66 毒
街に出かけた数日後の夜。
彼は突然訪れた。
イザベラがいつになく不機嫌に対応していたから、誰かと思ったけど、私の部屋に来ていたのは水色髪の少年――――アースだった。
私はあわてて身だしなみを整えて、彼を迎える。
「私の部屋まで来るなんて、どうしたの? てか、ここ、女子寮よ」
「安心してー。寮母さんには許可をもらっているよー」
「それならいいけど……こんな遅くに何の用なの?」
「ちょっとルーシーの部屋にきたくなっちゃって。部屋を見学させてもらえない?」
『きたくなっちゃった』ってねぇ。
アースの気まぐれっぷりに思わず呆れる。
「まぁいいわよ。入って」
「ありがとぉ~」
アースは私の部屋に入るなり、周囲を見渡し始めた。
「ルーシーの部屋って意外と物が置いてないねー」
「そうですか?」
「うん。もっと服とかおいてるかと思ってた……本が多いねー」
そう言われるとそうかもしれない。
以前リリーの部屋に入ったことがあったが、彼女の部屋は私ほど本は置かれていなかった。その代わり花がいっぱいあったな。女の子らしいとすごく思ったなぁ。
アースについて回っていると、肩をトントンと叩かれる。
「ルーシー様、ルーシー様」
振り向くと、イザベラが顔をしかめていた。
「どうしたの? イザベラ」
「ルーシー様、あの男をさっさと追い出しましょう」
「そうしたいけど、アースは私の部屋を見たいって言ってるし」
「そんなことはどうでもいいんですよ。だいたい、夜に突然女性の部屋に押し入ってきたんですよ? 隣国の王子とはいえ、失礼極まりありません」
「そうだけど…………」
さっきからアースは何かを探してるように、部屋を見ていた。
何かを探してるのだろうか?
「アース、私の部屋に何か用?」
「用? もちろん、用があってきたよ。女子寮と男子寮では部屋の構造に違いがあるかなって見に来たのさー」
ああ、なるほど。
それで細部まで見て、違いを発見しようとしてるのね。
「なぜわざわざ私の部屋まで来て、そんなことを確認しに? 明日やってもよかったんじゃない?」
「ルーシーは疑問を抱いたまま眠れるー?」
「…………できないわね」
「でしょー?」
私ならモヤモヤするから、解決するまで本を読んで考えたいかも。
周囲をじろじろと見渡すアースを傍から見守っていると、イザベラがアースを睨んでいることに気づいた。
「イザベラ、顔が険しいわ。いつも通りにしてちょうだい」
「すみません、その命令には従えません。私、あの男が嫌いです。いえ、大嫌いです」
「随分、ストレートに言うわね……」
「僕はイザベラぁのこと好きだけどなー」
アースが答えると、イザベラは舌打ち。
そんな様子を見て、彼は笑っていた。
…………コイツ、本物のサイコだ。
「イザベラぁ、一応言っておくけどさー、僕らの邪魔をしないでね?」
「邪魔ってなんのことでしょうか?」
「今、君が考えてることさー」
「え? イザベラ、アースの邪魔をしようとしてたの? それはダメよ、イザベラ。邪魔されて問題が解消されなかったら、アースはきっと眠れなくなるんだから」
私はその悪夢を経験したことがある。
気になることがあって、でも、確認できずにその日はモヤモヤのまま。結局熟睡することができず、朝起きるなりすぐさま図書館にダッシュで向かったことがあった。
彼も気持ちが理解できるのか、「そうだーそうだー」とアースも賛同する。
「邪魔したら、僕はそいつを絶対呪ってやる」
気持ちは分からなくはないけど、呪うまでしなくていいと思う。
すると、イザベラがバッと両手を横に広げた。彼女らしくない動きだった。
「アハっ、やれるのならやってみるといいわ! アストレアの王子様!」
ん?
「君、言ったね。絶対やってやる」
え?
アースはらしくなく真剣な顔で、イザベラは悪い女王様みたいな悪い笑みを浮かべ、2人はメンチを切っていた。
一触即発の空気に、私は分け入る。
「ちょちょ、イザベラ、そんな挑発しないの。相手は王子様よ……一回勝ったことがあるからってダメよ。あと、アースも落ち着いて。綺麗な顔が台無しよ」
アースが相手だから……ないとは思うけど、場合によっては私の立場も危うくなる可能性だってある。
だから、イザベラ。その顔は止めて。彼を睨まないで。
その後、イザベラは「すみません、つい取り乱してしまいました……」と謝ってくれたが、アースに謝ることはなく。
彼女はずっとアースに睨みをきかせていた。
――――――まぁ、アースが気にする様子はなかったけど。
そうして、王子と侍女の小さなケンカがあって、数十分後。
アースは私の部屋を見るだけ見て満足すると、帰っていった。
★★★★★★★★
「ルーシー様、私とお茶をしませんか?」
「もちろんです。行きましょうか」
この前一緒にお茶をして以来。
私は、ステラと自然にお茶をするようになっていた。
最初はライアンがいたら断ろうとか考えていた。
けど、彼女はいつも1人で誘ってきていたので、そのうち断るという選択肢は頭の中から消えていた。
彼女と話すのは普通に楽しかった。
彼女もかなり本を読んでいるようで、ある本や理論について議論するのは楽しくて。
今ではおすすめの本も教え合うようになっている。
それで、彼女と頻繁にお茶するようになったんだけど、周囲にも変化があった。
周りの人たちも、私たちが仲良くしているのは当たり前と受け止めるようになってくれた。
最近では、2人でサロンにいると、他の生徒から声をかけられることも多い。
普通に嬉しかった。
そして、今日もステラとお茶をするわけなんだけど。
改めてこの状況を冷静に考えてみると、めちゃめちゃ平和だと思う。
だって、ゲームみたいなことにはなってないし?
