62 カイル視点:君の隣に 後編

 一旦ルーシーと別れ、校門前で再集合後――――僕らは空の上にいた。

 僕とルーシーは、あのアニメ映画の小さな配達魔女さんのように、箒に乗って飛んでいた。


 足下に広がっているのはレンガの街。

 時折道を歩く人が見上げて物珍しそうにこちらを見てくる。

 しかし、僕らはそんな人の目を気にすることなく、自由に空を飛んでいく。


 「気持ちいいわね」


 僕の後ろに座っているルーシー。彼女は楽しそうに呟いていた。

 現在乗っているこの箒は12歳の誕生日にプレゼントとして会長からもらったもの。

 

 学園に入学する際、実家から学園に持ってきてはいた。

 しかし、使う機会がなく、最近は実家の部屋に返そうかなと考えていた。

 だから、本当にタイミングがよかったと思う。

 ルーシーも空のお散歩を楽しんでいるよう。ヒントをくれた会長には感謝だ。


 「ルーシー、どう? 空中散歩は楽しい?」

 「楽しいわ。普段なら下の街を歩いているのに、空を飛んでいるだなんて……私にはできないと思ってから。だから、誘ってくれてありがとう、カイル」


 ちらりと後ろを見る。ルーシーは、それは最高の笑みを浮かべていた。


 「こちらこそ、ありがとう」


 ルーシーが楽しんでくれて、僕は幸せ。

 本当なら、今すぐにでもルーシーをぎゅっとハグしてあげたいところ。

 が、箒で飛ぶには箒に一定の魔力を注ぎ込む必要があるので、今はそれに集中。

 

