61 カイル視点:君の隣に 前編
ライアンたちと廊下で言い合ってから。
ルーシーはすっかり元気をなくしていた。
普段の彼女なら、授業中先生の話を真面目に聞いて、しっかりノートを取っている。
だが、落書き事件以降はどこか浮かない様子。ノートを開いていても、手に持ったペンはなかなか動かない。
そんなことが頻繁にあった。
しかも、それは授業の時間だけじゃなく。
ルーシーは授業以外でも時折どこか一点を見つめてぼっーとしたり、声を掛けてもすぐに反応してくれなかったり、忘れ事が多くなったり。
僕はそんなルーシーが気になっていた。心配だった。
ルーシー自身は自分の変化に気づいていないようだけど、僕と同じ彼女の周りにいる人間、キーランやリリー、エドガーも彼女のいつもとは違う様子に気づいていた。
でも、生徒会の仕事に追われていて、僕らはルーシーに何もできなかった。
たまに手作りのお菓子を上げたり、面白そうな本を紹介したりしたけど、それでもルーシーは元気になってくれなかった。
だからといって、ルーシーは僕らに悩みを打ち明けることはせず、尋ねても「別に、何にもないわ」と笑って誤魔化す。
…………うーん。
僕がルーシーが元気になれることをしてあげれたらいいだけど。
そして、何もできずに時が過ぎ、迎えた休日。
その日も僕は生徒会の書類仕事。
さっさと仕事を終わらせるため、寮から生徒会室の方へ向かっていた。
生徒会室に向かう途中、ちらほらと運動着に着替えた生徒たちが見える。きっと彼らは部活に向かうのだろう。そんな中に、私服の銀髪の少女が一人いた。
僕は足取りを早め、彼女に声を掛ける。
「おはよう、ルーシー」
「おはよう」
声を掛けると、ルーシーはさっと振り向く。
彼女の目元には少しだけくまがあった。
「……ルーシー、今日も図書館で勉強?」
「ええ。カイルこそ、生徒会の仕事でしょ?」
「うん、文化祭の準備でね。会長が今年の文化祭は盛大にしたいっておっしゃられていて」
「それでカイルたち、準備に追われているのね」
「そうなんだ。僕、今から生徒会室に行くけど、途中まで道が同じだから、一緒に行く?」
「ええ」
そうして、僕らは並んで歩いていく。
その間ルーシーと話をしていたが、僕は頭の片隅であることを考えていた。
それはルーシーのクマの理由。
本を読むのに夢中になって、それで夜遅くまで起きていてできてしまったのならいい。
だけど、悩んで眠れなかったせいでクマができたとなると、本当に心配だ。
予測するに、ルーシーの悩み事はきっとライアンと上手くいっていないこと。
入学前に、ルーシーはライアンに対して好意を持っていないとは答えてはいたけど、彼を少なからず意識しているのは分かる。
――――だってさ。
つい最近までルーシーはライアンから話しかけられる時があったんだけど、その時のルーシー、めちゃくちゃ嬉しそうにしていたんだよ?
他の人は気づいていなかったみたいだけどさ。
めっちゃ嫉妬したよ、ホントに。
でも、黒月の魔女事件以降はライアンの態度がガラリと変わった。それに対して、ルーシーもどこかさびしそうにしていた。
そして、最近ではルーシーはライアンに問い詰められ、悩んで眠れずにいる。
好きな人と仲良くなりたいのに、どうしようもできないことに、きっと悩んでいるだと思う。
うーん。クマ一つでここまで考えてしまったが、僕の考え過ぎだろうか?
