多く税を上げてたんです。だから亡くなった領主様の政治よりも今はかなり上がっているんですよ。」
「そうなんですか…!」
「腹黒いって言ったのはその税の下げ方が腹黒いんです。
リルガン殿下は普通に税を何%にしたよ!って告知したんです。
でもサンデル殿下は税を何分の何も下げたよ!って告知しました。実際は三分の二でした。
実際上げ下げした数はリルガン殿下の方が大きいんですが2人の告知をパッと見てどっちの方が大きいか分かりずらくありませんか?」
「確かにそうですね。分数と数値をポンっと出されたら計算すると言う手間がかかります。」
「そうなんです!簡単な計算ですが平民には学校にいって居ない人が殆どですしパッと見た時にどっちが多いか分かりません。すると自然と領主になってすぐに謝罪しながら税を下げてきて、しかも三分の二も下げた!っと言われるとサンデル殿下の方が多いかな〜と言う認識になります。
その後すぐに学校等を建てて印象を良くしたそうです。
そしてそれはサンデル殿下=優しく民を思ってくれる誠実な人と言う風になっていきます。
そう思う事さえさせてしまえば後は簡単だそうです。人間結局思い込みが物事を支配してしまうので後で計算して違ったと分かってもきっと何か理由があったんだろうとか思って反発が起こりにくいらしいです。
つまりサンデル殿下はリルガン殿下のミスを理由したんですね。」
「裏があったんですね…」
「えぇ。しかもサンデル殿下が建てた学校は主にこの辺りで盛んな農業関連と今から開拓していく為の建築関係をたくさん勉強する学校です。学校を作る事でこの街とこの領地の開拓を楽にしたという事ですね。まぁでも領地は発展して帝国にとっては嬉しいし、活気が出てきて民の平均収益も少しずつ上がっているし勉強もできるしでお互いwin-winの関係なのだーって殿下は言ってました。」
「殿下はまだ11なのに凄いですね…」
「逆に11でありながらそこら辺の大人の貴族は軽々超えてしまうから領主になれたんだと思います。リルガン殿下がなれたのは…まぁ何らかの特別な才能を持っている皇族の素質を引き出そうとでも思って領主にしたんでしょうね…実際すぐにサンデル殿下に変わった所を見ると準備していたみたいですしね…」
「貴族っていうのはある意味怖いんですね…」
「そうですねぇー…ん?なんかいい匂い…」
辺りにあの甘塩っぱい焼き鳥のタレみたいな美味しそうな匂いが漂ってきた。
リーシャは無意識にその匂いを追って歩き出す。
「リーシャさん!ちょっと待って下さい!」
◇◇◇
匂いの元は案の定焼き鳥であった。
屋台で焼かれている。
その焼き鳥と言ったら…!!
拳の半分程の脂の乗った鶏肉の塊が3つ串に刺されていて濃厚なタレがかかっている。
一言で言うと最高に美味そうだ。
「美味しい焼き鳥!300セルだよ!いらないかい!美味しい…」
屋台にいるお兄さんが声を張り上げて客を呼んでいる。
“セル”というのは帝国通貨の事だ。
他にも“テルマ”というのがあって1テルマ=1万セルだ。
硬貨の価値はこんな感じだ、
1セル=小鉄貨
5セル=小銅貨
10セル=中鉄貨
50セル=中銅貨
100セル=大鉄貨
500セル=大銅貨
1000セル=小銀貨
5000セル=中銀貨
1テルマ/1万セル=大銀貨
10テルマ/10万セル=金貨
100テルマ/100万セル=大金貨
10万テルマ/10億セル=ダイヤモンド硬貨
ダイヤモンド硬貨というのは凄く小さいダイヤモンドに最高の職人が最新の魔法を使って初代皇帝の肖像画を掘った丸い硬貨だ。
虫眼鏡でないと肖像画はよく見えないらしい。
まあ殆どの人が生涯お目にかかれない。
とにかく300セルで美味しそーな焼き鳥が買えるらしい。
リーシャは無意識に財布をパカッと開ける。
ーー大鉄貨1枚、中銅貨3枚、小鉄貨2枚。
つまり252セルである。
「ガビーン」
買えないじゃん!!
あーー最近初めてのお小遣い貰ってはしゃいでそんなにいらないお菓子を買ってしまったのが悪かったかァァァ…
「…あれ?ワリィンさんは?」
辺りを見回すがワリィンさんは居ない。
「ッ?!」
もしかして攫われたんじゃ?!
そう思った矢先どこからかワリィンさんの声が聞こえた。
「リーシャさん」
ワリィンさんが屋台の方から歩いてくる。
「ワリィンさん!!どこに…ってほわわぁぁぁ」
変な声が出た。
なんでってワリィンさんの両手に焼き鳥が2本あったからだ。
「どうぞ。」
ワリィンさんか焼き鳥を1本リーシャに差し出した。
「い、いいんですか?!」
リーシャは目をキラキラさせて言う。
「もちろんです。貴方様は私の恩人ですから。」
「あ、あ、ありがとうございますっ!!」
よっぽど嬉しかったのかリーシャは受け取った焼き鳥をすぐに頬張った。
「いただきま…うまぁ」
噛んだ瞬間口の中いっぱいに広がる甘くて濃厚なソース!脂が乗って皮がカリッとした鶏肉!柔らかくてでも丁度よく歯応えがあってあぁ…幸せ…!!
リーシャはワリィンさんがまだ一口も食べる前に全部食べ終わってしまった。
「はぁぁー美味しかったぁー」
さぁ日が暮れる前にさっさと屋敷に行こう!
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