25 店探し

 みんなからのけ者扱い? された次の日。

 その日の朝から、私、ルーシーはまともに声を出せなくなっていた。

 頑張って話そうとしても、無意味な言葉だけ。


 すぐさま医師に見てもらったが、彼は横に首をふり、「精神的なものが関与しているかと」と言った。

 精神的なもの? 


 ふっ。そんなわけないじゃない。

 確かに悩むことはあるけど、そこまで悩んでいるとは思えない。

 こんなふうに体に異常が出るまでストレスが溜まっているはずがない。


 納得がいかず、数日間考え込んだ末、私は薬を探すため街へ出かけようとしていた。


 「ルーシー様、それはさすがに危険かと」


 私の髪を結ってくれるイザベラ。

 彼女はかなり心配なのか、不安そうな顔を浮かべている。

 うーん。そこまで、危険じゃないと思うけど。


 私は紙に文字を書き、返答した。


 『大丈夫よ。今の私なら1人で街を歩くぐらいなんともない。危ないところに行くつもりなんてないのだし』

 「でも、街に行っても喉を治すことができる薬はないかもしれません。ここは奥様にお伝えした方がよろしいかと……」

 『そうだけど、私はできるだけ大げさにしたくないのよ』


 できれば、お母様が帰ってくるまでに解決してきたい。

 今まで散々面倒をかけてきたし。

 てか、最近のお茶会でやらかしているし。


 きっと、また何かやらかしたと知ったら、お母様は倒れてしまうでしょうね。

 それに私は声が出せないだけで、後のことは難なくできる。

 きっと1人で解決できるわ。


 準備が整うと、私はノートとペンを持つ。そして、さっと立ち上がった。

 その瞬間、ポニーテールの銀髪が揺れ、自分の髪が視界に入る。

 …………銀の髪って目立ちそうね。


 ラザフォード家の人間であることを知られないよう、ボロボロの服を着ていた。

 だけど、銀髪だけは変えれない。

 私は目立つ銀髪を隠すように、フードをぐっと深くかぶる。


 そして、部屋の壁の前に行くと、その壁の一部に触れ、奥へと押した。

 私の前に下へと続く階段が現れる。

 その階段は地下室へと繋がっていた。

 

 「そのようなところから、街へ行かれるのですか?」

 『ええ。お母様たちがいないとはいえ、キーランに見つかれば大騒ぎするに違いないわ。もしくはこの喉を治そうと手伝おうとするだろうし。この地下通路、街にも出られるようになっていたとは驚きよね』


 イザベラはより一層心配そうな顔を浮かべる。


 「………やはりキーランに手伝ってもらうことはいいのでは?」

 「……」

 「ルーシー様、お一人で探すのは時間がかかると思います。失礼ながら、奥様がお帰りになるまでに薬を見つけるなど、ほぼ不可能だと私は思います」


 そう言って、真っすぐ目を向けるイザベラ。

 確かにイザベラの言う通りではある、と思う。

 1人で探すなんて無謀だし、きっとキーランに手伝ってもらったり、お母様に言った方が早い。

 ずっと早いでしょうね。


 ――――まぁ、それは何も知らなければの話だけど。 

 今の私には行く宛てがある。何もなしに行くわけじゃない。

 私はイザベラの瞳を見返し、笑った。

 そして、ノートにスラスラと自分の思いを書き、見せる。


 『そうだけど、あの子にもするべきことがあるでしょう? 私のことなんて放っておいて、自分の夢とか目標に集中してほしいのよ』

 「……分かりました」


 未来のあるキーランにはきっと夢がある。

 私なんかがそれを邪魔をしてはいけない。

 青春なんてあっという間だから、自分の夢のためにも自分の時間を大切にしてほしいわ。

 

 私はイザベラに背を向け、地下室へと歩き出す。

 階段は暗く、魔法石を使用したライトを照らした。


 この階段、最近は使わなかったから、どんなになっているのかと思ったけど。

 そんなに変わりないわね。行けそう。


 「いってらっしゃいませ、ルーシー様」


 背後のイザベラはそう言ってくれた。


 『ええ。イザベラはそっちをお願いね』

 「承知いたしました」


 そして、私は街を目指して、地下室の奥へと足を進めた。

 



 ★★★★★★★★




 目の前に続いている階段。

 イザベラはその誰もいなくなった階段の先をじっと見つめていたが、一時して壁を押し、もとの部屋の状態に戻した。

 開けっ放しにしていた窓から風が吹き、彼女の髪をそっと揺らす。

 

