63 逆風

 日が沈み、暗闇に満ちた生徒会室。

 その一角には1つの明かりがともされていた。

 そして、その明かりを挟むように、2人の人間がソファに座っている。


 1人は真剣な表情を、もう1人は微笑みを浮かべていた。


 「おたく、何を企んでるんや?」


 いつになく真剣な顔のハイパティア。彼女は手を組み、尋ねた。

 しかし、相手は肩をすくめる。


 「何って?」

 「いや、分かるやろ」


 ハイパティアは呆れて、はぁとため息。

 彼女はいつもは自分のペースで話すのだが、この相手にはそうもいかない。

 珍しく相手に合わせていた。

 

 「すまん、こっちが悪かった。率直に聞くで」

 「いいよー」


 ハイパティアは鋭い目付きで相手を見る。

 だからといって、相手が動じることはない。


 「おたくさ、うちの妹に何をしようとしてるんや?」


 ここ最近、ハイパティアは多くの疑問を抱いていた。

 相手はなぜルーシーを誘拐しようとしていたのか。

 相手はなぜあんなにもルーシーに構うのか。

 相手はなぜ自分が動かずを使っているのか。


 ルーシーの誘拐についてはエドガーから聞いてはいた。が、相手の回答がかなりアバウトなものであったため、未だに疑問を抱いていた。

 また、学園の様子を聞いていると、彼がルーシーとよく話をしているというのも知ったハイパティア。


 普段の彼なら、人とあまり接触しようとしない。

 そのことを知っていた彼女は、あんなに頻繁にルーシーに話しかけるということに違和感を抱いていた。

 

 すると、ハイパティアの質問に、相手は首を傾げる。


 「妹って誰?」

 「ルーシーのことや」

 「ルーシーって君の妹だったのー? 初耳ぃー」

 「実際の妹ではあらへんで。でも、ルーシーは妹同然や」

 「そうなのー」


 相手はなかなか質問に答えてくれない。


 「ほんで、うちの質問に対する回答は?」

 「何にもー?」

 「何にも? うちに嘘はつかんほうがええで」


 ハイパティアがそういうと、笑顔だった相手もキリっと真剣な表情に変った。


 「嘘はついてないよー。君に嘘をついても、どうせどこかでバレるしねー」

 「良く分かっちょるやんか」

 「だから、はっきり言っておくよ。は何も企んでなんかいない。彼らに命令されたことしかしない。僕は操り人形だからね」

 「……どこか操り人形や。散々自由にしているくせに」

 

 相手はアハハと笑う。

 こいつは本当につかめない。

 ハイパティアは珍しくそう感じていた。


 相手に尋問するのを諦めた彼女は、はぁとため息。

 

 「もうええわ、あんたへの質問はお終いにするで。ほら、お菓子でも食べえや」


 そう言って、ハイパティアはバケットを、相手の前に出す。

 そのバケットの中に入っているのは、カラフルなマカロン。

 

 「これはどうもありがとー」

 

 上機嫌に戻った相手はマカロンの1つを取り、ぱくりと食べる。

 相手は美味しいかったのかうなりの声が漏れていた。 


 「これ、美味しいね。どこで買ってきたのー?」

 「『ルクシエール』という店らしい」

 「らしい……君が買ってきたんじゃないんだね」

 「せや、かわいい後輩に買わせにいかせたんや。『明日、お偉いさんが来るから』ってな」

 「あらー。わざわざ僕のためにありがとー」


 こちらを気にすることなく、マカロンをどんどん食べていく相手。

 そんな様子に、ハイパティアは呆れて笑っていた。


 「ねぇ。会長」

 「なんや?」

 「僕、これ気に入ったから、何個か持って帰ってもいいー?」

 「…………ええで。私、1人じゃ食われへんからな」

 「ありがとー」


 相手は大量のマカロンが入ったバケットをそのまま持って、生徒会室を去っていた。




 ★★★★★★★★




 カイルとのデート後。

 私、ルーシー・ラザフォードはよく眠れるようになっていた。


 落書き事件があってから、ちゃんと眠りにつくことができずにいた。

 お布団の中に入っても目を閉じてもなかなか眠れない、眠ろうと意識すればするほど寝れない――――そんな地獄に落ちていた。

 最近では特に疲れは取れず、寝れないことのへのストレスも感じていた。


 だけど、カイルとのデート(?)の後は違った。

 布団に入ると、すやっとの〇太くん並みの速さで寝れるようになった。

 今まで眠れなかったのが不思議なくらいに。

 

 だから、結果論ではあるけど、カイルに話してよかったと思う。 

 彼に話すまで、ずっと思考がぐるぐるしていた。

 

