8 弟がやってきた

 カイルと友人となったあの日から、彼はラザフォード家に毎日来るようになった。

 

 「ルーシー、これ食べる?」

 「うん。食べる」


 手作りお菓子を持って。

 カイルは料理上手なのか、私が『甘いお菓子が食べたい』と言った次の日には作って持ってきたのだ。

 

 それがまた美味しくて……………………。


 カイルのお菓子は本当に美味しかった。

 そのせいで、つい彼に「また作ってきて」と言ってしまったのだが。

 それから、カイルは毎日持ってくるようになったのよね。


 そうして、今私たちは休憩がてらそのお菓子とともにお茶をしつつ、勉強していた。


 今日もカイルが来ており、2人で勉強。

 向かいに座って本を読むカイルは楽しそうにしていた。

 その本、確か残酷な殺人事件をまとめたものだったような気がするのだけど。


 それを読みながら、笑みを浮かべるものだから、カイルがサイコパスに見えて仕方がない。

 まさか私を殺そうと計画を立てているのかしら。

 ま、まさかね…………アハハ。


 「カイル、最近ずっとここに来ているけど暇なの?」

 「暇じゃないよー」

 「だったら、なんで来てるの」

 「それはルーシーに会いたいから」

 「へぇ――」


 私は気の抜けた返事をする。

 たまにしか来ないかなと思っていたのだけれど、こんなにも来られるとねぇ。

 いつのまにかルーシー呼びになっているし。


 「ルーシー。明日も来てもいい?」

 「明日は…………ダメね」

 「え、なんで?」

 「明日は弟がくるの」

 「弟? 」

 

 何のことか分からないカイルは首を傾げる。

 まぁ、突然弟と言われても分からないか。


 昨日のことではあるが、お父様から弟のことについて話があった。

 姉になる君が弟をラザフォード家の案内をしてほしいと。

 

 私は自分に弟ができることを知っていたし、その弟は乙ゲーの攻略対象者なのだし、別に驚きはしなかった。

 事故で両親を失くして、身寄りがなくなったキーランをルーシーの父親が引き取った。


 確かそれがゲームで描かれていたキーランの過去。

 事故が私の婚約と同時期だったから、ゲーム通り、婚約した後すぐに来ると思っていた。

 しかし、すでに1年以上経っている。

 

 逆に待たされた気持ちの方が大きい。


 何も反応しない私に逆に驚いたのか、両親は少し動揺していた。

 私が怒るとでも思ったのだろう。

 

 「ほら、私はライアン殿下と婚約したでしょう? それでラザフォード家に跡継ぎがいなくなったから、お父様は分家の子を養子にすることにしたの」

 「分家の子ってルーシーの親戚?」

 「そうね、そうなるわね。でも、かなり遠い親戚よ」

 「へぇ…………その子が弟になるんだ」

 

 興味なさげにカイルは返事をした。

 興味がないのなら、聞かなければよかったのに。

 

 「まぁ。だから、明日はダメ。来ないでね」

 「はーい」


 そして、私たちはまた本を読み始める。

 黙って読んでいたのだが、カイルがじっとこっちを見ていることに気づいた。

 

 「何? お腹すいたの?」


 そう尋ねてもニコリと笑うだけ。

 一体何なの?


 「ルーシー。その弟さんに何か嫌なことを言われたら、僕に言ってね。僕はルーシーの友達だからね」


 と言って、彼はまた本を読み始めた。



 

 ★★★★★★★★



 

 そして、次の日。

 彼はお父様とともにやってきた。


 私と同じ銀髪に瞳。

 キーラン、いや、今日からキーラン・ラザフォードとなる彼。

 キーランはゲームで見た時よりもずっと小さく、かわいらしかった。

 

 だが、彼に対してかなり違和感があった。

 かわいいのはかわいい。

 たとえ、後で嫌われるようなことになっても、私は一生嫌いになんかなれないと思った。

 だけどね。


 「ルーシー様…………いえ、お姉様! どうぞよろしくお願いします! あ、姉さんとお呼びしてもいいですか?」

 「え、ええ」

 

 元気いっぱいのキーラン。

 ゲームで見た時の印象とはかなり違った。

 ちょっぴりしか知らないけど、幼少期のキーランはもっと大人しかったような?

 そうして、私はキーランに家の案内をした。

 

 ラザフォード家のような大きな屋敷に入るのは初めてのか、部屋を紹介するたびに感嘆を上げていた。

 それに私との距離はずっと近かった。なぜかずっと近かったのだ。

 

 いきなり凄いところに来たから、誰かと一緒にいたいのかも。

 

 そして、最後に来たのはキーランの部屋となる場所。

 そこは私の部屋の隣だった。


 「隣は姉さんの部屋なのですか?」

 「ええ」

 「やった!」

 

 とキーランは両手を上げ、無邪気に喜んだ。

 やっぱり1人で心細かったのね。

 年の近い私がいることで安心してもらえそうね。

 

 すると、キーランがソワソワし始めた。


 「どうしたの?」

 「姉さん、ラザフォード家にはないんですか?」

 「え? 何が?」

 「あれですよ、あれ」

 

 私は首を傾げる。

 キーランは私の耳の近くで言った。

 

 「秘密の通路、ですよ。秘密の通路」




 ★★★★★★★★




 秘密の通路。

 それはラザフォード家にもある。地下にあるのだ。

 私はそれをかなり前に見つけていた。

 そして、品のない令嬢を演じて、家を抜け出すために使っていた。

 

 そんなことをしてもあの王子との婚約は消えなかったけど。

 

 何もかも諦めてからも、地下の秘密の通路は使っていた。

 1人になりたい時によく使っていたっけ。

 そんな秘密の通路だが、知っているのはごくわずか。

 

 隠れるのには絶好の場所だったわけよ。

 それでなんでそのことをキーランが知っているのかしら?

