24 口説き勝負 

 時間は戻って、先日の作戦会議。

 

 キーランの駆け落ち案に賛同した後も、4人はその案についてさらに話し合っていた。

 一方、ほっとかれているルーシーはというと……木の下で寝転んでいた。


 包み込んでくれそうなこぼれ日。

 庭を流れる爽やかな風。


 その風を感じながら、彼女は眠っている。

 隣にいるミュトスもスヤスヤ。


 普段のカイルたちなら、そんな彼女の姿が目に入れば、じっとはしていられない。

 秒で彼女の隣に行くことだろう。だが、今回は我慢。

 彼女の傍に行きたいという思いを抑え、彼らは恋敵と向き合い直す。


 「駆け落ちすると言っても、具体的にはどうするの?」

 「うーん。まずは姉さんの気持ちを確認しないといけないんじゃない?」

 「確かに。駆け落ちって両想いが前提だもんね」


 4人はお互いの様子を探る。

 今のところ、ルーシーの気持ちはライアンに向いている――とカイルたちは思っている。

 ルーシーがゲームのようにライアンに付きまとっていないのにも関わらず、彼らはそう思っているのだ。

 

 もちろん、ルーシーはこれっぽっちもライアンが好きではないし、むしろ嫌っている。

 ライアンとの婚約がなくなり、彼との関わりがなくなれば、ルーシーは大はしゃぎ間違いなし。

 街中をはだしで駆けまわることだろう。


 まぁ、そんなルーシーの本心をカイルたちが知ることはなく。

 彼らは「どうすればルーシーの気持ちをライアンから自分たちに向けることができるか」を考えていた。

 

 難しい顔を浮かべていたカイルが話し始める。


 「ルーシーはライアンのことが好きなようだけど、僕らに向けることはできるはず。たとえばルーシーを口説き落とすとかこっちに気を向けるとか……難しいとは思うけどね」

 「姉さんに対する思いが本気ならできるさ。まぁ、僕なら絶対にできる」

 「ハッ。キーラン、あなたはルーシー様の弟でしょ? あなたがいくら本気でもルーシーは姉弟としての認識の方が強いと思うけど」


 リリーがそう言うと、カッと睨むキーラン。

 2人の間に火花が散る。

 そんなどうしようもない2人に対し、カイルは「停戦中なんだから落ち着いて」となだめている。

 すると、先ほどから黙っていたエドガーが呟いた。


 「ルーシーを口説くなりなんなりして、ルーシーの気持ちがこちらに向いていると分かれば、駆け落ちしても全然問題ない……ってわけだな」

 「つまり?」


 「ここから口説き勝負ってことでしょ」


 カイルはさっと立ち上がった。

 その瞬間、彼の前髪がさっとなびく。瞳はいつになく鋭くなっていた。


 「――――――僕らは正々堂々と戦おうか」


 そう言うと、カイルはニコリを微笑む。

 そんな彼の笑みを見たリリーは、呆れた表情でフッと鼻で笑った。


 「停戦していた時間は随分あっという間だったわね」

 「……まぁ、いつかは俺たちはまた戦い始めていただろう。ただそれが早くなっただけだ」


 「じゃあ、その戦いはさっさと決着つけよう。僕はできる限り早くルーシーと2人きり・・・・で過ごしたいから、期限は1ヶ月後にしよう」

 「「「分かった」」」


 こうして、彼らの口説き勝負が始まった。

 



 ★★★★★★★★




 ルーシーと会える機会の少ない、王子のエドガー。

 そんな彼は全力でルーシーを振り向かせるために、さっそく行動していた。

 それは何かというと、手紙を書くこと。


 ルーシーを口説き、こちらに気持ちを向けるなら、会って話すのが一番。

 そう考えたエドガーはもちろん、ルーシーに会おうとした。

 だが、先日からルーシーが会ってくれない。


 作戦会議の日までは難なく会ってくれたのに、だ。


 彼はなんとかして気持ちを伝えないと、他の人にルーシーが奪われる。

 それでエドガーは手紙を書くことにしたのだ。

 

 「……でも、なんて書けばいんだ?」 


 転生して勉強を頑張ったエドガー。

 彼は前世以上に知識人になり、論理的な文章も書けるようになっていた。

 

 だが、手紙は別。

 

 前世でのエドガーはまともに手紙なんて書いたことはない。もちろん、現世でも。

 前世ではたいていのものはスマホで済んだし、年賀状も出すタイプじゃなかった。

 最後に書いた手紙といえば、小学生の頃に書いたラブレターぐらいだ。

 

