67 運命 前編

 祈りながら、ステラの手をぎゅっと握る。


 お願い、神様。

 月の聖女であるならば、どうか私に光魔法を……。


 「るっ……しさま…………」

 「…………」


 だが、ステラは苦しむばかり。

 何も起こらない。


 どうしよう?

 どうしよう?

 どうしよう?


 このままだとステラが死んでしまう。


 どうしよう?

 どうしよう?

 どうしよう?


 早くなにかしなくちゃ。

 でも、私にはもう何も――――――――どうしよう?


 何もできずうろたえていると、背後から足音が聞こえてきた。


 「どいてください! 解毒魔法をかけます!」


 振り向くと、そこには学園専属のヒーラーや先生。

 彼らはステラのそばに行くなり、3人がかりで魔法をかけ始める。


 これでステラは助かる…………。

 

 私はステラの状態が安定するまで、彼女をじっと見ていた。

 一時すると、1人のヒーラーが魔法をやめ、そして、運搬の準備をし始めた。

 

 「あの……彼女は大丈夫なのでしょうか?」

 「もう大丈夫だと思いますよ……でも、本当に危ない状態でした、私たちの到着が少しでも遅れていたら、彼女の命はなかったと思います」

 「そうですか」


 解毒はできたが、毒によって一応病院に連れていくとのこと。

 ステラが運ばれていく様子を横で見ていたが、彼女はすやすやと眠っていた。


 助かったんだ…………よかった。


 そして、運ばれた後も、私はそこにいた。

 立ち尽くしていた。


 もし、間に合わなかったら、ステラは――――。

 

 そう考えると、ゾッとした。




 ★★★★★★★★



 

 数日後。

 入院したステラだが、今はもう普通に生活を送るまでに回復した。

 という話を、キーランから聞いた。

 だが、数日経っても、学園ではかなりの騒動となり、様々な噂が飛び交った。

 

 みんなが噂話をする中、一番話し合われていた内容。


 それは――――――――毒を盛った犯人は誰かということ。


 当然私の名前は一番に上がってきていた。

 というか、多くの人たちが私を犯人と考えているようで。

 廊下を歩いていると、四方八方から視線を感じた。


 同時に、こんな声も聞こえてきた。

 

 『あれって、ラザフォードのご令嬢がやったんじゃない?』

 『可能性として高いけど、マクティアさんが自分で入れた可能性もあるわよ』

 『え? 自分で毒を盛るバカがいるか?』

 『ルーシー様に冤罪をかけるつもりだったんじゃない?』

 『……でも、あの2人は仲良さそうだったわよ』

 『仲良かったと言っても、女子って何があるか分からないって言うじゃん? 裏では嫌っていたかもしれないぞ』

 『そうね。ルーシー様が毒を入れた可能性は高いわ――――だって、マクティアさんはライアン殿下とかなり仲良くしていたし』

 『確かに……自分の婚約者が他の女と仲良くしていたら、私もちょっとだけ嫉妬しちゃうかも』


 近くにいた私が疑われるのは分かる。

 だが、私は毒を盛ってない。

 嫉妬なんか……していない。


 だけど、否定したところで、この前みたいに変に話が広がるだけ。

 無視、無視よ。

 そう決め込み、私は真っすぐ教室に向かう。

 

 今日は朝から好きな授業。

 だから、授業に集中。

 嫌なことなんて考えないの。


 「ルーシー、大丈夫?」


 隣にいたカイルが心配したのか、声をかけてきた。


 「ええ、大丈夫よ」

 「でも、姉さん。少し顔色悪いよ」


 キーランやリリー、エドガーも心配そうな顔を浮かべている。

 確かに、四方八方から視線を向けられて、あまりいい気分ではない。

 ないけれど。


 「姉さん、無理しない方がいいよ。寮に帰ろう?」

 「…………これから好きな授業があるわ。休めない」

 「でも、変な噂のせいで疲れているんでしょ?」


 …………うん、まぁ、ちょっとは疲れてるかも。

 でも、今日は好きな授業があるから、しかも特に面白そうな授業内容だったから、休みたくない。

 すると、リリーがぽきっぽきっと指を鳴らし始める。


 「なら、ルーシー様。あの人たちの口を封じてきましょうか? 私なら、ぶつくさ言ってるやつを一瞬で掃滅できるかと」 

 「……それなら、俺がする」


 リリーとエドガーは噂をしていた生徒の方に目をやって、物騒な提案をしてくれた。

 気持ちはありがたいけど。


 「そんなことをしなくていいわ。この前話した通り、私は毒を盛ってないし、ステラさんに嫉妬なんて抱いていない。だから――――」

 「それは嘘だ」

 