 ちなみにだが、保持魔力が少ないルーシーは箒に乗れない。

 魔力の少ないルーシーはすぐに魔力切れを起こし、飛んでも1分間だけ。


 そんなルーシーだが、一度だけ1人で箒に乗ったことがある。しかし、飛んでいる最中に魔力枯渇が起き、空中で落下。

 その時は、僕と一緒に近くで見守っていたキーランが風魔法で対応してくれたため、ルーシーは大事には至らなかった。


 だが、あの時そのまま落ちていたら、ルーシーは最悪死んでいたかもしれなかった。

 そんな事件があったため、ルーシーは母親から箒の使用を禁止されている。

 ルーシーも禁止されている理由を理解しており、何も文句は言わない。

 しかし、彼女は箒で飛ぶ人たちを、うらやましそうに見ることがあった。


 きっとルーシーも自由に飛んでみたいんだと思う。


 「綺麗ね。この世界、本当に綺麗」


 そう何度も呟くルーシー。朝会った時よりかは穏やかな表情を浮かべていた。


 「そうだね。本当に綺麗だよ」


 やっぱり、僕は笑っているルーシーが好き。

 だから、もっと楽しいことを紹介したいところだけど。


 『お腹はそんなに空いてないの』


 と話していたので、ご飯を食べることはせず、そのまま街から離れた。


 そして、今のルーシーは疲れてると考えた僕は、街のはずれの山の上で着地。

 そこに広がっていたのは草原。

 風が吹き、その草をさっーと揺れる。


 「ここからも街が一望できたのね。私、初めてここに来たわ」


 その場所では王都の街が一望できた。

 先ほど上を通った街が広がっている。


 「こうしてみると、王都は広いね……あれは学園かな? ルーシー、見える、あの建物」

 「見るわ。たぶん学園だと思う。学園も広いのに、ここではあんなに小さく見えるのね」


 そう言って、隣のルーシーは目を凝らして、街をじっくりと眺める。


 最初は、街で買い物をするのもいいかなと思っていた。

 でも、朝の様子から察するに、ルーシーは疲れていた。十分な睡眠はとれていないよう。


 だから、ここで日向ぼっこして、眠るのもいいのかなと思ったんだけど……。

 周囲を見渡すと近くに一本の木があるを見つけた。僕は木の下に移動すると、ごろりと寝転がる。 


 「え、ちょっとカイル何してるの?」

 「何って、ちょっと寝ようかって?」

 「こんなところで?」

 「うん、こんなところで。ルーシーも寝てみない? 気持ちいいと思うよ」

 「うーん……」

 「僕以外にはいないし、何も気にしなくていいんじゃない?」


 僕がそう言うと、ルーシーは「そうね」とにこりと笑う。

 そして、僕の隣に寝転んだ。

 葉と葉の間からこぼれる光。

 そのこぼれ日がルーシーの銀髪をキラキラと照らす。


 「この木、かなり立派だね」

 「そうね。こんなに大きい木はあまり見ないわ」

 「ラザフォード家にあった木は結構大きかったんじゃない?」

 「確かにあの木は大きいけど、この木ほどじゃないわ」


 はて、この木は樹齢はいくつだろう? 1500年ぐらいかな。

 ラザフォード家にあった大木は約1000年ぐらいだって言ってたし。

 

 「…………それにしても、うらやましい」

 「うらやましい?」

 「この木」

 「木が?」

 「ええ。この木、ずっとこんな景色が毎日見れるじゃない。高い場所にあるから、人も来なさそうだし、静かに暮らせてうらやましいなぁと思って」


 僕はいろんなところに行ってみたいな。

 と思ったけど、関係ないか。

 ルーシーがいる場所なら、どこにいたっていいや。


 「じゃあ、ここで暮らす? 僕と一緒に暮らす?」

 「……なんか昔にそんなことを言われたような気がする。カイルに一緒に暮らさないかって」

 

 まぁ、実際に言ったからなぁ。

 僕は赤い髪のルーシーに会った時、一緒に駆け落ちしようと彼女に言った。

 でも、ルーシーはあの時のこと覚えていない。全く覚えていない。


 きっと「好きだ」って言ったことも、「愛してる」って言ったことも、忘れてるんだろうね。

 まぁ、忘れたのなら、もう一度言えばいいだけの話。


 何も問題はない。


 そうして、木の下で2人並んで寝転がって、お菓子の話や授業の話をしているうちに、ルーシーはすやすやと眠り始めた。

 案の定、大分疲れていたみたいだ。

 おやすみ、ルーシー。

 

 話し相手がいなくなった僕は、ルーシーの銀髪をくるくると指に巻く。

 前世ではあまり感じなかったけど、こうして実際に見ると彼女の髪って本当に綺麗。


 僕もこの世界にしては綺麗な髪だけど、彼女ほどじゃない。

 きっとルーシーは念入りに手入れしているんだと思う。


 「絹の糸みたいだな」


 そうして、ルーシーの髪に夢中になっていると。


 「……そこの君」


 と、声を掛けられた。

 びっくりして体を起こし、周囲をみる。

 すると、近くに1人のおじいさんがいた。


 「ぼ、僕ですか?」

 「そうじゃよ。君じゃよ。ここで何をしていたのかね?」

 「えっと、お昼寝……してました」


 おじいさんはすやすやと眠っているルーシーを見て、「なるほど」と呟く。

 

 「おじいさん、僕らに何か御用ですか?」

 「用? 用なんてないよ……ただ、私の庭で誰かが寝ていたもんでね。ちょっと気になって声を掛けてみただけさ」

 「あ……すみません」


 ここ、おじいさんの敷地だったのか。


 「いいさ。こんなとこには誰も来ないから、好きに使ってくれ。こちらこそ、デートのお邪魔をして悪かったね」

 「いえ、彼女寝ているので今はデートの休憩中? なので大丈夫です」

 「そうかい…………ところで、君はアッシュバーナムの子かい?」

 「あ、はい」


 まだ名乗っていなけど、僕のことを知っている?

 もしかして、僕のおじいちゃんと知りあいの人?


