20 エドガー視点:また会う約束を
「お初にお目にかかります、殿下。私はルーシーと申します」
美しい銀髪をなびかせるルーシー。
光の加減もあるだろうが、目の前の彼女は今まで見た中でずっと美しく見えた。
そんな彼女は丁寧に挨拶と一礼。
それを見た瞬間、自分の立場を思い出す。
俺、王子。そして、彼女は兄の婚約者で公爵令嬢。
彼女に「俺、お前のこと大好きなんだ! 今すぐ兄と婚約破棄して俺と結婚してくれ」なんて急には言えない。絶対に言えない。
――――――――――――でも、将来いつかそれを言える関係になればいい。
「ああ、お前のことは知ってる。ライアンの婚約者だからな…………リリーもここにいたのか」
そう言うと、リリーはコクリとうなづく。
「それで………お前たちはこんなところで何をしていたんだ?」
そう問いかけると、ルーシーが「彼女と少しおしゃべりをしていました」と答えてくれた。
リリーとおしゃべり………………ゲームではあんなにも仲が悪かったこの2人がか?
俺は訝しげに「ふーん」と呟く。
それになんでこんなところに薔薇があるんだ?
毎年見てきたこの庭だが、ここの薔薇はいつも春に咲く。
だが、今は夏。中庭の薔薇が咲くはずはなかった。
そのことも尋ねてみると。
「リリー様が魔法で作ってくださったのです」
とまたルーシーが答えてくれた。
なるほど。
そういや
いや、でもなんで薔薇をルーシーに? しかもこんなに大量に。
まさか、
俺は首を横に振る。
それはないだろ。女同士だぞ。
………………………………いや、でもありうるのか。
姉貴はボーイズラブとかガールズラブとか2次元の世界では普通だ、って言ってたし。
この世界、元はゲームだし。
そう考えると、ありうるのか? マジ?
なんて考えながらも、俺はベンチに座る。
「なぁ、ルーシーもここに座らないか?」
「へ?」
こっちに来てくれといわんばかりに、隣をトントンと叩いてみせた。
しかし、ルーシーはぼっーと突っ立ったまま。
まだトントンと隣を叩くと、彼女はようやく座ってくれた。
きっと王子である俺の隣に座るのに遠慮したのだろう。
でも、近くに座ってくれた。
ヤバい。隣に推しがいる。
ああ、姉貴。
今の俺は最高だよ。
『何言ってんの。もっと最高の瞬間があるでしょう』
目を閉じると、ふとそんな姉の声が聞こえてくる。
『ライアン王子から奪うんでしょ。本気でルーシーを推してるんだったら、とっとと奪ってきなさい』
そうだな、姉貴。
俺はルーシーとお友達どまりでいるつもりはない。
恋人になって、ルーシーとともにゲームとは違うエンドを迎えるんだ。
幸せエンドを迎えるんだ。
隣のルーシーの方をちらりと見る。
彼女はどうやら緊張しているようで、顔が少しこわばっていた。
まずはルーシーの興味を俺の方に向けないとな。
「せっかくだし、俺の魔法でも見るか?」
「へ?」
困惑顔を見せながらも、キラキラな瞳を向けるルーシー。
おっ。
やっぱり魔法をあまり使えないから、興味を持ってくれたか。
そして、俺が魔法を見せようとした時、邪魔が入った。
「主催者である殿下は早く戻らなくてはならないのでは? 多くのご令嬢がお待ちしているかと思いますよ」
そう言ってきたリリー。
彼女は優しい笑みを浮かべていた。
しかし、リリーの言葉にはどこか棘が。
「それを言うのなら、侯爵令嬢の方も待っている方がいるんじゃないのか?」
「アハハ、私を待っている方などいませんよ」
俺も笑みを浮かべる。
が、心の中では一切笑ってはいなかった。
邪魔だから、どっかいけ。ひたすらにそう思っていた。
すると、立っていたリリーは空いていたルーシーの隣に座る。
やつはぐっと近寄り、ルーシーと距離を縮めていた。
………………コイツ、居座るつもりだな。
思わず俺は舌打ち。
「ルーシー、もっとこっちによって座れ」
「あ、はい」
「………………いいのですか、殿下。そんなに近づいて。お兄様に怒られません?」
「いいんだ。お前に近づけておく方がまずい予感がする」
コイツはきっと俺の敵。
絶対ルーシーを狙ってる。
ちらりとリリーの方を見ると、やつはこちらにガンを飛ばしてきやがった。
あのやろうぅ………………。
俺は返しに中指を立て、見せつける。もちろん、ルーシーには見えないように。
そうして、俺たちが睨み合っていると、突然ルーシーが立ち上がった。
へ? どこに行く気だ?