 そう言ってきたのは背後にいた人物。

 振り返ると、ライアン王子がいた。


 うーん。この前の落書き事件みたいに、怒ってるわね。

 それもそうか。

 近くに私がいたし。


 案の定、ライアンの後ろにはステラがいた。

 うん。

 元気そうでよかったわ。


 すっかり元気になっていたステラは、なぜか申し訳なさそうな、困った顔を浮かべていた。


 あー、この感じはきっと先日のことを問い詰めてくるな。

 …………はぁ、嫌な予感しかしない。

 

 後ろにいたカイルが何か言いだそうと歩き始めたが、私は手を伸ばし、彼を停止させる。

 そして、ライアンを真っすぐ見て、問うた。

 

 「殿下、私に何かご用でしょうか?」

 「ルーシー、君なんだろう?」

 「……何のことですか?」


 そう尋ねると、ライアンはハッと笑う。


 「何のこと? しらばっくれないでよ。君がステラの……ケーキかお茶にでも毒を入れたんだろう?」

 「違います」


 確かに、私は近くにいた。

 彼女とお茶をしていた。

 犯人として疑われるのは当然だと思う。


 「ルーシー、嘘をつかないで」

 「ついていません。私はやっていません」

 

 でも、私はやってない。

 絶対にやってないと、そう断言できる。

 

 すると、カイルが私の前に出た。


 「殿下、ルーシーがやったという証拠がありません」

 「彼女はステラとサロンにいた……毒を飲んだ時も一緒にいたらしいね。これは確実じゃない?」

 「サロンには多くの人が出入りしてました。ルーシー以外にも可能なことです」

 「彼女が一番しやすい状況にいたのだから、被疑者なのには変わりない」


 カイルに続き、キーランも前に出る。


 「なら、動機は? 姉さんの動機はなんだというんです? ステラさんに危害を加えて姉さんに利益がないと思いますが?」

 「ルーシーはステラに嫉妬した。それが動機さ」


 リリーも私の前に立った。

 彼女は今にもライアンにかみつきそう。

 まぁ、苛立つ気持ちは分かるけど。


 「は? 嫉妬した? 殿下は浮気を認めるのですか?」

 「浮気? はっ……リリー嬢、それは話が飛びすぎじゃない? 変な思い込みで話すのはやめてほしい。ステラは僕の友人、仲が良いのは当たり前じゃない? なのに、ルーシーは勝手に勘違いして嫉妬して……ステラを毒殺しようとしたんだ。どうかしてる!」

 「ライアン! どうかしてるのはお前だ! 普通に考えてルーシーがそんなことするわけないだろ!」


 キーランもリリーもカイルもみんな私の前に出て、ライアンと言い合い始める。

 普段はあまり声を上げないエドガーまでが怒っていた。


 自分からライアンに声をかけていてなんだけど…………どうしよ。

 もちろん、私はステラを毒殺しようとはしていない。

 だからと言って、このまま言い合ってもなぁ。

 何も解決しないしなぁ。


 そうして、どうすることもなく、廊下で言い合っていると生徒が集まってきて、廊下はさらに騒がしくなる。

 そのうち、先生もやってきた。

 が、言い合っている中にライアンとエドガーがいたため、先生も止めることができず。


 最終的にはめったに姿を見せない学園長が出てきた。


 「君たち、廊下で騒ぐのは止めて――」

 「「「学園長は黙っててください!」」」


 みんなにそう怒られる学園長。

 学園の中で一番偉い人なのに、彼は一瞬でしゅんとなっていた。

 なんかごめん、学園長。

 

 学園長や先生そっちのけで、言い合うみんな。


 「ルーシーがやったんだろう!」


 その中で、しつこくそう言ってくるライアン。

 彼がこんなにも言ってくるのは、シナリオ通りに進めようとする運命のせいだろうか?