 「あの失礼しました」


 お偉いさんだったらいけないので、僕は立ち上がり頭を下げる。

 しかし、おじいさんは「そうかしこまりなさんな。わしはそれほどお偉いさんじゃないよ」と言ってきた。


 「あの……あなたの名前は?」

 「名乗るほどでもないただの老人さ。好きによんでくれ」


 と、頑なに名前を言ってはくれなかった。

 すると、おじいさんはルーシーの方に目を向ける。


 「その子は君の恋人かい?」

 「い、いえ、違います」


 僕が否定すると、なぜかおじいさんにほっほっほっと笑われた。

 恋人じゃないけど、好きな人。

 ただ、僕が一方的に好きなだけ。

 でも、いつか僕は彼女の恋人になりたいよ。もちろん。


 すると、おじいさんはまじまじとルーシーの顔を見る。


 「もしや、その子はラザフォード家の子かな?」

 「はい、そうですが……なぜ分かったんですか?」

 「うーん。かつての月の聖女に似ておったからのぉ」

 「月の聖女に?」

 「そうじゃ。そっくりじゃよ」


 そういや、リリーが黒月の魔女もそう言ってたって話してたなぁ。


 「よかったらで構わないが、その子の名前を教えてもらえないかい?」

 「ルーシー・ラザフォードさんです」

 「ほう、ルーシーというのか。月の聖女らしい名前じゃの」

 「……あのおじいさんは昔の月の聖女様をご存知で?」

 「知っているとも。とても綺麗な人じゃったよ」

 「2百年前に現れた月の聖女のことをですか?」

 「うむ。そうじゃよ」


 …………へぇ、知っているのか。

 前回月の聖女が現れたのは、かなり前。はっきりした年数は言われていないけど、うわさでは2百年前が最後に月の聖女が公の場に現れたと言われている。 


 つまり、それ以降ずっと現れていない。少なくとも公の場では。

 その聖女様を知っているって…………え?


 このおじいさん、一体何歳なんだ?


 「その人は……もういないがのぅ」

 「そうですか」


 まぁ、数百年前に現れたっていうのだから、死んでもおかしくない。

 おじいさんが生きている方がおかしいくらいだ。


 強力な魔法使いなら、数百年も長生きしている人もいる。

 もしかして、このおじいさん、かなり強い魔法使いなんじゃあ……。


 「おじいさん、失礼も承知ですが今おいくつですか?」

 「何歳かのぅ……生きすぎて自分の歳なんて忘れたぞ、はっはっはっ」


 うーん。

 やっぱりご隠居されている大魔法使いの方かな。

 そうして、軽い世間話をした後、おじいさんは。


 『わしはあの家にいるから、何かあったら遠慮なく呼んでおくれ』


 と言って、近くにあった小さな家へと戻っていった。

 おじいさんと会ってから、数時間後。

 ようやくお姫様がお目覚めになった。


 「おはよう、ルーシー」

 「おはよう……ってもう夕方なのね」


 空はオレンジになり、日はもうすぐに沈む。


 「ごめん、寝すぎたわ」

 「気にしないで。楽しい時間だったから」


 ルーシーの寝顔を独り占めできたからね。


 「……楽しかった? はぁ、カイルがそう思ってくれたのなら、いいのだけど……でも、もう帰らないとね。ハイパティア様にもお菓子を届けないといけないし」

 

 そう言って、ルーシーは立ち上がる。

 しかし、僕は立ち上がらない。

 ルーシーの手を掴む。彼女は驚いたのか、僕の方を見た。

 

 「え? カイル?」

 「ねぇ、ルーシー」

 「なに?」

 「最近のルーシーさ、元気なかったけど、何か悩んでるの?」

 「……」

 「この前のライアン王子との言い合いで悩んでいたの?」

 「……違うわ」


 ルーシーは遠い場所を見つめる。反対側の山の方を見つめる。


 「色々考えてたの。将来どうなるんだろうって」

 「将来?」

 「ええ。今はほら、あなたやキーラン、リリー、エドガー様がいて。他にもゾーイ先輩や……アースと私の周りには多くの人がいる。でも、それが永遠に続くわけじゃない。多少なりとも関係が変わっていく」

