16 リリー視点:前の私とは違うの

 絶望していた私だったが、次の日に復活。

 前世ヲタク女子をなめるんじゃないわよ。

 婚約ぐらいでへこたりしない…………しないわ。


 でも、とりあえずルーシー様にお会いしておきたい。

 そう考えた私はさっそくお母様にお願いしたのだが。


 「ダメです」

 「え?」

 

 なんで?

 予想していなかった答えに、私は思わず口をぱかーんと開ける。

 お母様は首を横に振って、溜息をついた。


 「……あなた、最近おかしいじゃない。突然叫び声あげたり、床をドンドン叩いたり。今だって、みっともない顔をして。そんなあなたを公に出すわけにはいかないわ。きっとラザフォード家のご令嬢も驚かれるでしょう」


 「そ、それでは直せば……私がちゃんとすれば……ルーシー様にお会いしてもよろしいのですか?」

 「ええ。でも、1年後よ」

 「なんで!」


 私は声を荒げる。

 すると、お母様はムッとした目をこちらに向けていた。

 ………………あ、しまった。

 

 「1年で次のことをマスターできるの? 礼儀作法に、勉学、ダンス……ピアノもできればいいわね。あと、裁縫も少し」 

 「そんなに!?」

 「ええ。それができなければ1年経とうと、ラザフォード家のご令嬢の前に出さないわ」

 

 ああ。

 そういえば私はいろいろやらかしているのよね。

 お母様がこんな条件を出してきたのは、そういうことか。

 

 そう。

 前世の記憶を思い出すまでに私は数々の失敗をしてきた。

 礼儀作法を間違えたり、言葉遣いが悪かったり。


 友人がそれほどいなかった私は使用人たちから言葉など色々教えてもらっていた。

 しかし、実際は使用人たちに遊ばれていただけ。


 みっともない私の噂は広まり、お母様は恥をかいた。

 だから、お母様は私をあまり外に出そうとしない。


 もちろん、お母様がちゃんと私に教えておけばこんなことにはならなかっただろう。

 でも、彼女が誰かさんのせいで忙しいことは十分知っていた。

 だから、簡単に彼女を責めれない。


 私が1年後に全てのことができていればいいんだ。問題ない。


 「分かりました、お母様。私はやってみせます」


 私は礼儀作法に、勉学、今までそこまで力を入れていなかったもの全てに全力を注ぎ始めた。

 こんなの苦じゃない。

 だって、全てルーシー様のためだもの。


 私はそれだけじゃなく、さらに剣術と武術、魔法も練習し始めた。 

 何かあった時にルーシー様をお守りするために力をつけておかないとね。


 そのうち、「人形のように静かだったリリー様がお変わりになられて……」なんていう使用人たちの声が聞こえてきた。

 彼らは私をなめなくなっていた。

 むしろ敬意を見せるようになっていた。


 私は変わる。

 ルーシー様に会うために。

 ルーシー様に気に入っていただけるようにするために。

 ルーシー様をお守りするために。


 彼女をゲームのように不幸になんてさせない。

 そのためにはなんだってするわ。


 そうして、私が様々なことに挑戦するようになったある日のこと。

 その日は両親が留守にしており、夕食は兄妹ですることになった。

 

 そう。

 リリーには2人の兄がいる。

 1人はウィリー兄様。もう1人はビリーお兄様。


 「最近のリリーはかなり頑張っているみたいだね」


 と正面に座るウィリー兄様が言ってきた。ウィリー兄様は基本優しい、私の好きなお兄様。

 ………………だが、もう一方は。


 「この前まで人形みたいに動かないやつだったのにな。お前、へんな食べ物でも食ったんじゃねーか」

 

 アハハと豪快に笑い2番目の兄ビリーが挑発してくる。

 確か、この人のせいで、ゲームでのリリーは静かで臆病者になったのよね。

 ビリーはよく妹であるリリーをからかって、使用人たちと同じように楽しんでいた。

 ハッ、なんて意地汚い兄だろう。心底ムカつくわ。


 お母様はこのビリーに手を焼いていた。

 だが、ビリー兄様は剣術や武術に長けていた。

 お母様が怒ると癇癪を起こして暴れだし、部屋の一つが壊滅状態になることがしばしばあった。


 だから、最近のお母様は諦めて、ビリーをどうこう言わなくなった。 

 なおさらムカつくわ。


 「ビリー兄様、笑わせないでください。そんなもの食べるわけないじゃないですか。兄様こそ、口が悪いようですか、変なものを口にしまして?」


 私はビリー兄様が言ってきた嫌味を言いかえす。


 「…………リリー、兄に向かってその口はなんだ?」


 睨みをきかせてくるビリー。どうやら怒ったようだ。

 しかし、私は彼をシカト。相手にしても仕方がないわ。

 無反応の私にしびれを切らしたのか、ビリーは両手で机をドンと叩く。


 「リリィー! 俺と勝負しろ!」

 「ビリー、やめてくれ。みっともないぞ」

 「兄さんは黙っていてくれ。俺はリリーに言っているんだ」


 ビリー兄様にそう言われたウィリー兄様は私の方を見る。

 彼はシカトしてくれ、とでも言いたそうだった。

 ごめんなさい、兄様。

 

