68 運命 後編

 結局、アースに言われるままに、私たちは食堂に向かった。

 お昼になったこともあり、食堂には生徒で溢れかえっている。


 「ねぇ、みんな! 注目!」


 その騒がしい中で、アースはみんなに聞こえるよう、叫んだ。


 「みんな、僕のこと知ってると思うけど、一応自己紹介するよー! 僕、アストレア王国のアース・ステルラアリー・アストレア! ちょっと聞きたいことがあるだけど、この中に、僕の隣にいるラザフォード家のご令嬢を街で見かけた人いるー? はーい! 見たことある人は手を挙げてみてー!」


 まるで、教育テレビのお姉さんお兄さんみたく元気なアース。

 彼の問いに対し、ほとんどの子は周囲をキョロキョロするだけ。

 

 …………いない、のかな?


 そう思っていると、1つの手が真っすぐ挙がった。

 手を挙げていたのは、紺色髪の1人の少年。

 ん?

 この子、どっかで見たことがあるような。

 

 「はい! 君の名前はー?」

 「ジェイク・スピカです」

 「ちょっと話を聞かせてもらってもいいかなー?」

 「はい、分かりました」


 ……ああ、分かったわ。

 この子、リリーと戦った子だわ。

 呼ばれたジェイクはこちらにやってくる。

 彼の他に、金髪の男子生徒も一緒にやってきた。


 「ルーシーを見かけたっていうのはいつー?」

 「この前の休日ですかね。僕らで街に出かけていたんですが、その時ご令嬢をお見掛けしました」

 

 え、うそ?

 変装していたのに、バレたの?

 …………髪を染めればよかったわ。


 「なぁ、お前も見たよな、ミカ?」

 「ああ、俺も見たぜ。あの時の令嬢はすごく貧相な格好をしてたが、でもあれは確かにラザフォードのご令嬢をだった。俺の目に狂いはないぜ」

 「確実じゃない」


 金髪少年の言葉に、カイルが冷淡に反論する。

 見られたことを言われてほしくない思いがあったけど…………でも、そんなに睨まない方が。

 案の定、ミカという少年は、きぃっとカイルを睨み返してきた。


 「あぁん? 俺の目にいちゃもんつける気か? アッシュバーナム? 嘘発見器でも持ってこいよ」

 「ちょ、やめろよ、ミカ」


 けんかをおっぱじめようとするミカを、ジェイクはあわてて止める。

 ミカって子、結構沸点低いのね。

 「あぁん?」とかチンピラに見えてくるわ。


 「それで、ルーシーはどっか怪しい店に行ってなかった?」

 「うーん、怪しい店ですか。どうだったかな? ミカ?」

 「あ、俺覚えてるぞ。令嬢が大通りから外れたヤバそうな店にいたな。品をじっくり見ていたようだが……あの店は確実にクスリとか売ってる店だったぜ」


 「クスリねー。じゃあ、彼女が何か買っていたのは見ていなかった?」

 「あーどうだったかな……あ! いや! 見た! 何を買っているのか見えなかったけど、その怪しい店で何かを買っていたのは見た!」

 「このくらいの大きさのものかーい?」

 

 アースは毒瓶の大きさを手で示す。

 すると、ミカは。


 「まぁ、そのくらいだったと思う」


 と答えていた。

 そのくらいだったって適当すぎじゃないの。


 「アース、私がその店で買ったのはブレスレッドよ。毒瓶なんて買ってない。買ったブレスレッドは私の部屋にあるわ」

 「ブレスレッドと一緒に買った可能性もあるかもー?」

 「それはない。買ったならちゃんと覚えているわ」

 「それなら、領収書とかあるのー?」

 「…………ない、けど……でも! 買ってないの!」


 アースに苦し紛れの訴えをしていると、学園長が戻ってきた。

 かなり急いでやったのか、彼は息を切らしている。


 「学園長、おかえり。結果はどうだった?」

 「やはり……毒でした。マクティアさんが口にしたものと同じでした」

 「そう。ありがとう、学園長。これで犯人が大体誰か分かったね」


 と言って、アースはうんうんと頷く。

 犯人が分かったって…………。

 

 「アース。私、さっきから言ってるでしょ? 毒なんて買ってないの」

 「そうー。じゃあ、誰が犯人なのー?」


 それは私にも分からない。

 まぁ、なんとなく思いつくのは……ステラ自身が自分で毒を盛ったことぐらい。


 ――――――――でも。


 それなら、なぜ彼女は自分があんなに苦しむような猛毒を使ったのだろう?

 という疑問が出てくる。


 強い毒を使うのはリスキーだから、もう少し軽い毒にする。

 軽いものなら、光魔法が使えるステラは自分で解毒できるし。


 それに彼女の動機が分からない。

 こうなることを読んでいたのなら、目的は私をはめるため?

 なら、なぜ私を? ライアンの婚約者だから? 邪魔だったから?