「おい?」
俺たちが困惑する一方で、申し訳なさそうな顔を浮かべるルーシー。
「お2人がそういう仲だとは知らずに…………大変失礼しました。お邪魔虫ルーシーは退散いたします」
え?
『そういう仲』?
ルーシーはこちらに一礼をすると、背を向け歩き出していた。
――――――――――――まさか、ルーシーは俺とリリーがくっついていると、勘違いしているのか?
「ルーシー、違うんだ!」
ルーシーの敵なんだぞ!
俺はすぐに立ち上がり、ルーシーの腕を掴む。
横を見ると、リリーが彼女の反対の手を掴んでいた。
突然腕を掴まれたルーシー。
彼女は何がなんだか分からない様子で、首を傾げていた。
………………やっぱり、勘違いしていたようだな。
俺たちがルーシーから手を放すと、リリーが説明してくれた。
「私はルーシー様とお話したくてここに来たのです。その……私と殿下はルーシー様がお考えなさるような関係ではありません」
「え?」
ルーシーは確かめるようにこちらを向いてきたので、俺は頷いてみせる。
――――――――――――誰が、こんな女と付き合うものか。
「…………私、普段お茶会に参加しないのですが、ルーシー様がいらっしゃると思って…………今日は参加したのです!」
「お、俺もだ! お前、ライアンのところに全然来ないから………でも一度は会ってみたいと思って、普段しないお茶会をライアンとともに開催したんだ!」
「そうだったのですか……………」
「さぁ、座ってくださいませ! ルーシー様! もう少しお話ましょう!」
「き、奇妙な噂を聞くお前とは少し話してみたかったんだ! 隣に座ってくれ!」
まだ戻らないでくれ!
俺はお前ともう少し話していたいんだ!
「で、では3人でお話しましょうか」
そう言うと、ルーシーは俺とやつの間に座ってくれた。
★★★★★★★★
そうして、3人で話すことになったのが。
リリーが邪魔で仕方がなかった。
俺がルーシーの質問を答えようとすると、すぐにやつがしゃべりだし。
逆に俺が話題を出そうとすると、やつが大きな声でしゃべりだす。
正直いって、
………………どっか行ってくれればいいものを。
しかし、嬉しいことにルーシーから話題を振ってくれた。
「あの………殿下」
「エドガーでいい」
「………えっと、エドガー様。さっきから気になっていたのですが、先ほどおっしゃっていた私の奇妙な噂とはなんのことでしょうか?」
「ああ、それか。お前がやんちゃしていたことだ」
ライアンや使用人たちからそんな話を聞いたことがあった。
ルーシーの行動をライアンがよく溜息をつきながら話してくれたっけな。
例えばこんなものを聞いた。
「家を1人抜け出した、下品な言葉使いをしていた、とかだな」
「あはは………………そのことでしたか」
ルーシーは恥ずかしそうに苦笑い。
――――――か、かわいい。
挨拶中の堂々としたルーシーの姿もかっこよかったが、照れるルーシーもまたかわいい。
「まぁ、そんなことをしていたとは今のお前からは一切思えないけどな」
「ですよね………私もそう思います。ところでそのお話はどなたから?」
「主にライアンからかな。お前のことはライアンからよく話を聞いていたさ」
「殿下が………?」
そう言うと、彼女は驚いた顔を浮かべていた。
ライアンにしか目がないルーシーなら喜ぶと思ったのだが………検討違いだったか?