 ゲームの時のように、私がステラを毒殺しようとしたことを示す毒瓶決定的な証拠は、私の手にない。

 

 だから、ゲーム通りにはならない。

 いくらライアンが突っかかってきても、私が国外追放とか殺されるとかには繋がらないはず。

 はずなんだけど…………。


 パンっ――――!!


 その瞬間、手を叩く音が響く。


 「なに?」


 音が鳴った方を見る。すると、そこにいたのは水色髪の少年。

 みんなが彼に注目していた。


 「みなさーん、お困りのようだねー。よかったら、僕が解決してあげましょーか?」


 にっこにこ笑顔のアース。

 彼は手を合わせて、そして、こう言ってきた。


 「この事件の犯人、僕ならぱぱっと見つけられるよー!」




 ★★★★★★★★




 「いやぁー、僕ね、この事件の証明をする未来が見えたんだよー」


 僕なら解決できる。

 そんなことを提案してきたアース。


 「……冗談言わないでください。今はそれどころじゃないんですよ」

 「冗談じゃないよー。僕は確かに見えたんだ」

 「じゃあ、何が見えたというんですか?」

 「それは犯人を示す証拠さ。まぁ、僕についてきてよー」


 そう言われ、私たちはアースについていくことに。

 はて? 

 証拠なんてあるのかしら?

 でも、結構経っているし、証拠なんてなくなっていそうなものだけど。


 そんなことを考えながら、彼について行っていく。

 すると、アースがある場所で足を止めた。


 え? 

 ここ?


 意外な場所に私は驚いてしまう。

 カイルたちも困惑していた。

 アースが足を止めた場所は、現場となったサロンではない。

 予想したところとはまた違う場所。


 女子寮前に来ていた。

 

 「なんで女子寮に……」

 「だって、ここに証拠があるんだものー」

 「ここに?」


 女子寮に証拠? 

 

 「僕が女子寮ここで証拠を見つける未来が見えたんだよー」

 「……だとしても、女子寮はかなり広いわよ。一体どの部屋に、証拠があるの?」

 「君の部屋」

 「え?」


 何を言ってるの?

 私の部屋?


 「また、冗談を……」


 あるはずがない。

 毎日私が見てる部屋なのよ?

 毒に関するものなんてあるわけがない。


 「まぁ見ててよ」


 アースは自信ありげに言い、女子寮へと入り、そして、私の部屋と向かった。

 毒なんて買ってないのだから、あるはずがない。

 …………そう思っていたのだけど。


 「ほら」


 彼が指さす方向に、見覚えのあるものがあった。

 ゲームのルーシーが買っていたあの毒の瓶。

 それが……なぜか……窓台にポツンと置かれてあった。


 「うそ……あれは私のじゃない。私、あんなもの……」


 毒瓶は確かに見た。

 売ってる店にも行った。

 だけど、それを買っていないし、触れてもいない。


 それなのに、なぜこんなところにあるの?

 

 「うーん……この瓶にはやっぱり毒が入ってるのかな?」


 アースはそう言って、手袋をし、その瓶を取る。

 私も彼の近くに行き、その瓶をみた。

 よく観察して、何度も観察したが、瓶はゲームで登場したあの毒瓶そのもの。


 「これは証拠じゃないか、ルーシー?」


 ライアンは問い詰めるような声で、そう言ってきた。


 「いくら姉さんの部屋に毒の瓶があったからといって、確固たる証拠にはなりませんよ!」

 「そうです! ここに誰かが置いた可能性だってあります!」


 ライアンに対し、キーランとリリーが必死にそう訴える。

 でも、苦しい発言ね。

 一番疑わしい私の部屋に毒の瓶がある。


 毒瓶を他の誰かが置いた証拠はないから、もともと私が持っていたと考えるのが筋だろう。

 まぁ、私はあれを買って持ち帰った覚えはないのだけど。

 すると。

 

 「そういや、ルーシー。この前、街に1人で行ってたよねー?」

 

 と、アースがそんなことを問うてきた。


 「確かに行ったけど……あなたに言われたから行っただけよ」

 「その時、この毒瓶を買ったんじゃないの?」


 ライアンは怪訝そうな顔をして、私に詰め寄ってくる。

 それでも、私は堂々と答えた。

 

 ここで、否定しなかったら、怪しまれるものね。


 「いいえ、買ってないです」


 それを示す証拠なんてないけど。

 しかし、ライアンは信じられないのか、再度聞いてきた。


 「そういって、本当は買ったんじゃないの?」

 

 …………何度もしつこいわね。

 違うって言ってるのに、私の声が聞こえないのかしら?

