21 転生者 前編

 窓から入ってくる太陽の光。

 今日は随分といい天気だった。散歩するには絶好の天気だろう。

 しかし、私の気分は浮かない。


 「はぁ……」

 

 重い溜息が思わず漏れる。

 なぜ、私がこんなにやつれているか。

 

 それは今日がお茶会がある日だから。

 主催者は私。

 当然気分は乗るはずもなく。ベッドから出る気力が全く湧かなかった。


 先日の王城のお茶会も気が向かなかったのに、今度は自分で開くなんて。

 めんどくさ。


 しかし、お母様にしつこく言われ、私は強制的にお茶会を開催。

 聞いた話だと、他の令嬢がバンバン開いているらしい。

 それで、お母様は一度も開いていない私を気にしていたよう。


 それなら、別に私が開かなくてよくない? 

 他のご令嬢さんに社交界任せていてよくない?

 私は数年後すれば退場するのだし。

 ああ、のんびり本を読んでいたいわ。


 そして、今日の朝。

 侍女のイザベラに大声で起こされたが、私はベッドから出ようとしなかった。

 だから、彼女は――――――。


 「ルーシー様、いい加減にしてくださいませ! 今日は大事なお茶会ですよ! ルーシー様が主催者なのですよ」

 「だから、私お布団の中から出たくないのよ!」

 

 だって、あのライアンも来るのでしょう?

 嫌よ。何としてでも、ベッドから出ないわ。


 と考えていたが、イザベラに布団を引きはがされ、私は無理やりベッドから出される。

 そして、ドレスに着替えさせられたが、それでも私はベットに戻ろうと粘った。


 「ルーシー様! 初めての主催でご緊張なられているのは分かりますが、ご覚悟してくださいませ! これから何度もあるのですよ!」

 

 はぁ? 何度も!?

 いやよ、絶対自分からお茶会なんて開くもんですか。

 今日が最後よ。

 

 いいえ、今日も開かないわ……だって、主催者はベッドから出ないんですもの。


 とベッドに戻ろうと、イザベラと格闘していると。

 

 「姉さん、朝食食べていないみたいだけど大丈夫? ……って、あれ? どうしたの?」

 

 着替えを済ませたキーランがやってきた。


 「あ、キーラン様。お助けくださいませ。ルーシー様がベッドに戻ろうとしておりまして」

 「え?」

 「キーラン、おはよう! ちょっと私はどうも調子悪いみたいだから、今日のお茶会はあなたに任せたわ。グッドラック!」


 「何がグッドラックですか、ルーシー様。こんなに力があるのに、調子が悪いって。嘘はいけませんよ」

 「アハハ……嘘じゃないわよ。私はの調子が悪いのよ。ねぇ、この手を放して。今日寝ながら本を読んだら、明日には元気になるから。だから、その手を放して、イザベラ」


 まだ、カイルたちとおしゃべりするぐらいなら、まだいいわ。気楽だもの。

 でも、ライアンあの王子が近くにいると思うと、嫌なの。つらいの。

 

 「姉さん、お茶会が嫌なの?」

 「ええ、嫌よ」

 「そっかぁ」


 すると、キーランはイザベラに「姉さんの手を放してあげて」と言った。

 やった! キーランはやっぱり私の味方なのね!

 と素早くベッドに戻ろうと、駆ける。

 

 しかし、ベッドに戻れなかった。

 なぜか私の体は浮いていた。


 「ねぇ、姉さん。僕はお茶会好きだよ。姉さんのドレス姿が見られるんだもん」

 「キ、キーラン!?」

 

 私はキーランの元へと飛んでいき、そして、彼にお姫様抱っこされた。

 くっ。


 キーラン。

 あなたは私の味方じゃなかったのね。

 やられたわ。


 「……分かった。お茶会には行く。だけど、下して。このまま行くのはさすがに恥ずかしい」

 「恥ずかしいの? 僕はこの状態で挨拶するのもいいと思うけど」

 

 真顔でそんなことを言うキーラン。

 この弟は少しおかしい。いや、少しどころじゃないか。

 

 「それは相手に失礼だわ。さぁ、私の気が変わらないうちにおろして」

 「はーい」




 ★★★★★★★★




 ルーシー・ラザフォードが開く今日のお茶会。

 そのお茶会の会場は庭。

 この前の王城のお茶会は室内だったけど、今回は屋外だ。


 多くの人を招待したが、ラザフォード家の庭は広いので問題はない。

 一応セッティングも確認したが、予定通り行えていた。


 さすが、ラザフォード家の使用人。ミスがないわ。


 そして、時間になると、やってきたご令嬢やご子息の人を迎えた。

 その中にはカイル、リリー、エドガー、そして、ライアンが。


 ………………あーあ。ライアンも来たかぁ。

 そりゃあそうよね。

 私、彼に招待状を送ったのだもの。


 さすがに婚約者のお茶会には来るか。

 