なんだったら、主人公ちゃんと仲良くなっているわけだし?
最高じゃん。
この調子であれば、悪役令嬢系の有名なライトノベルであったみたいな、友情エンドになるのでは!?
やったー! 私これといって何もしてないけど! やったー!
そんな感じで、心の中ではガッツポーズをしていた私だが、ステラとともに、厨房にきていた。
「じゃあ、準備しましょうか」
「はい」
席に着く前に、お茶やお菓子の準備。
最初はステラにやってもらっていた。
だが、彼女ばかりに準備させて申し訳なく思ったので、そのうち私もするようになり。
今では2人で準備するようになっていた。
彼女はいつもお菓子を作ってくれていた。
彼女のお菓子はこれまた美味しかった。
カイルのもかなり美味しいんだけど、彼と並ぶくらいステラのお菓子も美味。
まぁ、今日はステラのお菓子はないんだけど。
いつも彼女にお菓子を作ってもらうばかりだったので、今日は私が準備。
この前カイルと行った『ルクシエール』という店でケーキを購入。
それで、買ってすぐにこの冷蔵庫に入れたんだよねー。
厨房の冷蔵庫から、『ラザフォード』の名前を書かれた箱を取り出す。
そして、その箱を開けると、イチゴのショートケーキが2切れ入っていた。
「美味しそうですね。ルーシー様、ケーキ本当にありがとうございます」
「気にしないで。ずっとステラさんに作ってもらうばかりだったから、そのお礼よ」
そうして、準備ができたら、サロンへ移動。
今日は2人だけど、他の人も参加することがある。
特に来ることが多いのはカイルやキーラン、エドガー、リリーの4人だろうか。
たまに、ゾーイ先輩やハイパティア会長もいらっしゃることもあった。
しかし、アースが来ることはなかった。
一度だけアースを誘ったことがあったが、彼は『僕、忙しいからパスー』と断られてしまった。
ステラもライアンも誘ったことがあるらしいが、ライアンが来ることはなかった。
というように、大勢でする日もあるのだけど、今日は私とステラの2人きり。
他のみんなは用事があって行けないと言っていた。
たぶん、生徒会の用事だと思う。
ステラは生徒会役員だけど、今日は会長から休めと言われたらしい。
いつもの席に向かい、ティーカップやお菓子を置く。
そして、ステラがティーカップにお茶を注いでいった。
ちなみに、今日の紅茶はアップルティー。
これはケーキのついでに、私が用意していたもの。
私は一通り準備が終わったので、席についた。
「ステラさんって、お茶を入れるのはとても上手よね」
「そうですか?」
「うん。所作も丁寧。美しいと思う」
「ありがとうございます」
「じゃあ、さっそくいただきましょうか?」
「はい」
ティーを一口飲む。
紅茶は相変わらず最高。お茶葉もいいのもあるんだろうけど、ステラが入れるのは他の人が入れるのは各段に違う。
さすが主人公。ブラボーよ。
「ルーシー様、凄く嬉しそうですね」
「え、そう?」
「はい」
あら、顔に出ていたのかしら。
「ステラさんも遠慮せずに、どうぞ」
「じゃあ、失礼します」
次のターゲットはやはりケーキ。
あの店のショートケーキは食べたことがなかったから、楽しみだった。
私はフォークを持ち、ケーキをロックオン。
そして、食べようとした瞬間――――。
「っ!!」
――――ガシャン。
ティーカップが床に落ち、盛大に割れる。
割れた音はサロン中に響き、みんながこちらに向く。
でも、そのティーカップを落としたのは私じゃない。
正面にいる彼女が落としていた。
「え? ステラさん?」
ステラは首を両手で押さえて、苦しそうにしていた。
彼女は、即座に光魔法を自身にかける。
それでも、回復はしない。苦しそうにもがいていた。
「ステラさん? え、ステラさん!?」
首をかく彼女の体はそのうち椅子から落ち、床に転がる。
…………これって、もしかして、毒?
うそ。毒がもられていたの?
え? なんで? なんでステラの紅茶に? 誰が入れたの?
「誰か! すぐにヒーラーの方を呼んできて! そこのあなた、ヒーラーを今すぐ呼んでもらえますか!」
「は、はい!」
近くにいた生徒に指示を出し、私はステラさんのところに駆け寄る。
彼女の体は電気が流れたように、くねくねと動く。不自然だった。
まさか、けいれんしてるの?
「ステラさんっ?!」
私は彼女の周りから物をどけ、身の安全を確保する。
一時すると、けいれんはおさまる。彼女は意識があるのか、自身に光魔法をかけていた。
「った、うけ、ぅを……だぇ、か」
「呼びました。すぐに来ます!」
そう声をかけるが、彼女の瞳は四方八方にちらついていた。
どうしよう。
何もできない。
したいけど、何もできない………。
――――――――いや、待って。
私にもできることはあるかもしれない。
可能性レベルの話にはなるし、あの魔法は使えた試しがないけれど。
ヒーラーがくるまで何もすることがないのなら、やった方がいい。
――――もし、私が月の聖女であるのなら、光魔法を使うことはできるから。
それにこの感じは嫌な予感がする。
あと、普通にステラが死ぬのは嫌だ。
この人は本当にいい人だから、私の……友人だから、どうか死なないでほしい。
私は跪き、彼女の手をぎゅっと握る。
そして、全身の魔力を込めた。
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