「そうだ。婚約指輪を捨てようとしていたことも聞いたな。アイツが溜息つきながら話してくれたよ」
「うぐっ」と目を逸らすルーシー。
婚約指輪を捨てるなど、普通はしない。王子との婚約指輪ならなおさらだ。
普通の令嬢なら、王子から貰えた指輪なんて死ぬまで離さないだろう。
しかし、彼女は捨てた。多くの令嬢が欲しがるそれを。
きっとライアンの気を引くためにやっていたことなのだろうが。
すると、ルーシーはどこかソワソワし始めた。
「あ、あの………エドガー様」
「なんだ?」
「先ほどおっしゃられていた魔法を見せていただけませんか? エドガー様が得意される魔法がどんなものなのか気になりまして」
いいに決まってるじゃないか。
ぶっちゃけ、ルーシーのために魔術は特訓したようなものだからな。
俺は緊張のあまり「いいぞ」素っ気なく答えてしまったが、ルーシーの顔はぱぁと明るくなった。
「じゃあ、手を貸してもらえるか?」
「はい」
ルーシーが手を差し出してくれたので、俺はその手を優しく取る。
………………ヤバい。
ルーシーの手に触れてしまった。
俺は取り乱さないように、緩みそうになる顔を引き締める。
「目を閉じてくれ」
俺は魔力を手に集中させ、ルーシーに魔法をかける。
魔法をかけ終わると、「貰った薔薇を見てみろ」と言った。
ルーシーはそっと目を開け、真っ赤な薔薇の方に目を向ける。
すると。
「カラフル………」
と彼女は呟き、呆然。
どうやら、何が起こっているのか分かっていなさそうだった。
一時薔薇をまじまじと見ると、俺の方に素っ頓狂な顔を向けてきた。
「これがエドガー様の魔法?」
「ああ、そうだ」
どうだ?
俺の魔法、おもしろいだろ?
ルーシーの予想通りの反応に、思わず俺は笑ってしまう。
「見てくださいませ、リリー様! リリー様の薔薇がカラフルになってますよ!」
「カラフル……ですか? 私には普通の赤い薔薇に見えるのですが」
「………………え?」
案の定、驚きの顔を浮かべるルーシー。
そして、彼女は説明してくださいと言わんばかりにこちらに瞳を向けてきた。
「俺の魔法は指名した対象の色覚を変化させることできるんだ。もちろん、触れたものの色自体を変化させることもできる。ほら――」
俺が1輪の薔薇に触れると、その薔薇は銀色へと変わっていく。
それを見た2人は「わあぁ」と声を漏らしていた。
これが俺の得意な魔法、色魔法。
全然戦闘向きではないが、相手の視界を奪うことができる、どちらかといえば暗殺向きの魔法だった。
だから、この前の勝負でライアンは俺の魔法を嫌がっていた。
触られただけで、視界を真っ黒にされてしまうからな。
一方で、隣に座るルーシーはというと。
銀色となった薔薇を見て、笑みを浮かべていた。
まぁ、俺の魔法は攻撃はできないけれど、こうやって人を楽しませることができる。
推しを笑顔にさせれる魔法を持てて、俺は幸せだ。
でも、俺はルーシーとともに幸せになりたい。
だから――――――――――――。
「なぁ、ルーシー」
「はい、なんでしょう」
「また、こうしておしゃべりをしてくれるか?」
「え?」
「さっきお前が話していたラザフォード家においてある本が気になるんだ。今度お前のところに訪ねさせてもらうぞ」
このお茶会が終われば、ルーシーとは会えなくなる。下手をすれば学園入学まで会えない。
だから、次会う約束をする。
またすぐにルーシーに会うために。彼女を笑顔にさせるために。
「はい。もちろんです」
会ったばかりとは違い、ルーシーの表情はずっと柔らかくなっていた。
俺も彼女に微笑み返す。
その瞬間、俺たちの間に爽やかな風が吹く。
ああ。
ルーシーが俺を好きになってくれたら。
――――――――――――俺は全力で答えてあげれるのに。
しかし、そんないい雰囲気は続かない。
その場には俺とルーシーだけじゃなく、さっきから邪魔ばっかりしてきたやつもいる。
そして、
「私も! 私もお訪ねしてもよろしいですか!? ルーシー様!?」
そう言って、
こ、コイツぅ………………。
「え、ええ。もちろん」
俺の口角がピクピクとひきつく。
………………まず、
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