 普段は静かなラザフォードの庭。

 その庭は今日は多くの人で賑わっていた。


 お茶会が始まり、私は全体への挨拶を終えると、個人への挨拶に回る。

 そして、ちょうどそれが終わった頃、カイルが私の元にやってきた。


 「ルーシー、今日はお招きありがとう。ルーシーのお茶会に参加できて、嬉しかった」

 「それはよかった。まぁ、あなたのことだから、招待状なんかださなくても、いつもどおりここに来たでしょうね」


 私がそう言うと、カイルは「まぁね」と言って笑う。

 ……この人、本当に招待状を受け取っていなくても、ここに来たわね。

 まぁ、ラザフォード家に毎日顔を出しているカイルに招待状を出さないはずがないのだけれど。


 「ねぇ、ルーシー。今回のお茶会って君にとって初めての主催なんだよね?」

 「ええ」

 「それってちょっと意外だったなぁ」

 「意外?」

 

 はて。

 一体どこに意外な要素があるのだろう?

 

 「ルーシーってもっとお茶会をしているイメージがあったから、少し意外だったんだよ」

 「私ってそんなイメージがあったの?」

 「うん、少し前まではね。今はルーシーのことをちゃんと知ってるから、みじんもそう思わないよ。それで使用人の服もいつもと違うけど、君の指示?」

 「まぁ、そうね」

 

 いつもの使用人の服だと、特別感がないような気がしたので、使用人にも服を着替えるようにしていた。

 まぁ、みんな同じ服なのだけれどね。


 そうして、カイルと2人で話していると、キーラン、リリー、エドガー王子がやってきた。


 「ルーシー様、お久しぶりです。お元気にでしたか?」

 「ええ。リリー様もお元気そうですね」

 「はい! ルーシー様にお会いできたので、そりゃあもう元気ですよ!」

 

 リリーは前と変わらず、満面の笑みを浮かべていた。 

 ゲームとは全く違う態度のリリー。

 そんな彼女に少し救われたような気がした。

 

 「エドガー様もお元気そうで」

 「ああ。ルーシーも元気そうでなによりだ。それに今日の服も似合っている」


 あはは、きっとお世辞とかだろうけど。

 「ありがとうございます」と私は一応答えておく。


 すると、周囲から。


 「殿下がご自分からお話されましたわ」

 「エドガー様が挨拶以外でお話されている所、私初めてみましたの」

 「殿下ってお話されるんだな」


 なんて声が聞こえてきた。

 え?

 この人、普段しゃべらないの?


 この前はあんなにしゃべってきたのに? うそでしょ?

 とエドガーに驚いていると、ポンと両肩に手を置かれた。

 後ろを見ると、立っていたのはキーラン。


 「姉さん、疲れたでしょ? 椅子があるし、お茶も用意してるから、あっちで休憩しない?」

 「あ、それなら僕も行くよ」

 「私も行きますわ」

 「俺も」

 

 え? あななたちもついてくるの。

 断る時間もなく、私は背中を押され、隅の方にあった椅子に向かう。


 その時、彼の姿が目に入った。

 …………あそこにいるのはライアン。

 彼はご令嬢からダンスを誘われているようで、爽やかな態度で対応していた。

 まぁ、でも、全ての誘いを断っていたみたいだけど。


 耳を澄ませると、「僕にはルーシーがいるから、ごめんね」という彼の声が聞こえてくる。

 ハッ。

 本当に私を令嬢除けとして使ってる――――ムカつく。

 

 私はフンと鼻をならし、自分の足で歩く。そして、椅子に座った。

 他の椅子にカイルたちが自然に座り、ライアンとヒロインちゃん以外のゲームキャラクターが集まった。


 すごく……不思議な空間ね。

 ゲームのシナリオのことを思うと。


 その後はカイルたちおしゃべり。

 といっても、私はほぼ聞いていただけだけ。

 ほとんどがカイルたち4人が話していた。

 

 そうして、カイルたちとおしゃべりを楽しんでいると。

 今までこちらに話しかけようとも、近づこうともしていなかったライアンがやってきていた。

 彼が来たとたん、なぜかカイルたちはシーンと静かになる。

 

 王子が来て、萎縮しているのだろうか。

 でも、なんでエドガーまでもが萎縮? あなたのお兄さんでしょ?

 

 「殿下、何か問題でもありましたか?」

 「ねぇ、ルーシー」

 「はい。ルーシーでございます……もしかして、うちの使用人が何か無礼を?」


 そう尋ねると、ライアンは横に首を振った。


 「いいや、そんなことではないよ。そんなことで君に声を掛けたりしないよ」

 

 じゃあ、一体何の用なのだろうか。

 挨拶以外今まで自分から話しかけてくることはなかったくせに。


 「ねぇ、僕にちょっと時間をくれる? エドガーやアッシュバーナムさんたちにも悪いけど、ルーシーを借りていいかな」


 すると、ライアンはカイルたちにニコリと微笑む。

 その笑みは演技。それはすぐに分かった。


 そして、彼は怒っている。

 私はそう直感した。


 一体何に怒っているのだろう?