でも、ルーシーは夜遅くまで起きていても、クマ一つつけることはなかったから……ちゃんと眠れていないのは間違いない。
「やーやー、そこのおふたりさん」
と考えていると、陽気な声で背後から声を掛けられた。
振り向くと、そこにいたのは眼鏡をかけた桃色のツインテール少女。僕らよりかなり身長が低い小さな少女。
「会長、おはようございます」
そう。彼女こそ、僕らのボス。
シエルノクターン学園の現生徒会長、ハイパティア様。
みんな大好き、ティア会長だ。
「おはようございます、ハイパティア様」
「おはー! ルーシーはこうして話すのは久しぶりやね!」
「そうですね。お久しぶりです、ハイパティア様」
丁寧に頭を下げるルーシー。
会長はそんな彼女にぽんと肩に手を置く。
「いややなぁ、ルーシー。『ハイパティア様』なんてやめてくれや」
「では、なんとお呼びすれば……?」
「そうやな……ここは学園なんやからフランクに会長とか、『お姉様』って呼んでくれへんか? あ、ティアでも全然おっけーやで!」
そう言って、OKサインをする会長。
一見チャラい人だけど、この人も結構高貴なご令嬢なんだよね。
会長は童顔かつツインテールのせいで幼くみえるが、これでも彼女は僕より年上で、格上の貴族様。
会長のフルネームはハイパティア・マリア・ホーキング。ホーキング家はラザフォード家に並ぶ公爵家で、会長はそこの娘さん。
また、彼女の母親は現国王の妹なので、ライアンやエドガーの従姉妹。つまり、王族の血を引いている公爵令嬢。
会長とは父親同士が仲がいいこともあり、小さい時からの知りあい。
最初は彼女が公爵令嬢であったことから、僕は会長のことをTHE・貴族って感じなんだろうなと考えていた。
しかし、実際会ってみると、THE・関西人。
しゃべる言葉は関西弁で、ノリも関西。
事前に、ホーキング家の人は『カンサイベーン』というなまりがあるとは聞いていたけど、まさかそれが本当にあの関西弁だとは思ってもいなかった。
だから、出会ったばかりの頃はかなり圧倒された。もう慣れたけど。
また、会長の口は非常に達者で、正直ルーシーとは真逆の令嬢。
上品さはたまに垣間見えるけど、それもたまに。
だが、明るくて大らかな性格もあって、彼女の人気は高い。
公爵家の人間ということもあるけど、貴族じゃない生徒からの人気もある。
まさに敵なし。
そういうこともあって、ハイパティア様は1年生から会長。
ちなみに、いつもは会長は眼鏡なんてかけていない。
きっと、あれは伊達眼鏡。
……全く、今日はなんで伊達眼鏡なんてしてんだか。たぶん、気分なんだろうけどさ。
すると、会長は顎に手を置き、僕らをまじまじと見つめ、言った。
「それにしても、二人とも元気がないみたいやな」
「そうですか?」
別に僕は元気がないわけじゃないけど、ルーシーに元気がないのは目で見てわかる。
「確かにルーシーは元気がなさそうですけど、別に僕は……」
「うーん。元気がないと、仕事なんかまともにできんよなぁ……ああ、ベストは尽くせへん。そうよな、カイル?」
「まぁ、そうですが……」
一体、この人は何が言いたいんだ?
すると、会長は小説の探偵ごとく、僕らの周りをくるくると歩き始める。
「ルーシーもこれから勉強をする予定なんよな」
「はい」
「やったら、勉強をするにも元気がないと、励めんわな」
「はぁ、困っなぁ……」と会長は分かりやすく溜息。
「そいやーな、カイル。明日、生徒会にちょっと大事な客がきはるんやわ」
「え、僕、そんなの聞いてませんよ」
初耳だ。
「やからな、そのお客用に菓子を買ってきてほしいんやわ」
僕の意見はスルーするティア会長。彼女は僕の手をぎゅっと握ってきた。
同時に、何かを渡してくる。
解放された手のひらを見ると、そこにあったのは札束。
「このお金でたっかーいお菓子を買ってきてもらえんやろか?」
「……え。いくら高いのと言ったってこんなにお金はいりませんよ」
僕がお金を返そうとするが、会長は受け取らない。
お使いするにしても、僕1人でこんな大金を持ち歩けない。危なすぎる。
すると、会長はぐっと顔を寄せてきて、僕の耳元で小声で話し始めた。
「ルーシーを元気にしちゃってや。あんたも知ってると思ってるけど、ルーシーはうちの妹同然。妹が元気なさそうにしてるのは辛いんやわ」
「確かに、ルーシーが元気ないのは僕も心配です」
「やろ?」
すると、会長は僕から離れる。そして、普通に話し始めた。
「……それに、カイル。あんたはこの前、エカテリナ姉さんとの婚約を断ったわな」
「な!」
この人、何を言い出してるの!