 『そうだけど、あの子にもするべきことがあるでしょう? 私のことなんて放っておいて、自分の夢とか目標に集中してほしいのよ』


 ふと思い出すルーシーの言葉。

 イザベラはふっと笑みを浮かべていた。

 そして。


 「ルーシー。キーランの夢はきっとあなただと思うよ」


 と、そっと呟いていた。




 ★★★★★★★★



 よく使う例の地下通路。

 今、私が通っている場所はその通路とはまた別のものであった。

 綺麗な景色へと繋がるあの地下通路とは違い、今の通路はそれほど広くはない。あまり人が使用していないせいか、若干汚れていた。


 遠くから、ポツンポツンと落ちる雫の音が耳に入ってくる。

 一時歩いていると、檻の扉が見えてきた。

 私はその扉に付けられた錠前に触れる。

 

 この錠前はラザフォード家のものであり、ピッキングしようとしても開けれない仕組み。

 地下通路からラザフォード家に行けるようになっており、侵入者を防ごうと、つけられたものだった。


 私はポケットから1つの鍵を取り出す。これはもちろん、普通の鍵じゃない。魔法がかかった鍵だ。

 鍵を開け、先へと進む。


 すると、水が流れる音が聞こえてきた。

 少し先を歩くと、道の隣に水路が現れる。それは下水道というわけでなく、単なる地下水路。

 ライトをかざし、確認してみると相変わらず綺麗な水が流れていた。


 その水路に落ちないように、通路を歩いていく。

 暗く静かな地下通路をずっと歩いていると、あるドアの前に行きついた。


 そのドアの向こうからは聞こえてくる優雅な音楽。

 私はそっとそのドアを開けると、お茶の香りがぶわっと鼻に入ってきた。

 着いたその部屋には箱が多く置いてあった。

 

 私はその部屋を見渡しながら、もう1つの方のドアへ向かう。

 そして、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、扉が勝手に開いた。 


 「これはこれは……ルーシーお嬢様?」


 扉が開いた先に立っていたのは1人の青年。

 淡い緑色の髪を持つ彼の名前はルイス。

 ラザフォード家が運営するお茶専門店の店員であり、私の友人。


 挨拶をしようとした私だが、声が出ず口をパクパク。

 そんな私を見て、首を傾げるルイス。

 何も言えず、私が苦笑いを浮かべていると、彼はハッとした。


 「もしかして、声が出ないんですかっ!?」


 そうなの、どう頑張っても変なうめき声しかだせないの。

 私は彼に対しコクリと頷くと、ルイスはあわあわと慌て始めていた。

 

 「まさか、ストレスが溜まり過ぎてそんなことが!? ……最近お嬢様はお忙しかったですからねぇ。ラザフォード家のことはイザベラさんからちょくちょく聞いております」

 

 そう話しながら、彼はうんうんと頷く。


 「だからといって、ストレスの溜めすぎはよくありません。お嬢様は立派なご令嬢ですが、まだ9歳。そんなに抱え込むことはありませんよ。さぁ、お嬢様、リラックスしましょう。僕は紅茶を用意しますから、休憩なさってください」


 部屋に促されるも、私は大きく首を振った。

 だが、彼は「無理をなさらずに」と言って進めてくる。

 どうしよう。私、街に用があってきただけで、別に屋敷から逃げてきたわけじゃないのだけど。


 まぁ、それなりにはストレスがあるけどさ。


 どうしようかと悩んでいると、私は手に握っていたもののことを思い出す。

 あ、そういや、私、ノートを持ってきているんだった。

 全く忘れていたわ。

 