 ああ…………そう考えると、婚約者に消えてもらうためにする、動機があるのか。

 ステラはライアンに好意を寄せているだろうし、ありえるけれども。


 優しい彼女がいくらライアンが好きだからってそんなことをすると思えない。


 「君はマクティアさんが倒れた時、一番近くにいた。その時食べたお菓子はルーシー、君が用意したらしいね」

 

 確かに、あの日だけ私がお菓子を用意した。

 でも、別にステラを殺すためにしたんじゃない。

 いつも作ってくれていたから、そのお礼にと思って、持ってきただけで。

 

 「あと、マクティアさんが口にした毒と同じものが入った瓶が君の部屋にあった。それに加えて、君が怪しい店に行ったという目撃もあった」

 

 そうだけど、そうだけど…………。

 今アースが言っていることは、私が犯人だということを示す証拠。

 でも、やっていないのが事実。

 それが事実なのに。


 「私は、毒瓶を買った覚えもないし、あれに触れたこともない」

 「その証明は?」

 「…………」


 その証明ができない。


 「ねぇ、ルーシー。自白したらどう? 言った方が楽になれるよ」


 そう言って、アースは優しい笑みで促してくる。


 「…………私はやってない。毒瓶なんて買ってない」

 「そう。自白はしないんだね。じゃあ……ライアンに任せるよ」


 アースはその場を去っていく。

 その途中で、彼は私の肩をポンと手を置いて。


 「安心して、ルーシー」


 耳元で小さく呟いてきた。


 「何が起こっても、僕らは君の味方だから」

 「え?」

 「君が1人になっても大丈夫だから」


 そう言ってきたが、彼の言った意味が全く分からなかった。

 リリーとエドガー、キーランは、去っていくアースに必死に訴えていた。

 

 「アース様、ルーシー様が犯人ってどういうことですか!?」

 「そうだ! アース! お前なら全てを知る神の言葉聞けるのだろう? 聞けば、ルーシーが犯人じゃないことぐらい分かるだろう!」

 「姉さんが犯人とするのはまだ早い! 証拠不十分なのに!」


 背後にいたカイル。

 彼は私の近くにいてくれた。


 「ルーシー……大丈夫?」

 「ええ、大丈夫」

 

 そして、目の前にはライアンとステラ。

 今日朝会った時と同じように、ステラの方はライアンの背後にいるけれど。

 ライアンからはいつになく威圧感を感じた。


 「殿下、聞いてください。私はやっていません」

 「黙れ、犯罪者」

 

 犯罪者、だなんて。


 「殿下、私は…………やっていません」


 何も根拠も証拠もないけれど。

 それでも私は最後まで無罪を主張する。


 しかし、ライアンは目を閉じ、大きく溜息。

 …………ああ。

 もう聞く耳は持ってくれなさそうね。


 「ああ、もう君にはうんざりだ」

 

 私もよ。

 ああ…………この感じ見たことがある。

 ゲームのルーシーが断罪される時だ。

 別に、私ステラをいじめたり、殺そうとしたりはしていないのに。

 なんでこうなったのやら。


 でも、前世の記憶を思い出した日から分かっていた。


 「ルーシー・ラザフォード」

 

 こんな日が来ることを。

 

 「君との婚約を破棄する!」


 ライアンはみんなに聞こえるよう、大声でそう言った。

 本当は来てほしくなかった。

 本当は平和に何事もなく、過ごしたかった。

 結構この学園好きだったし、人もライアン以外はいいと思ったし。


 …………。

 アースは……まぁ、うん。

 めちゃくちゃ嫌ってわけじゃなかったし。

 まぁ、好きだったわよ。


 「そして、君を国外追放とする!」


 でも、もうここにはいられない。

 こうなるんだったら、もう少し心の準備をする時間が欲しかったわ。 


 「殿下、待ってください。そこまですることは――」

 「カイル、黙ってもらえるかな? 今、僕はルーシーと話しているんだ。君が僕とルーシーの話を邪魔するなら、どうなるか分かってるよね?」


 ライアンは強気で脅してくる。

 カイル、大丈夫。

 私は何を言われても、命令されても平気だから。

 

 「もうルーシーは分かっているだろうけど、一応話しておこうか。君を国外追放とする理由は、僕の友人ステラを毒殺しようとしていたこと」


 ライトノベルとか漫画には、悪役令嬢が婚約破棄されて、追放された後も幸せそうに暮らす話もある。


 ――――――――うん、ポジティブに考えよう。


 みんなとは別れることになるけど、絶対に会えないわけじゃない。

 生きていれば……きっと会える。


 「だから、二度とステラに近づけないように、国外追放とする」


 ライアンは笑みを浮かべる。


 「君は僕の元・婚約者だから、これでも配慮したんだ。牢屋行きよりかはまだマシでしょ」

 「はい…………承知いたしました」


 配慮ね。

 まぁ、死なないだけマシか。


 「殿下、では。今までありがとうございました」


 そう言って、私は頭を下げる。

 そして、くるりと翻し、歩き始めた。


 でも、これでよかったのかも。

 なんかずっと引っかかってたものがとれた。

 

