38 なんで? 後編

 「あなた、なんで、なんでこんなところに!?」


 突如学園に現れた魔獣。

 それは、私の可愛い可愛いペット——ミュトスだった。


 ラザフォード邸でお世話をしてもらえるようにしていたんだけど………………まさか、私を追いかけてきたのっ!?

 もう! 

 あなた、かわいすぎない!?


 「ミュトス、今日の姿も可愛いわぁ! 大好きよ!」


 久しぶりの再会に——といってもそれほど経っていないが——ミュトスをぎゅっとハグをする。

 すると、近くで様子を見ていたキーランが尋ねてきた。


 「姉さん、なんでこんなところに、学園に、ミュトスがいるの?」

 「さぁ…………ここに来るようには言っていないんだけど、ミュトスは1人お留守番で寂しくなっちゃって、私を追いかけてきたんだと思う」


 「だからって、姉さんの居場所が分かるとか………」

 「ミュトスは鼻がいいから、いくら遠くにいても私の居場所なんてすぐに分かるでしょう。ラザフォード邸からここまでそんなに遠くないから、すぐに分かったでしょうね。ね、ミュトス?」


 問いかけに、ミュトスは「ワン」と答え、尻尾をフリフリ。


 ————————————あー、可愛い。


 ミュトスは別れる時に、でっかいワンチャンになってって言ったから、現在は人間以上に大きな姿のまま。


 しかし、このままでっかいままだとちょっと困る。

 なので、小さいワンチャンになってとお願いし、柴犬サイズになってもらった。


 ミュトスは言うことをすぐに聞いてくれて、ホントいい子。

 よし、よし。

 いくらでも撫でてあげるわぁ。


 とわしゃわしゃと両手で撫でていると。





 「僕がお願いした通り、学園に入学してくれたんだね、ルーシー」


 なんで? 

 なんで、今?

 ————————私に声をかけてきたの?





 「ライアン……様………」





 私の前に現れたのは、婚約者のライアン王子。


 「こうして、話をするのは久しぶりだね、ルーシー」


 そして、彼の背後には例の彼女が。

 彼女の方にじっと目を向けていると、親切にもライアンが紹介してくれた。


 「ああ、ルーシーが彼女と会うのは初めてだね。紹介するよ、彼女はステラ。僕の友人さ」


 友人…………ですか。

 はあ、はあ、そうですか! そうですか!

 友人ですか!

 

 出会ったばかりの女の子が殿下の友人ですかぁ!!

 ふん! そうですかっ!


 ライアンの紹介に対して最高にいら立ちが募る。

 ジト目でステラを見ていると、彼女が前に出てきた。


 「お初にお目にかかります。私、ステラと申します。よろしくお願いいたします」

 「どうも、ステラさん。私は——」

 「存じ上げております、ルーシー様」

 

 彼女はそう言って、丁寧に、お辞儀する。

 平民出身の彼女だが、とても平民出身とは思えなかった。

 私も慌てて立ち上がり、お辞儀を返す。


 「エドガーから聞いた話からするに、それはシューニャもどきの…………ルーシーのペット?」

 「え? エドガー様がそうこの子の話を?」

 「うん、彼からルーシーのペットの話をちょっと聞いていたんだ」


 エドガーの方を見ると、彼は肩をすくめる。

 エドガーとライアンって、私のことを話題にするんだ。

 なんだか意外。


 「それで、それは君のペットなんだよね?」

 「そ、そうですが………」


 はて、そんなことを何度も聞くんだろう?

 ライアンにとって、捨て石のような婚約者のペットなんて、ものすごくどうでもいいことだろう。

 

 しかし、彼は。


 「え?」


 彼、ライアンは意外にも、驚きの表情を見せていた。

 今まで一番瞳を輝かせていた。

 ライアンがこんな顔をしたの、一度も見たことがないけど………………まさか、この子が欲しいの?


 ————————いや、絶対にあげない。ぜーったいにあげない。


 この子は私の子だもの。

 私は守るようにミュトスをギュッと抱く。

 その瞬間、ふと周りの声が耳に入ってきた。

 

 「今の、聞きました?」

 「ええ。シューニャなんて、気味が悪い」

 「シューニャってあんな姿をするものだったか?」

 「いや、伝説ではもっと大きくな体を持つと言われていたはずだ」

 「だったら、尚更気味が悪い」

 「新種の魔物だったりして」

 「そんなものをご令嬢は飼っているのか」


 周囲の鋭い視線が刺さる。

 え? 

 シューニャって忌み嫌われる存在なの?


 なんで? 

 なんでこんないい子なのに?


 すると、ライアンが歩き出した。私の目の前まで来ると、彼はミュトスに向かって手を伸ばす。

 

 「ガルルルルゥ………………」


 しかし、ミュトスはライアンを拒否。

 飼い犬は飼い主に似るって言われるけど、ミュトス、私はここまであからさまにライアンを拒絶しないわよ。


 あ、噛もうとしないで。

 相手は王子よ。

 心臓に悪いことはやめてちょうだい。


 「………………どうやら、僕は嫌われているようだね」

 「こ、こら、ミュトス。ライアン様に向かってそんな態度はいけません。すみません、殿下」

 「いや、いいさ」


 ようやくミュトスが大人しくなったところで、ライアンは再度ミュトスの頭に手を伸ばす。

 ミュトスは不服そうにしていたが、まんざらでもなさそうだった。

 ミュトスったら、ツンデレさんなのね。


 目の前にいるライアン。

 こんなに近くに寄ったのはビンタされたぶりだろうか。

 

 ただ、あの時と違うのは彼の瞳。 


 彼の青い瞳は全く鋭さを感じず、ただただ、優しい瞳を浮かべていた。


 「——————————」

 「え?」

 

 聞き取れなかったが、ライアンは何か小さく呟いた。

 独り言でも言っていたのだろうか?


 ………………まさか、私がろくなやつじゃないから、ミュトスをあわれんで、「この子が幸せになってくれますように」とか言ったのかしら!?


 ライアンはミュトスを撫で満足すると、ステラとともにその場を去っていった。


 そうして、突如学園に現れたミュトス。

 この子は屋敷に返しても脱走して、また私のところにやってくるかもうしれない。

 そう考え、私の部屋にいてもらうことになった。




 ★★★★★★★★




 シエルノクターン学園1年女子寮。

 その1室にいたのは乙女ゲームの主人公、ステラ。

 彼女は自室の洗面所にいた。


 シャワー上がりで、湿った金色の髪の上にはタオル。


 「なんで?」


 そして、彼女の頭の中にあったのは、ルーシーとシューニャもどきの姿。鮮明に浮かび上がっていた。


 「あの子がなんで…………なんで?」


 鏡に映る美少女の顔。


 「なんでよ?」


 しかし、せっかくの美形が台無しなほどに、眉間にはしわを寄っていた。

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