 まぁ、そのラブレターはすぐさまゴミ箱行きとなったが。


 ともかく、エドガーは手紙なんてまともに書いたことがない。

 そこでエドガーは他の人の手紙を参考にすることにした。

 まずは、手紙の書き方の本を参考にして書いてみることに。


『ルーシー様。

 拝啓

  秋風が心地よい時節となりました。ルーシー様はいかがお過ごしでしょうか。私は元気に過ごしております。

  さて、今回あなたに手紙を送ったのは他でもありません。あなたにお会いしたいからです。最近のあなたは全くと言っていいほど、会っていただけません。もしかして、あなたは私を避けているのでしょうか。

 ご都合のいい日をご連絡ください。

                          エドガー・ムーンセイバー』

 

 書き終えると、エドガーは手紙を見つめた。

 

 「……なんか堅苦しいな」


 そう呟くと、彼は手紙をクシャクシャ。新たに便箋を広げ始める。

 次はくだけた文章にしようと、前世の姉のメールを参考にして書くことにした。

 

『ヤッホー! ルーシー!

  俺が誰だって? 俺だよ! 俺! エドガー!

  最近のルーシーは全く会ってくれないけど、一体どうしたんだー?

  俺は会いたくてたまらなーいぃ! お前のこと、大好きだー!

                      世界一クレイジーな男エドガーより』 


 「……これは誰だ。俺じゃない」

 

 その手紙もゴミ箱行きに。

 そして、またエドガーは便箋を用意し、書き始める。

 だが、数分後。エドガーはその手紙をくしゃくしゃにする。


 書いては捨て、書いては捨て。それを何度も繰り返した。

 以前もらったご令嬢の手紙を参考にしたり、時には小説の中のキャラクターが書いた手紙を参考にしたりした。

 

 だが、どれも違った。

 全然ルーシーに渡そうとする気にはなれなかった。

 そうして、ゴミ箱が失敗した手紙でいっぱいになった時。

 ようやく、納得のいく手紙ができた。


『ルーシーへ。

  ルーシー、突然の手紙で驚いたよな。俺がお前に手紙なんて出したことないのに。だが、みんなで集まった日からお前は会ってくれなかったから、こうするしかなかったんだ。許してくれ。それで、最近体どうしたんだ? 何かあったのか? お前が大丈夫かどうか、連絡してほしい。いつ会えそうか言ってくれ。お前とまた話したい。

  それと、あと……お前を愛してる。お願いだから、連絡をくれ。

                                エドガーより』


 「こんなものか……」


 エドガーは書き終えると、ペンをそっと机に置く。

 堅くなく、他の人が書いたものでもない。それはエドガー自身が書いた手紙。

 拙い文章だが、エドガーが納得のいく手紙になっていた。


 エドガーはやっとできた手紙を手に取る。

 その時だった。


 「何してるの、エドガー?」

 「きゃっ!」


 突然の背後の声に、思わずエドガーは驚く。

 振り向くと、そこには優しい笑みを浮かべたライアンが立っていた。

 

 「どうしたんだよ、女の子みたいな声を出して」

 「……お前が急に声を掛けてきたから」

 「別にそんなに驚くことないじゃないか。兄弟が部屋に入ったくらいで――」


 エドガーの手元にある手紙。

 それに書かれたものがライアンの目に入る。

 

 「こ、これは……」


 動揺したエドガーはとっさに手紙を隠したが、時すでに遅し。

 ライアンは彼が何をかいていたのかはすぐに検討がついた。

 しかし、ライアンは怒ることはなく、ただ鼻で笑うだけ。


 「……別に君がルーシーに手紙を送ろうと、僕には関係のないことだよ」


 と言うと、ライアンは静かに部屋を去っていった。




 ★★★★★★★★




 作戦会議の次の日のキーラン。

 エドガーと同じように、彼もまた行動していた。

 偶然にも昨日から両親が留守にしており、1週間は帰ってこないとのこと。この1週間がルーシーと駆け落ちするチャンスだ。


 彼は他の人に抜かれまいと、朝の準備をするなりすぐに隣の部屋――つまり姉の部屋に向かった。

 …………向かったのだが。

 