 自然と背筋が伸びる。


 食堂を、学校を立ち去ろうと、歩いていく。


 「待って、ルーシー」


 その途中で、カイルに引き留められた。


 「心配はいらないわ、カイル。国外追放といっても、国外ならいつでも会えるもの」


 冤罪ではあるけれど、私は殺人未遂の容疑をかけられた。

 輝かしい未来があるであろう彼を巻き込んではいけない。

 だから――――。


 「じゃあね。カイル」


 涙をのんで、私は笑う。


 「姉さん!」

 「ルーシー様!」

 「ルーシー!」


 …………キーラン、リリー、エドガー。

 3人も呼び止めてくれていた。

 彼らは今にも泣きそうだった。


 「みんな、今までありがとう……さようなら」


 寂しいけど、みんな。

 一旦、ばいばい。

 大丈夫。

 またどこかで会えるから。

 心配しないで。


 私は彼らに一礼し、そして、背を向け、一歩を踏み出した。















 「待って!」

 










 その瞬間、背後から聞こえてきたのは引き留める声。

 その声の主はエドガーでも、リリーでも、キーランでも、カイルでもない。

 もちろん、ライアンでもない。












 …………なんで? 

 なんで、あの子が?

 信じられず振り向く。

 









 「ルーシー様、お待ちください!」

 「……ステラさん」


 なぜか、ステラが私を呼んでいた。


 「ステラ……君、何してるの?」


 ライアンが引き留めようと腕を掴むが、ステラは彼を振り払う。


 「え? なんで? 君は僕と結婚してくれるんじゃ……」

 「ハッ、あんたと結婚なんてするもんかよ、きしょくわりぃ」

 「え?」「は?」


 私は思わず驚きの声が漏れる。

 ライアンも同じように衝撃を受けていた。

 結婚しない? 

 いつも一緒にいたのに? 

 え? うそでしょ?


 …………いや、聞き間違いよ。きっと私の聞き間違い。


 すると、ステラはライアンと向き合う。


 「どうせお前と話すのは最後だから、全部話してやるよ――」


 彼女の顔つきは、今までに見せたことのない険しい顔。

 ゴミを見るような目でライアンを見ていた。


 「ルーシー様と婚約しておきながら、お前、なんつった? 幸せじゃない? はぁ? ふざけんなよ? ルーシーと婚約していたお前は世界一幸せ者だったんだ……今はもう違うけど」

 

 ステラの口調は、別人のようにがらりと変わっていた。


 「それなのに! お前が私に言ってきたことは!? 『君しかいない』!?」


 普段の様子からは想像もできないほど、彼女は怒鳴り声を響かせる。

 そして、ライアンの胸を思いっきり押して、押して、押して。

 王子は押されるままに、後ろへと下がっていく。


 激怒のステラに、ライアンは唖然としていた。


 一体何が起きてるの…………?


 「ふざけんなよ! きもいんだよ! 最高の女の子と婚約してるのに、浮気するなんて! ばっかじゃない!? アホじゃない!? このクソ王子! F〇〇K! くたばりやがれ!」


 一息でそう言い放ったステラ。

 うそでしょ…………この子、誰? 

 本当にあの主人公ステラ

 そう思えるほどに、数分で彼女に対するイメージが一気に変わった。


 彼女のスピーチに圧倒され、食堂が静寂に包まれる。

 誰かがスプーンを落としたのか、カランという音が聞こえてくる。


 そんな中、ステラは1人深呼吸。

 落ち着くとライアンから離れ、こちらに歩いてきた。


 彼女の足音だけが食堂に響く。


 「ルーシー様……いや、ルーシー!」


 ステラはこちらを真っすぐ見て、私の名前を叫ぶ。

 名前を急に呼ばれたので、私は少しびっくり。

 

 …………一体、何が起こっているの? 


 彼女はこちらに向かって歩きながら、ポケットの中から何かを取り出していた。

 あれは……箱?

 ステラは随分と小さい箱を持っていた。


 「こんな風になってしまったこと本当に申し訳ない……です。もっといい方法があったのかもしれない」


 そう話す彼女の声は徐々に低く・・なっていく。


 「でも、私――いや、がやってきたことは全部全部あなたのため」


 ステラは私の前までやってくると、その場で跪いた。


 「僕はルーシー様を愛してます。性別は女ですけど……あなたが好きだ。愛してる」


 え? 

 は?


 ステラが私を……愛してる? 

 へ? 

 何を言ってるの?


 彼女は小さな箱をぱかりと開け、中を私に見せる。

 箱の中には1つの指輪が入っていた。


 「ルーシー・イヴァ・ラザフォード」


 大きな紫の宝石が付いたその指輪。 

 指輪の内側には永遠を示す「∞」のマークがあった。

 形は以前のものとは違う。

 だけど、これは確かにあれだわ。


 「このステラ・マクティアと結婚してください!」

 

 ステラが持っていたその指輪。

 それは―――――いつかの私が庭に捨てた指輪だった。

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