10 キーラン視点:これから始まる推しとの生活

 次の日。

 

 「ルーシー様……いえ、お姉様! どうぞよろしくお願いします! あ、姉さんとお呼びしてもいいですか?」

 「え、ええ」

 

 さっそくラザフォード家に着いた僕はルーシー推しと会った。

 ………………これが本物のルーシー。


 僕の推しルーシーはゲームで見た時よりも随分と幼く、また大人びて見えた。

 ゲームのルーシーはもっと感情をあらわにしているタイプだったはず。

 けれど、目の前のルーシーの様子はなんだか少し違う。


 静か――――――今のルーシーはその言葉が似合っていた。


 かなり落ち着いているような。

 もしかして、初めての弟に緊張してる?

 そうして、ルーシーは僕に家の案内をしてくれた。

 

 ラザフォード家の部屋はそれはそれは大きくて、新たな部屋に入る度に、驚きの声を上げていた。

 そして、最後に案内されたのは僕の部屋。

 隣の部屋がルーシーの部屋らしい。


 「隣は姉さんの部屋なのですか?」

 「ええ」


 マジ?


 「やった!」

 

 推しが隣の部屋にいるとか! 最高じゃん! 

 推しと暮らすって実際誰もやっていないんじゃない!?


 やっほー!

 キーラン、万歳!

 僕は思わず両手を上げる。

 

 そんな僕を見て、ルーシーは嬉しそうに笑ってくれた。

 目の前に女神様がいます。

 ああ、こんな幸せな僕はどうしたらいいのでしょう?


 僕は自分の部屋を見渡し、ふと考えた。

 ラザフォード家のお屋敷には隠し部屋とか、秘密の通路とかあるのだろうか、と。

 公式が出していた設定資料に、ルーシーは秘密の通路を使って1人で王城に向かっていたとかいう謎情報があった。


 ゲームの世界であるこの世界に秘密の通路とか謎設定があってもおかしくない。

 ラザフォード家はかなり大きいし、何かあった時の避難用に、秘密の通路ぐらいあってもよさそう。

 なんて考えていると、姉さんが声を掛けてきた。


 「どうしたの?」

 「あの………姉さん、ラザフォード家にはないんですか?」

 「え? 何が?」

 「あれですよ、あれ」

 

 姉さんは何のことか分からないのか、首を傾げていた。

 僕は姉さんに近寄り、彼女の耳の近くで言った。

 

 「秘密の通路、ですよ。秘密の通路」




 ★★★★★★★★




 秘密の通路。

 ルーシー曰く、それはラザフォード家の地下にあるらしい。


 やっぱり、秘密の通路を知っている姉さんは王子にどっぷり惚れているのだろうか。

 王子に会うために、1人抜け出そうとするのだろうか。 

 

 そんなことを考えながら、僕はルーシーの後ろを歩いていた。

 彼女はランプを持ち、先を歩いていく。


 ちなみに使用人たちには言っておらず、ここにいるのは僕と姉さんだけ。

 そう。

 2人きり。


 螺旋の階段は湿っぽく、静か。

 こつんこつんと、僕らの足音が響く。


 「あの姉さん」

 「なに?」

 「姉さんはよくここに来るのですか?」

 「…………ええ」

 「この先に何かあるのですか?」

 「ええ、あるわ。私の宝物のようなものよ」

 

 一時階段を下りると、通路のようなところに出た。

 左をちらり見ると、一直線に通路が続いていた。


 姉さんはその通路を進んでいく。僕も後ろからついて、歩く。

 すると、また階段が見えてきた。次は上りの階段だった。

 上を見ると、かなり先に続いているようだった。


 「また階段?」

 「ええ。上りでかなり長いからキツイけど、行く? 今から帰ってもいいわよ」

 「いやだ! 行きます! 姉さんの宝物見たい!」

 「そう」


 始めにあった階段よりもずっと長く、角度もある。

 結構キツくないか?

 顔を上げると、どんどん進んでいく姉さんの後ろ姿が見えた。

 姉さん、すごいな……………………。

 

 すると、遅れている僕に気づいたのか、姉さんが手を差し伸べてくれていた。


 「キーラン、大丈夫?」

 

 汗一つかいていない姉さん。

 そんな彼女はとてもかっこよく、そして美しく見えた。

 

 「姉さんは体力があるんだね!」

 「よくここに来てるから」

 「1人になるために?」

 「…………そうね」

 「その、なんかつらいことでもあるの?」

 「別にそんなものないわ…………ええ、ないわ」


 僕は姉さんを追い越し、先を上る。

 しかし、僕は姉さんの手を握ったままでいた。

 

 「ねぇ、放してもいいのよ?」

 「嫌です。放しません…………絶対嫌だ」

 

 推しと手を握っているんだ。

 こんな最高のシチュエーション、逃すものか。

 ぜっ~~~~たい離さない。

 どんどん階段を上っていくと、光が見えてきた。


 「外だ!」


 出口が見えると、僕の足は自然に早く動き始めた。

 

 「うわぁ!」


 階段を上り切ると、そこには森が。

 ここは一体どこだろう?