 「え? 姉さんが会いたくないって言ったの?」

 「はい……今日のルーシー様はどうやらご気分が優れないようでして」


 今すぐにでも自分の気持ちを伝えるために、ルーシーに会おうとしていたキーラン。

 だが、現在彼の前にはだかっているのはルーシーの侍女、イザベラ。

 彼女がドアの前に立っていたのだ。


 「姉さん、どうしたの? 体調が悪いの? 熱でもあるの?」


 キーランの質問に、イザベラは横に首を振る。


 「発熱はないですし、流行りの病にかかったわけではありません。私がいますので、どうかキーラン様はご安心を」


 優しく微笑むイザベラ。

 しかし、そんな曖昧な説明でキーランは納得がいくはずもなかった。


 「でも――」

 「ご安心を」


 キーランはそんな彼女に目を細める。が、どうすることもできないため、小さく頷いた。


 「…………分かった」


 キーラン、一時後退。

 ――――次の日。

 彼は再度ルーシーの部屋に訪れた。


 「え? 今日も会ってくれないの?」

 「はい。今日もご気分が優れないようでして」


 キーランは朝すぐに起きると、着替えることもせず、すぐにルーシーの部屋に向かった。

 しかし、扉の前にはすでにイザベラが。

 彼女は先日も遅くまで起きていた。


 ふとキーランは思う。

 イザベラこの人は一体いつ寝ているのだろう、と。

 昨日のキーランは日中がダメなら誰もいない夜に、と姉さんの部屋に忍び込もうとした。


 だが、深夜になってもイザベラはドアの前に立ったまま。

 まるで彼女は門番のように立ちはだかっていた。

 結局キーランはルーシーに会えないまま。


 しかし、夜遅くまで起きていたイザベラの目にクマ一つなく、元気な様子。

 そんな彼女にキーランは疑惑の目を向けるも、彼女は表情一つ変えず微笑んでいた。


 「イザベラ、昨日も遅くまでドアの前に立っていたけど、寝ていないんじゃない? 僕が変わろうか?」

 「お気遣いありがとうございます。ですが、私には睡眠を必要といたしま・・・・・・・・・・せん・・ので、ご心配なく」

 「……君、ショートスリーパーなの?」


 そう尋ねると、イザベラは肩をすくめた。

 この世界にもショートスリーパーはいるらしい。

 キーランはそう納得すると、小さく微笑んだ。

 

 「分かった。ありがとう、イザベラ」


 キーラン、一時撤退。

 ――――次の日。

 

 「ねぇ、イザベラ」

 「はい。なんでしょう、キーラン様」

 「今日も姉さんは……」


 「はい。ご気分が優れないようです」

 「最近の姉さんはずっと言ってるけど、本当は元気じゃないの?」

 「身体的異常はないようですが、ご気分が本当に優れないようでして。キーラン様ともお会いする気分じゃないと……」

 「………………そう。分かった」

 

 ――――次の日。


 「今日も?」

 「はい。今日もご気分が優れないとおっしゃっていまして」

 「そっか……無理に会うのもダメだよね。分かった。ありがとう、イザベラ」


 ――――そして、また次の日。


 「今日も会ってくれないの? 感染症でもないのに? 5日も経つよ?」

 「はい。今日も……」


 迫ってくるキーランに、イザベラは困ったように微笑む。しかし、それ以上は何も言わなかった。

 姉さんは何にも言ってこない。ドア越しですら、話してくれない。

 そう思い、さすがにうんざりしたキーラン。


 「ちょっとどいて」


 ぶっきらぼうに彼が言うと、イザベラはすぐにドアから離れた。

 そして、キーランはドアの前に立つと、ドアを叩き始める。


 「ねぇ、姉さん! 返事して!」


 返事はない。部屋はしんとしていた。

 風の音が小さく聞こえるが、それ以外は何も聞こえてこない。


 「ねぇ、姉さん! 話を聞いて! 僕は姉さんのこと愛してる!」

 「……」


 イザベラはジト目でみる。

 だが、キーランは気にしなかった。気にしている場合ではなかった。


 「僕は姉さんが恋愛的な意味で好きなんだ! 愛しているんだ!」

 「なっ、キーラン様?」

 「だから、姉さん出てきて! ちゃんと話したいんだ!」


 その時。

 彼の背後から、カツっという音が聞こえてきた。

 ――――もしかして、姉さん?

 と思い、キーランはゆっくりと振り返る。


 しかし、そこにはルーシーは立っていなかった。

 彼の義母が立っていた。


 「お、お母様!?」

 「キーラン、あなた……」

 

 大混乱のキーラン。彼の目は泳ぎまくる。

 背中には汗を感じていた。


 「お、お母様、おはようございます!」

 「おはよう……今日は随分と元気がいいわね」

 「はい! 僕はいつだって元気ですよ! それで、お母様。姉さんが体調を悪くしているのはご存知ですか?」


 「……え、ええ。イザベラからそう手紙を貰って、心配で帰ってきたんだものの。それより、キーラン。さっき話していたことって――」

 「そう! 僕も姉さんのことが心配だったんです! だから、姉さん! 悪いけど、部屋に入るよ!」

 「キーラン様!」


 キーランは勢いのままに魔法を使い、ドアを開ける。いや、壊しているといった方がいいだろう。

 彼はドアをぶち壊すと、逃げるように部屋に入った。


 「…………姉さん?」


 隅々まで見渡すが、部屋のどこにもルーシーの姿はない。

 開けっ放しになった窓から風が吹いているだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る