あのことはルーシーに知られたくなかったのに!
婚約のことを聞いたルーシーはこっちを見て、驚いていた。
「え? カイル、エカテリナ様と婚約を……?」
「ルーシー、僕は婚約なんてしてないから。誰とも婚約してないから。ただちょっと婚約話があがっていただけだよ…………ちょっと、会長。こっちにきてもらえます?」
ルーシーから離れたところに行くと、僕は小さな声で話し始める。
「会長、なんで知ってるんですか。そのことは極秘だったんですよ」
「そりゃあ、姉さんがうちに話さんわけないやろ。全部知ってるで」
確かに、会長のお姉さんエカテリナ・メリト・ホーキング様と僕の婚約話があがっていた。
もちろん、それは僕の意思によるものではなく、僕の父とエカテリナ様のお父様が食事中に舞い上がって勝手に決めたこと。
父から何度も提案されたが、僕は勉強で忙しいとか、生徒会の仕事があって忙しいとか言い訳を作ってひたすら断っていた。
でも、ある日。
父が一度会って、2人で婚約の話をしてくれないかと言われた。
いつもの僕なら、「嫌だ」と即答するところ。
だが、何度も婚約の話をされてうんざりしていた。
一度会うだけ会ったら、婚約話は一時収まるかなと考え、エカテリナ様と会うことにした。
もちろん、誰にも言わずに。
エカテリナ様とは父たちが仲がいいこともあり、友人関係。だから、会う分にはそこまでの抵抗はなく、緊張もなく。
会うなり、僕は彼女に自分の率直な思いを伝えた。自分には思いの人がいると、エカテリナ様とは友人関係でいたいと。
幸いにも、彼女は僕の気持ちを理解してくれた。エカテリナ様も僕とは友人でいたいと言ってくれた。
『あんたとはだちでいたいと思っとったからな。おとんらに悪いけど、うちらの婚約話はなかったことにしようか』
『はい』
『カイル、安心しい。この話は誰にも言わん。きっとあんたの思いの人には耳には入らん』
あの時、そう言ってたのに。約束したのに。
さすが会長のお姉さんというか、ホーキングの人間というか。
「うちはさ、あんたと姉さんが一緒になってくれたら嬉しいと思っとったけど、あんたに好きな人がいるんやったら別」
「…………」
「カイル、あんたが姉さんとの婚約を断ったのは、あんたに好きな人がいたからやろ? あんたが恋してることは結構前から気づいとったし、好きな相手は検討がついとる」
そう言って、会長はルーシーの方に目をやる。
そうか。僕の好きな人は知ってるのか。
「でも、うちのべっぴんな姉さんを断った男が、女の子1人元気にできないのは、うちはどうかと思うわけや。だから、そのお金使こうて、ルーシーを楽しませてきいや」
会長はおばあちゃんみたいなことを言って、にっこり笑う。
だからってこんな大金はいらないでしょうに…………。
「それに、ルーシーが元気になれば、あんたも明日から『シャキッ!』として仕事するやろ?」
「…………」
確かに、仕事中も時折ルーシーのことを考えていた。だから、たまに仕事がとまっちゃうことがあった。
気づかれないようにしていたんだけどなぁ……さすが会長。
にこりと笑う会長はルーシーの方に向き直る。
「ルーシー、あんた今からカイルと2人で出かけてきいや」
「え?」
「デートしてきいやってこと。安心しい、お金はうちが用意しちょる。お金はカイルに持たせてるで」
「え? デート? へ?」
「遠慮せんでええで。カイルにはついでに生徒会のお使いも頼んどるからな。あ、でも、夕方までには帰ってきいや。いくらカイルがいるとはいえ、夜は