 私は苛立って、反論しようとした瞬間。


 「……何度も聞くな、ライアン」


 先にエドガーが口を開いていた。

 それに対し、ライアンはため息をして、首を横に振る。


 「ねぇ、エドガー……君も見たでしょ。ルーシーの部屋に毒瓶が確かに置かれてあったのを。犯人は分かり切っているじゃない?」

 「そうだが、ルーシーが買った証拠がない。さっき、リリーが言ってたように、何者かがルーシーの部屋に入り込んで、そいつが置いた可能性もある」


 エドガーはそう言って、瓶の方に指をさす。

 

 「それに、その瓶の中身が、本当に毒かも分からない」

 

 確かに。

 紫色だったから、ついつい毒だと考えていたわ。


 「まぁ、仮にだ。その中身が本当に毒だったとして、ステラに飲ませた毒と同じかも分からない。たまたま、ルーシーが毒の入った瓶を持っていたのかもしれない」


 たまたま……それはないと思うわ。


 「不確定要素満載なのに、それでもお前はルーシーが犯人だと断言できるのか?」

 「…………」


 エドガーがそう言うと、ライアンは黙り込んだ。

 一方のアースはうんうんと頷いて。


 「それは確かにだねー。ねぇ、学園長、この瓶の中身を確認してもらえるー? 解析できるよねー?」

 「もちろんです」


 学園長はアースのお願いに、即座に受け入れる。

 あれ、どっちが偉い人なんだっけ?

 アースは王子だから、アースの方がお偉いさん?


 なんて考えていると、園長は毒瓶を持って、走り去っていった。

 きっと研究棟にでも向かったのだろう。


 「じゃあ、瓶の中身の解析は学園長に任せて……食堂に移動してみようか?」

 「え? なんで食堂?」

 「いや、ほらー? みんな、お腹空いたでしょー?」

 「…………」


 この人は一体何を言ってるのだか。

 証拠かもしれない毒瓶は見つけたけど、まだ犯人を見つけていないのに。


 「なーんてね、冗談だよ。証人探しに食堂に行こうか」

 「証人?」


 はて? 

 なんの証人なんだろう?

 それをアースに聞いてみると。

 

 「ルーシーがあの毒瓶を買ったことを示す証人さー」


 と、答えた。

 

 「アース、私はあの毒瓶を買っていないわ」

 「それはどうかなー?」


 アースはそう言って、ニヤリと笑う。

 私はそのアースの反応に違和感を感じた。


 アースが『私が毒瓶を買ったことを示す証人』を探そうしている。

 きっと、彼は私を犯人と見ているのだろう。

 でも、なぜ?


 アースが複数の未来を見ることができるのなら、私が無実だってことは分かるはずなのに。


 「ねぇ、アース」

 「何? ルーシー?」

 「アースは本当に犯人を見つけてくれるの?」

 「もちろん」


 アースは自信満々に答える。

 余裕なのか、笑みをこぼしていた。

 まさか彼がシナリオ通りにしようと、動かしているのかしら?


 …………ありえる。

 彼は神の声が聞こえる預言者だし。

 女神ティファニー様もアースのこと知っていたし。


 「ねぇ、アース。あなたは私の味方じゃないの?」


 気づけば、そう尋ねていた。

 聞いてしまったのは、これからどうなるのか怖ったせいかもしれない。

 てっきり、アースが乙女ゲームに登場しないキャラだったから、勝手に安心していたのかもしれない。


 すると、アースは一瞬キョトンして。

 

 「何言ってるのー。僕はいつだって君の味方さー」


 そして、優しい笑顔でそう言った。

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