 私ったら、あんぽんたんね。こういう時に使わなくて、なんのためのノートだったのよ。

 『紅茶は今はいいの。今日は街に用があってきたの』とノートに書き、彼に見せる。

 すると、ルイスはしょぼんと残念そうに、用意しようとしていたティーカップをしまった。


 「街に用事ですか。わかりました。でも、無理はなさらないでくださいね」

 『ええ』

 「それで……従者の方はどうされたんですか? いつもなら、イザベラさんがいらっしゃるのに」


 『イザベラは今日はいないの』

 「いない?」

 『別に任せていることがあって。今日中には戻ってくるから、店を開けていてもらえる?』


 「もちろんです、ルーシーお嬢様。でも、1人で街を歩かれるのは少々危ないのでは?」

 『私なら大丈夫。誰もこんな格好じゃ、ラザフォード家の人間だとは思わないわ』


 きっと誰も気づかない。

 まさか、ラザフォード家の人間がこんなボロボロの服を着て街を1人歩いている、なんてことはみんな考えにくいでしょうね。

 それでも、ルイスは不安そうな顔を浮かべていた。


 『ルイス。心配してくれてありがとう』

 「いえ。それではルーシーお嬢様、十分にお気をつけて」


 私はいつものように裏口から出る。

 街中は人で賑わっており、私になんて誰も見向きをしなかった。


 これなら、無事にあそこに行けそうね。

 私は目的の場所へと急いだ。




 ★★★★★★★★




 次の日。

 私は前日、探していた目的の店を探せなかった。

 その目的の店には私の喉を治してくれる魔法薬を売っている可能性があった。


 でも、その店は厄介で、場所を毎回移動させる。街のどこかには開いているのだが、それはどこかは分からない。

 でも、なぜ、私がそんな店を知っているのか?

 

 それは自分にも分からない。

 なぜか、記憶を思い出す前のルーシーの記憶の中にあった。

 

 そして、今日も出かける。

 何としても、お母様が帰ってくるまでに喉を治しておかないと。

 支度をしていると、イザベラが1つの手紙を出してきた。


 「最近からいろいろありましたので、お渡しするのを忘れておりました。申し訳ございません」 


 私はその手紙を受け取るなり、封蝋を見る。

 その手紙の封蝋は王室のものだった。

 

 「エドガー様からお手紙です」

 「エドガー様?」


 あのエドガーが私に手紙?

 なんで私になんかを手紙を? またお茶会でも開くのかしら?

 だとしても、しゃべれないこの状態だといけないわね。


 そう考え、私はエドガーの手紙を後回し。


 『後で読むわ。机に置いておいて』

 「分かりました」


 支度が済むなり、また例の地下通路から街へと向かった。




 ★★★★★★★★



 

 例のお店を探し始めて3日目。

 私はまだその店を見つけれず、街を歩き回っていた。 

 

 その喉を治す魔法薬が売っているという店は、一般的にみれば非常にまずいものも売っている。

 確か、呪物とか、毒薬とか、違法魔法銃とか。

 …………かなり物騒なものがたくさん。


 そんなヤバい店だが、普通に役に立つものも売っていた。例の魔法薬とかね。

 私はその店の詳細についてなぜか知っていて、どこで聞いたか、見たかは全く覚えていない。

 全くルーシー自分は一体どこで知ったのやら。

 

 大通りを歩いていた私は人の間をくぐり抜けて、店があるとされる裏路地へと入っていく。

 気をつけながら、慎重に歩いていく。

 ある程度の体術は学んでいるとはいえ、魔法は使えない。

 もし、魔法で襲われたりしたら、どうしようもない。


 すぐに大通りへ向かえるよう心構えはしていた。

 そして、その裏路地を歩く。大通りとは違い、ひっそりとしていた。

 ……ここにもない。


 その裏路地を全て確認したが、店らしきものはなく。

 いつの間にか大通りに出ていた。


 お母様が帰ってくるまでに、治さないといけないのに。

 でも、この状態で誰かに聞くこともできない。

 足を止め、ため息をつく。


 その瞬間、前から風がぶわっと吹いた。

 フードが脱がされる。


 まずいっ! 銀髪がっ!


 私はすぐさまフードを被り直す。

 周囲を見渡し、自分がラザフォード家の人間であることがばれていないか、確認する。

 何人かの人がこちらに目を向けてきたけど、対して気にしている様子はなかった。

 …………大丈夫そうね。


 そして、他の裏路地へと歩き出そうとした時、背後から、


 「そこにいらっしゃるのはルーシー様ではございませんか?」


 という声が聞こえてきた。


 私は知り合いに会わないように、知り合いがいないか、いつも確認しながら歩いていた。

 でも、その日は人が多かったから、気づけなかったのかもしれない。

 あるいは焦っていたせいで気づけなかったのかもしれない。


 背後からの声の主は知っている。すぐに誰なのか分かった。

 でも、今は返事ができない。

 すぐに離れないと。

 彼女に心配かけるわけにはいかないんだから。


 背後をちらりと見る。

 そこにはリリーが立っていた。

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