そう言って、会長は僕にウインク。
…………いくらルーシーが好きだからって、さすがに取って食いはしませんよ。
まぁ、ルーシーがいいって言うなら……考えるかも、しれないけど。
一言多い会長は何を思ったのか、空を見上げる。僕もつられて上を見る。
見上げると、青い空が広がっていた。ほどよく風も吹いている。
「それにしても、今日は本当にお散歩日和やな。街のはずれの丘までほうきでどっかに飛んでいくのも悪くないな」
「ほうき……ですか」
箒なんてずっと乗っていないな。
僕らがいるこの乙ゲーの世界には、魔法世界ではお馴染みの箒に乗って飛ぶ文化は当然ある。
が、魔力を持った人間しか使えないため、箒に乗ることができる人間の総人口は少ない。
また、魔法技術が発達している現在はテレポート的な魔法も存在するため、実際に魔力コストの高い箒での移動をする人はあまり少ない。
僕も一応自分の箒は持ってるけど、使うタイミングがあまりなくて、クローゼットで眠ったまま。
そういや、入学前もあまり使おうとしなかったなぁ。
すると、会長は「ふむ」と小さく呟き。
「そういや、カイルには何歳かの誕生日で、箒をあげったけな」
と言ってきた。
「12歳の誕生日でいただきました」
「それ、今も持ってるん?」
「はい。使うことはそんなにありませんが、寮に持ってきてはいますよ」
「そうか。それはよかった」
当然、前世の記憶がある僕は箒で飛ぶことに憧れていた。
だけど、ルーシーの前では箒を使って飛ぶことはなかった。
彼女の苦しそうな顔を見るのは嫌だったから。
…………だから、彼女が箒で飛びたいと言ったときだけ、飛んでいた。
「…………」
その瞬間、僕は会長の意図に気づき、彼女の方を見る。
そんな僕の反応に、会長はやっとかと言いたげに笑みを浮かべ。
「じゃあ、うちはこれでおさばら! お2人さん、よい休日を~!」
と言って、生徒会室の方へと消えてった。
「ねぇ、カイル。さっき会長になって言われたの? 途中、私の方を見てたけど」
「…………主にお使いのことだよ。ルーシーと一緒に行ってきてだってさ」
「私と……」
僕はルーシーの方に向き直る。そして。
「ルーシー、お使いついでではあるけど、よかったら今から僕とデートしてくれませんか?」
デートのお誘いをした。
キーランたちがいたら、即刻邪魔をされることだろう。だが、今は僕とルーシーの2人きり。
今日はちゃんとデートできるチャンス。
しかし、ルーシーは少しためらい、すぐにはYESと言ってくれない。
やはりライアンのことを気にしているのだろうか?
僕は別に
あの人だってステラさんとデートをしているだろうし。
一時してルーシーはにこりと笑って。
「はい」
と答えてくれた。
よし! ルーシーとデートと決まれば、すぐに準備をしないと!
「ありがとう。早速出かけたいところではあるんだけど……」
「だけど?」
首を傾げるルーシー。可愛い。
「ちょっとだけここで待っててもらえる?」
あれを準備したいんだよね。
ルーシーに数分待ってもらおうと考えていたが、彼女も寮に戻りたいようで。
「私も寮にこの荷物を置きにいきたいわ」
と言ってきたので、10分後に校門で集合することになった。
「じゃあ、またあとでね」
「またあとで」
そうして、ルーシーと寮前で別れると、僕はすぐに自室へと駆けだしていた。
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