 カイルたちと仲良くしていたこと? 

 弟のエドガーと仲良くしていたこと?

 令嬢除けとして使えないことに苛立っているとか?


 そうして、私たちは会場となっている庭を離れ、2人で話せる場所へと向かう。

 私たちは隣を歩くことはなく。


 ライアンは先を歩き、私は彼についていくという形に。

 前を歩くライアンは一言も発さず黙ったまま。

 私の家なのに、彼は迷わずずかずかと進んでいた。


 そして、一時歩くと、誰もいない中庭に着き。

 ライアンはベンチを見つけると、そこに座った。

 私も彼に一礼し、少し離れたところに座る。


 そして、どのくらい時間が経っただろうか。

 と思うぐらい私たちは黙ったままだった。

 

 彼から話をしてくれると思って、私は黙っていたんだけどね。

 待ち切れなくなった私は、隣の彼にちらりと目をやる。

 

 彼はこちらに向くことはなく、空を見上げてぼっーとしていた。

 何を考えているのかは知らないが、彼の瞳は随分とくたびれている様子。


 令嬢たちに囲まれて疲れたっぽいわね。

 それで私を使って、静かな場所に行こうと―――――。


 「君は一体何がしたいの?」

 「え?」


 ずっと黙っていたライアン。

 彼は突然言葉を発した。

 何がしたいって……。


 「……特にしたいことなどありません」


 特にしたいことはない。私に大きな夢などない。

 本を読んで、勉強できればなんでもない。


 まぁ、本音を言えば、たとえヒロインちゃんと出会っても平和に生きていきたい。

 というのがあるけれど。


 こんなことをライアンに言ったって意味はない。言ったところで、彼は私をおかしなやつだと思うだろう。


 すると、ライアンはアハハと呆れたように笑い始めた。


 「ねぇ、そんなのはウソなんだろ。本当はこんな世界なんて嫌なんだろ? こんな世界、ぶっ壊したいんだろう?」

 「殿下、一体何の話を―――――」





 「ねぇ、死んでルーシー」


 

 

 「え?」


 私はライアンの方を見ると、彼の手には炎があった。

 え? 

 なんで、今、魔法?


 ……まさか、ライアンは私を攻撃しようとしているっていうの?

 魔法なんて使われたら、私は無抵抗で殺される。


 うそでしょ。

 シナリオはおろか、学校が始まる前に殺されるなんて。

 

 「僕の世界から消えてよ、ルーシー」


 ライアンの炎はさらに激しさを増す。

 しかし、私の体は動かない。顔すら動かなかった。

 私はじっと彼を見つめるだけ。

 怖くて目が離せなかった。


 その彼の青い瞳はとんでもない殺意に燃えていたような気がした。




 ★★★★★★★★

 



 一方、残された4人はというと。

 それはそれは静かで。誰も近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 それも当然。

 彼らはルーシーにしか興味がない。

 

 そして、ルーシーにしか眼中にない彼らはお互いに敵だと思っている。

 そうして、カイルたちは黙ったままルーシーを待つこと数分後。


 パリンっ―――――!!


 何かが割れたような音が会場に響いた。

 その音はカイルたちの耳にも届く。

 黙りこくっていた4人だが、音の方を追ってそちらに顔を向けた。


 庭中央を通るレンガの道。

 その上には割れたカップが。


 それを目の前にしていたのは1人の少女。

 使用人服をまとう彼女は青ざめた顔を浮かべている。

 令嬢たちからは怒られ、他の使用人たちからも嫌そうにされていた。


 しかし、4人は違った。


 ガタッ。


 椅子が地面に倒れる。

 その金髪少女の姿を見た瞬間、カイルたち4人は一斉に立ち上がっていた。


 「「「「ステラ」」」」


 そして、同時に彼女の名前を口にしていた。


 「「「「え?」」」」


 4人はお互いに目を合わせる。

 ありえない、うそだろ、そんなバカな、だと小さく呟く彼ら。

 そんな4人の瞳は見開ききっていた。

 

 割れたカップのかけらを拾う少女。

 彼女の名前はTwin Flameあのゲームを知っている者しか分からない。


 だが、目の前にいる3人は彼女の名前を呼んだ。

 それぞれにカイルたちはそんなまさか、と互いを疑う。

 

 驚きのあまり4人は突っ立って黙ったまま。

 しかし、一時してカイルがその沈黙を破った。


 「ねぇ」

 「………………なに、カイル?」


 カイルはゴクリと息を飲み、その質問をぶつけた。

 

 「君たち、なんでヒロインちゃんの名前を知ってるの?」

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