 ウィリー兄様のお願いはきけないわ。


 「その勝負、受けましょう」

 「リリー!? 正気か!?」


 ウィリー兄様は心配している一方で、ビリー兄様はアハハと高笑いしていた。

 自分が勝つとでも思っているのだろう。


 「妹だからって手加減は無用ですよ」


 前のリリーとは違うんだ。

 この私にケンカを売ったことを後悔するがいい。




 ★★★★★★★★




 「早く! 早く! ヒーラーを呼べ!」


 庭中に響くウィリー兄様の声。

 私の服はおかげさまで血まみれ。せっかくの黄色の服が真っ赤になっていた。

 しかし、自分の血によって染められたものではない。


 目の前には倒れたビリー兄様。彼もまた赤い血を出していた。

 顔は傷だらけで、体にはバラの蔓が巻き付いていた。

 全部、全部私がやったものだった。


 離れたところにいたウィリー兄様は光魔法が扱えるヒーラーとともに、私のところに駆け寄ってきた。


 「リリー! いくら、ビリーがムカついたからって、ここまでする必要はなかっただろう!?」


 「……兄様、これは今までのお返しです」

 「お返しって…………」

 「ウィリー兄様、ご心配なさらず。次からはここまでしませんよ。次からは」


 と言って、私はその場を立ち去る。


 「お嬢様がビリー様に勝った…………」

 「本当に覚醒されたんだ」「リリー様は本当にスカイラー家のご令嬢なんだ」


 私が使用人たちを通りすぎる瞬間、そんな声が聞こえた。


 ええ、そうよ。

 私はスカイラー家の人間で、騎士団長の娘だもの。相手が誰だろうと勝つわ。


 でも、ルーシー様をお守りするためにはもっと力がいる。

 私はその日からさらに魔法の練習するようになった。


 


 ★★★★★★★★




 数日後。

 ビリー兄様は一時怯えていたものの、ボコボコにされたことを忘れたのか、また私に勝負を挑んできた。


 それで私が負けたかって? そんなわけ。

 

 前よりも手加減はしてあげたが、私はビリー兄様をボコボコにはしてやった。

 そして、ついでに彼に説教してあげた。


 もっと練習し、戦術を勉強し、私に挑んでこいと。


 これでビリー兄様のプライドはズタズタ。私に挑んでくることもなくなる。

 しかし、彼は諦めず挑んできた。


 そして、ある日練習しようと、訓練場に向かった時のことだった。

 その日は早朝から第1訓練場が父が持つ騎士団によって使われていたので、1人練習したかった私は第2訓練場に向かった。


 「あれはビリー兄様…………」


 そこには熱心に剣を振るう、ビリー兄様の姿。

 説教されて以来、彼はこっそり練習していたのだ。

 ビリー兄様は本当はちゃんと自分を見つめなおすことができる人なのだ。


 誰にも見つからないように、こっそり早朝に練習するなんて。

 ――――――なんだ、兄様にもかわいいところあるじゃない。


 「ビリー兄様、何をなさっているのですか?」

 「リ、リリー! これは…………」


 声を掛けると、ビリー兄様は肩を震わせた。

 私なんかが来るとは思ってもいなかったのだろう。


 「ふふっ、兄様も練習していたのですね。私も混ぜてくださいませ」

 「ふんっ、好きにすればいい」


 不思議なことにその日から、ケンカは次第にしなくなった。

 朝、訓練場でビリー兄様とお会いしては勝負。

 そのうちに、よきライバルとして時間帯関係なく剣や拳を交えるようになった。


 そして、半年が経ったある日。

 朝練をした後、私とビリー兄様は2人座りこんで休憩している時だった。


 「お前、大分変わったよな」

 「兄様も随分とお変わりになられたかと」

 「そうか?」

 「はい。兄様はキレるとすぐにケンカを売ってきていたので」


 そう言うと、ビリー兄様は嫌そうな顔を浮かべる。

 

 「あの頃の自分は嫌いだ。バカなことばかりしていたからな……お前は随分と変わったが、何か目標でもできたのか?」

 「はい。お会いしたい方がいらっしゃるのです」

 「じゃあ、お前が熱心に剣術や武術、魔法練習に力を入れているのは……?」

 「そのお方をお守りするためです」


 ビリー兄様の瞳を真っすぐに見て、言った。

 私の真剣さを受け取ってもらえたのか、彼は小さくうなずいた。


 「そうだったのか……今までお前のことをバカにして悪かった」

 「私も兄様をボコボコにしてごめんなさい」


 ビリー兄様は笑いながら、「上から目線め。このやろう」と言ってきた。

 私たちは普通の兄妹のようにふざけ合えるようになったのだ。

 

 「俺もそいつに会ってみたいな」

 「いつか会えると思いますよ。私が連れてくるので」

 「…………じゃあ、そいつはこっちに婿入りするのか」

 「え?」


 婿入り?

 兄様は何を言っているのだろう? ルーシー様はお嫁さんなんだけど。

 私が首を傾げていると、ビリー兄様は私の頭をぐりぐりと撫でてきた。


 「まぁ、いつか会わしてもらうぞ。お前のお婿さんにな」


 兄様が何を言っているのか、さっぱり理解できなかったが、私はこう思った。

 いつかビリー兄様に、私の恋人としてルーシー様をいつか紹介できればいいな、と。

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