 試合でステラさんを傷つけてしまって。

 そのせいで、ライアンから婚約破棄されて、国外追放されて。

 最悪の場合、死んじゃうのじゃないかって。

 

 そんなことはないはずなのに、そうなるとは決まったわけじゃないのに、悪い方向へ考えていた。


 そんな思考状態だった私に、カイルはずっと一緒にいてくれると言ってくれた。

 ゲームと同じルートを辿らないとは断言できないから、全部の不安が消えたわけじゃない。

 でも、彼が私と一緒にいてくれると思うと、不安が和らいだ。


 私は1人じゃないと。

 私はゲームのルーシーとは状況が異なると。

 

 そう冷静に考えられるようになっていった。

 そして、眠れるようになって、疲れも取れて、頭がちゃんと回り始めてから、考えたことがある。


 それはライアンとの婚約について。


 てっきりゲーム通りになって、婚約破棄されて、国外追放。

 ってことを考えていたわけだけど。

 

 『別に、ライアンから婚約破棄されるのを待たなくてもよくなーい?』


 というギャル口調な結論が出た。

 そして、その考えが出てからは即座に実行に移す。


 結論を出した翌日、私はライアンを呼び出した。

 放課後、人通りの少ない庭で待っていると、彼が1人姿を現す。


 「それで、大事に話ってなに?」

 「はい。単刀直入にお尋ねします。殿下、思いの人はいらっしゃいますか」


 そう聞くと、ライアンの顔はむっとした。

 いるよね。それはもちろんステラよね。

 私は彼の返事を待つことなく、提案する。


 「私との婚約を破棄していただけないでしょうか」


 数年前にも、これを彼に提案した。

 が、あの時は却下された。

 でも、今は状況が違う。


 彼には好きな人がいて、私より虫よけの役割を果たす人がいる。

 だから、今の彼ならこの提案に乗ってくれるはず。

 

 「は? 今、君……は?」


 しかし、ライアンは予想とは違う反応を示していた。

 …………え? 困惑している?


 「……今、君なんて言ったの?」

 「私たちの婚約を破棄してほしいといいました」

 「…………」


 すると、ライアンは頭を抱えて、そして、笑い始めた。

 まるで私がおかしなことを言ったかのように、笑っている。


 「アハハ、ルーシー。それってさ、何かの冗談だよね?」

 「……いえ、冗談ではありません」


 そう答えると、黙るライアン。

 私たちの間に静寂が広がる。

 近くの草木の揺れる音や、遠くの生徒の声が聞こえてきた。


 しかし、ライアンは何も言わない。一分経っても、5分経っても何も言わなかった。


 これは私の提案を理解してもらえていない? 

 難しいことは言っていないはずなんだけど……。


 あ、もしかして。

 私から婚約破棄の話を持ち出したのが悪かったかな。


 このままだと、ライアンは私に婚約破棄されたということになる。将来、王となる可能性がある者が、令嬢に振られたとなれば、世間の目は少々鋭いものになるのかもしれない。


 でも、そんなのはどうにでもなると思うのよね。

 世間には「ライアンから私に婚約破棄の話をした」と伝えればいいだけの話。

 今は世間の目なんて気にする必要はない。


 ただ、婚約破棄の提案にYESと答えてほしい。

 黙りっぱなしのライアンにしびれを切らし、私はもう一度提案する。


 「あの、殿下。どうか私との婚約を破棄していただけませんか。今の殿下には思いの人がいらっしゃるので、その方と婚約を結んだ方がいいと思うので――――」

 「それ以上言わないで」

 「え?」


 言わないと、伝わらないのだけど。

 あ、婚約を破棄してほしいという提案は理解してもらえたのかしら?

 ライアンは目をつぶって、こう言った。


 「僕は何も聞かなかった。君は何も言わなかった」

 「え?」


 いや、私は言ったよ?

 婚約を破棄してほしいと。


 しかし、ライアンは何事もなかったように去ろうとする。


 ――――ちょ、ちょ。ちょ、ちょっと。

 

 「殿下、お待ちください」

 「待たない。じゃあね、ルーシー」


 呼び止めたが、彼は足を止めることはなく。

 私は1人寂しく残された。


 どう見たって、今のライアンはステラに対して好意を持ってる。

 それはステラも一緒。

 なのに、なぜ彼は私との婚約を解消してくれない?


 今、婚約破棄をした方が、絶対みんなも幸せになれるのに。


 風が吹き、草木を、銀髪を揺らしてく。

 見上げると、雨が降りそうな雲。

 夏はもうすぐというのに、その庭では冷たい向かい風が吹いていた。

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