 「まぁ、そうかもしれないね」

 「でしょう? だから、そうやってね、将来を想像していくうちに、もしかしたら私は1人になっちゃうんじゃないかって思っちゃったのよ」


 思わず、僕はふふふと笑ってしまう。

 そんな僕の反応に、ルーシーは首をかしげていた。


 「何を笑ってるのよ。冗談で言ったんじゃないのに……」

 「分かってるよ」

 「ならなんで、笑ったの」

 「なぜって、それは……君は1人にはならないからだよ」

 「……なんでそんなことが言えるの? 何を根拠にそう言えるの?」


 「僕が君を1人にさせないから。ずっと僕がいる」


 僕はゲームのカイルとは全く違う。

 ゲームでのカイルは君と仲良くするなんてことはない。

 けど、今のカイルは、僕は、君のことが好き。


 君を1人にさせるなんてことは絶対にしない。


 「……ずっと?」

 「うん、ずっと」

 「ずっといてくれるの?」

 「そうだよ」

 「ずっと友人でいてくれるの?」


 僕は横に首を振る。

 

 「それは……無理かな」

 「いるっていったじゃない。うそつき」

 「うそじゃないよ。ずっと友人・・でいるのは無理かなってこと」


 ずっと友人関係のままは嫌。

 いつか恋人同士になりたい。ルーシーの一番になりたい。


 しかし、ルーシーは意味が分からないのか、困惑顔を浮かべていた。


 「そういえばさ。君と初めて会った時にさ、僕、君に婚約を申し込んだよね」

 「そんなこともあったわね」


 そう。

 かなり前の話。僕らがまだ小さかった頃の話。

 

 「その時の気持ちはずっと変わってないんだ」


 その頃からずっと好き。というか、前世の頃から好きなんだけどさ。

 本当に君を幸せにしたいと、出会った時からそう思ってた。


 僕は立ち上がり、ルーシーの真っすぐにみる。

 彼女の紫の瞳も僕を真っすぐに見つめ返す。


 「変わっていない……」


 そう。今の君はまだライアンの婚約者。

 僕が今婚約を申し込んでも、意味はない。


 ステラさんとライアンの仲はいい。今後、もしかしたら、ゲームのようにライアンとルーシーとの婚約は破棄されるのかもしれない。

 その時、きっと君は大きく傷つくと思う。


 だけど、ゲームとは違う。

 今の君には僕がいる。

 君のことが好きな僕がいる。


 「だから、何があってもさ、僕はずっと君の味方だから」

 「ほんと?」

 「ほんとだよ。信じて」


 君がライアン王子との婚約がなくなった時、僕はもう一度婚約を申し込むよ。


 「分かった。カイルを信じてみる」


 ルーシーはこちらに手を伸ばす。僕は彼女の手を取って、立ち上がる。

 その瞬間、さっーと僕の間に風が吹く。

 夕日の光が僕らをそっと照らす。

 風が草木を揺らす音だけが聞こえていたが、ぐっーという音が響いた。

 すると、ルーシーの頬は少し赤く染まる。


 「寝すぎたから、お腹が空いたみたい」


 彼女は照れながらも、笑っていた。つられて、僕も笑ってしまう。


 「僕もお腹がすいちゃった……夕方だけど、これから街で食べにいく? それとも学園で食べる?」

 「たまには学園外のご飯も食べてみたい」

 「じゃあ、決まりだね」


 近くに置いていた箒をとる。そして、その箒の前に僕が、後ろにルーシーが乗る。

 彼女は乗るなり、僕の背中に寄りかかってきていた。

 背中からルーシーの体温を感じる。


 「今日はありがとう、カイル」

 「こちらこそ、ありがとう」

 

 ちらりと後ろを見る。

 今のルーシーは朝よりも穏やかな表情になっていた。


 ステラがライアンと仲がいい現在、今後ルーシーがどうなるのか分からない。

 もしかしたら、婚約破棄されるのかもしれない。

 その時はきっと君はショックを受けるんだと思う。


 正直、ライアンと一緒にいるほうが君を辛くさせるから、彼のことなんて気にするんじゃないと言いたいところだけど。

 彼女が彼を好きなのは分かってる。


 だけどね、ルーシー。きっと大丈夫だよ。


 王子に婚約破棄されたって長い人生の中では一瞬のこと。

 僕なら、そんなことをすぐに忘れさせるぐらい君を楽しませてみせるから。幸せにしてみせるから。


 だから、大丈夫。

 何があっても、僕は君の近くにいるから。離れるなんてことはしないから。


 ずっと君の隣にいるから。

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