 山の上かな?


 出口で足を止めていると、姉さんはある方向へ歩き出し、僕の手を引っ張る。

 僕は駆け寄って姉さんの隣につき、歩き始める。

 そして、一時歩くと、街が見える場所に着いた。

 

 目の前には丘が広がり、ふもとの方には街が。

 街の手前には僕らの家となるラザフォード家の屋敷が見える。

 その景色は最高だった。


 これがきっと姉さんの宝物なのだろう。


 「姉さん、ここからの景色綺麗だね」

 「そうね。この近くに屋敷を置いてくれた先代には感謝しないとね」


 隣立つ姉さんはずっと遠くを見ていた。

 姉さんの視線の先には霞がかった山々。

 その山の頂上にはほんのりと白くなっていた。

 

 それにしても本当に綺麗だ…………この景色、ずっと見ていられる。

 僕はいつの間にか、その一言を発していた。

 

 「…………姉さんにも感謝しなくちゃ」

 「え?」


 キョトンとするルーシー。

 まるで予想もしていなかったことを言われたような顔をしていた。


 「だって、ここを教えてくれたのは姉さんでしょ?」

 「それは…………あなたが秘密の通路がないかって言ってきたじゃない」

 「だけど、素直に姉さんは教えてくれたじゃん。姉さんが教えてくれていなかったら、僕この景色を知らなかったよ」

 

 感謝されて、プイっと顔を逸らす姉さん。

 どうやら、彼女は照れているようだった。

 僕は照れた姉さんの顔を見たくて、覗かせる。

 

 「普通は秘密の通路なんて入ってきたばかりの僕に教えてくれないよ」

 「…………」


 僕は笑って見せる。

 すると、姉さんは苦笑い。

 んー、僕はニコニコの姉さんが見たいんだけどな。

 

 「あなたはもうラザフォード家の人間よ。入ってきたばかりとか関係ないわ…………ちなみにここもラザフォード家の領地よ。次期当主になるのだから、領地ぐらい覚えてもらわないとね」

 「次期当主かぁ………実感が湧かないなぁ」

 

 僕、公爵家の当主になるんだ。

 つい最近、両親が事故死して、今日ラザフォード家にやってきた。

 それで忙しいのもあったし、ルーシーに会えるという興奮で何も考えていなかったけど。


 ……………………僕は婚約者を作らされる可能性があるのか。


 貴族の子どもは幼い段階で婚約をする。現に姉さんは婚約している。

 公爵家の次期当主となった僕も例外じゃないだろう。

 きっと婚約の話がきっと舞い込んでくるころだろう。


 つまり、姉さんの婚約だけでなく、自分の方もなんとかしないといけないわけか。

 姉さんは最悪婚約破棄してしまえばいいけれど、僕が婚約してしまうと姉さんとは結婚できなくなってしまう。


 ――――――――――――まぁ、ダメって時は駆け落ちすればいいんだけれど。

 

 でも、それは面倒くさいので最終手段にしておきたい。

 今は姉さんが同意してくれるかも分からないしね。

 なんて考え込んでいると。

 何を思ったのか知らないが、姉さんはポンと僕の頭を撫でてきた。

 

 「大丈夫よ。私がいるわ。あなたは1人じゃない。私たちでラザフォード家を支えるの」


 僕はルーシーをぎゅっと抱きしめる。

 「え?」と困惑するルーシー。

 

 「姉さん! ありがとう! 一生姉さんについていくね」


 ああ、推しの姉さんを実際にハグできるなんて。

 僕は思わず泣き出す。

 嬉しすぎて涙が止まらなかった。


 「…………い、一生ついてこられるのは困るわ」


 姉さんはそんなことを言ってきたけど、僕は本気で一生ついていくつもりだった。

 姉さんと結婚すれば、僕は姉さんと一生一緒にいられるもんね。


 絶対にルーシー姉さんライアン王子あの王子から離すんだ。

 そして、僕は姉さんと結婚するんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る