第十二話 サンデル殿下


「久しぶり!シェリー姉ちゃん!兄上!また父上に怒られたんだって?兄上は面倒くさがり屋だからなー」


「せっかく皇子という立場に産まれたならそれを満喫するべきだと思わないか?

…サンデル」


帝都を出発してゲンデム村に戻ってきてから1ヶ月。


リルガンの変わりの代理領主としてサンデルがやって来た。


村長の家の中にいるのはサンデルとその部下達、シェリアンとリルガン。

そしてさっきから帝国の中心部達が自分の家に集まってる事で部屋のすみっこで縮こまっている村長だ。


「だからって税増やして領民追い出しちゃダメでしょー!」


「俺はそういうの向いてないんだよ!税だって少ないと思ったから増やしたんだよ!」


「兄上確かに向いてなさそうだよねー」


無邪気な顔でニコッと笑うサンデル。


「でもいいじゃん。僕が1つも出来なかった魔法の才能があるんでしょ?シェリー姉ちゃんに聞いたよ。」


シェリアンによると魔法は使いやすさとか個人差があるらしい。


不意に扉を叩くトントンという音がした。


「失礼します」


ガチャっと言う音と共にぴょこっと出てきたのはリーシャ。


「サンデル殿下。お初にお目にかかります。リーシャ・フォン・ロンデンヴェルと申します。」


スカートをつまんで頭を下げるリーシャ。


「わぁー!君がシェリー姉ちゃんのお嬢様?僕はサンデルって言うんだよ!」


そう言って駆け寄ってくるとリーシャの耳元でコソッと何か言った。


「あとで兄上にイタズラするんだけど一緒にやらない?」

「ぜひ!」


即答するリーシャ。


「ちょ!何話してるんだ!サンデルの内緒話は絶対ろくな事じゃない!」


「秘密よ。ルーン!」


二ヒヒと笑うリーシャ。


ルーン…リルガンの性格はだいぶ良くなった。

毎日毎日こき使われて魔法の才能が凄くあると分かってからは訓練、訓練、訓練。

ここ1ヶ月そんな日々を送ってきたからだろう。


今ではリーシャとルーンは一緒に勉強したりするほど仲が良くなっていた。


「あーもう!」


「リーシャ。終わったの?」


シェリアンがリーシャにたずねる。


「うん!森にいたビックベアーの群れ倒しといたよ!今日は熊肉パーティーです!」


「あれしっかり下処理したら絶品になるのよねー…村の皆にも振舞おうかしら?」


「いいねいいね大賛成!」


「何それ!僕も食べていい…?」


サンデルがキラキラした目でこっちを見てきた。


「全然いいですけど…逆にいいんですか?絶品と言っても皇子様の口に合うかどうか…」


「やったぁ!てゆうか皇子様の口にって兄上も“皇子様”だよ?」


「あそっか。ルーンも皇子かぁ」


ニヤッと笑ってルーンを見るリーシャ。


「いいよいいよいいですよ。どうせ俺は皇子じゃありませんよ」


アハハと笑い声が部屋の中に響く。


サンデルの部下数人と村長は石のように固まっていた。




◇◇◇





わあわあと大きな熊鍋を囲んで村中どんちゃん騒ぎをしているのを、リーシャはぼーっと見ていた。


リーシャの手には杖がある。


「なにしてるの?」


村人っぽい服を着て、完全に村人達に紛れ混んでいたサンデル殿下がリーシャを見つけてこっちにやってきた。


「これはサンデル様。これは…見張りです。」


「見張り?」


「えぇ。ここ周辺に散らばってる“帝国の影”からの定期連絡があと5分程で始まるので待機中です。サンデル様もいらっしゃいますしルーンは一応皇子だし盗賊は怖いですからね。」


「盗賊…ドンデの事を知った時はびっくりしたよ。」


「皇帝陛下からのお手紙にはサンデル様に秘密がバレたとだけ書いてありましたが、どうやって…?」


「色々ね。運が良かったんだよ。偶然色々見つけて兄上が居ない事もあって父上に不審な点を挙げて他の人に言うって脅したらあっさり答えてくれたよ」


ドヤァっと笑うサンデル。


「凄いですね」


「あははーたまたまだよ」


「あっもう少しで定…」


ジリリリリリリリリリ


いきなりリーシャのポケットから何かがけたたましい音をたてて鳴りだした。


ビリリリリリリリリリ


それと同時ににシェリアンのポケットからも同じような音が鳴り出す。


酔っ払ったおじさん達が何事かとキョロキョロと辺りを見ている。


「リーシャ!」


ルーンが鍋の方から走ってきた。


「〈スベート〉!」


杖で足に魔法をかける。

身体能力を上げる魔法だ。


「うちへ向かうよ!」


リーシャは叫びながらルーンの腕をがしっと掴む。


「サンデル様!申し訳ございません!」


そう言いながらサンデルの腕も掴んだ。


すぐに地面を蹴り、走り出す。


「ぇぇえええええ!!」


サンデルがあまりの速さに叫び目をつぶった。


普通なら10分程かかるリーシャの住む家まで走って3秒でつくとトンっと飛び上がって2階にある1番大きな窓から家の中に入った。


ルーンとサンデルははぁはぁと息をついている。


「〈フニィータス〉」


リーシャは解除魔法を足にかけてまだジリリリとなっている物をポケットから出した。


それは小さな木のサイコロ。


リーシャがそのサイコロを持って床に投げるとパリンとガラスの割れたような音がしてサイコロが真っ二つに割れた。


見ると木のサイコロの中に小さな青い宝石が入っている。


すぐに何か聞こえてくる。


「ジ…ジジ…緊急…連絡…ジ…緊急連絡…リモン村…盗賊発生…盗賊発生…目標と思われる…増援を要請…座標…216.586 68 168.357至急増援を要請…繰り返す…緊急…」


音声は続く。

とにかく家まで戻って良かった。

関係の無い誰かに知られたら大変だ。


この小さな青い石はレシーブサファイアと言ってとても希少な宝石だ。


この宝石を鉱山から発掘してこれまた希少ななセントルビーと一緒に魔法をかけると一緒に魔法をかけたルビーが割られるとその後の一定時間周りの音声を記録する。すると遠くの所にあるサファイアが震えだし、震えたサファイアを割るとその音声が聞けるという物である。


このサイコロはサファイアが震えると音を出すような仕組みになっている。


この特別なサファイアとルビーを使った魔法は昔から使われる魔法で。唯一使う時に体力を消費しない魔法だ。

現在の通信魔法は音質もいいし便利だが時間がかかり、何より燃費が悪い。


今のような緊急連絡は現在でも宝石が使われる。


「盗賊だって?」


そばで聞いていたルーンが言う。


「らしいね。多分お母さんはもう増援に行ってる。」


「…そういう事か。目標と思われるってドンデの事か。」


サンデルが頷きながら言った。


「そうです。いくらお母さんでも実力のある騎士団数百に、しかも捕まえようとしたら自害する人達相手に生きて捕まえるのは骨が折れると思います。なので増援に行きます。どうせ燃費の悪い転移魔法を使わないですぐにリモン村に行けるのは私だけですし。ルーンはこの村に居る騎士たちを集めてこの村の周りを監視するように指示をして。何かあったらこのルビーで教えて。」


「OK。気を付けろよ。」


「〈スベート〉じゃ行ってきます!」


リーシャは全身に身体能力向上魔法をかけて外に出た。


一瞬、立ち止まって夜空を見る。




もし。私がセナーランの貴族なら。

本当に帝国東部にイレークスがあるのなら。


「祖国のために。」



リーシャはリモン村へと走り去っていった。

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