 私は、なぜ秘密の通路なんて知っているのと尋ねると、キーランは。


 『小説でそう言うのがあったんですよ。僕、憧れていたんです。ラザフォード家は大きなお屋敷ですから、きっとあるだろうと思いまして』

 

 なんて答えたのだ。

 秘密の通路が書かれるとかってミステリー物の小説だったのかしら。

 この世界にもそう言うのがあるのね。

 今度読んでみたいわ。

 

 なんて思いながら、私はキーランとともに階段を下りていた。

 キーランは私の後ろをついて来ており、ワクワクしているようだった。

 楽しそうで何より。


 ちなみに使用人たちには言っていない。

 だから、2人だけ。

 地下通路へつながる階段は湿っぽく、静かだった。

 こつんこつんと、私たちの足音が響く。

 明かりも自分が持っているランプしかないため、全く前が見えなかった。


 「あの姉さん」

 「なに?」

 「姉さんはよくここに来るのですか?」

 「…………ええ」

 「この先に何かあるのですか?」

 「ええ、あるわ。私の宝物のようなものよ」

 

 一時階段を下りると、通路のようなところに出た。

 左を見ると、真っすぐに通路が続いている。

 私たちはその通路を歩き、そして、また階段に出会った。


 「また階段?」

 「ええ。上りでかなり長いからキツイけど、行く? 今から帰ってもいいわよ」

 「いやだ! 行きます! 姉さんの宝物見たい!」

 「そう」


 始めにあった階段よりもずっと長く、角度もある。

 慣れていないキーランははぁはぁと息を乱していた。

 やっぱり始めはキツいわよね。私は慣れたけど。


 「キーラン、大丈夫?」

 

 私は遅れて上ってくるキーランに手を差し伸べる。

 

 「姉さんは体力があるんだね」

 「よくここに来てるから」

 「1人になるために?」

 「…………そうね」

 「なんかつらいことでもあるの?」

 「別にそんなものないわ」


 後からついて来ていたキーランは先に

 ぎゅっとキーランは手を握ったまま。

 

 「ねぇ、放してもいいのよ?」


 キーランの方が先に上っているのだし。


 「嫌です。放しません」

 

 と彼は言ってきた。

 男のプライドでもあるのだろうか。彼は私を引っ張り始めた。

 まだ子どもなのに、かわいらしいわね。

 階段を上っていくと、光が見えてきた。


 「外だ!」


 キーランはスピードを上げ、どんどん上っていく。

 

 「うわぁ!」


 階段を上り切ると、そこには自然が広がっていた。

 そして、出口から少し歩くと、街が見える場所へ。


 「姉さん、ここからの景色綺麗だね」

 「そうね。先代には感謝しないとね」


 少し下にはラザフォード家が見える。そして、遠くには街が広がっていた。

 霞がかかっているが、ずっと遠くに山々が見えた。


 「姉さんにも感謝しなくちゃ」

 「え?」

 「だって、ここを教えてくれたのは姉さんでしょ?」

 「あなたが秘密の通路がないかって言ってきたじゃない」

 「だけど、素直に姉さんは教えてくれたじゃん」

 

 キーランは私の顔を覗く。

 彼は楽しそうに嬉しそうに微笑んでいた。

 

 「普通は秘密の通路なんて入ってきたばかりの僕に教えてくれないよ」

 「…………」


 キーランはにひーと笑う。

 

 「あなたはもうラザフォード家の人間よ。入ってきたばかりとか関係ないわ…………ちなみにここもラザフォード家の領地よ。次期当主になるのだから、領地ぐらい覚えてもらわないとね」

 「次期当主かぁ………実感が湧かないなぁ」

 

 ニコニコだったキーランはふと真剣な表情になる。

 いきなり次期当主とか言われて不安にでもなったのだろうか。

 

 「大丈夫よ。私がいるわ。あなたは1人じゃない。私たちでラザフォード家を支えるの」


 すると、キーランは私をぎゅっと抱きしめた。

 え? 何?

 

 「姉さん! ありがとう! 一生姉さんについていくね」


 と言って、さらにぎゅっと抱きしめる。

 やがて、すすり泣く声が聞こえた。キーランは泣いているようだった。

 やっぱり、不安だったのね。


 でも。


 「…………一生ついてこられるのは困るわ」


 ついて来たら、あなたも死ぬことになるのだもの。

 ゲームとは少し?違うキーラン。

 私はカイルと同じように、彼とも仲良くいって行けるように感じた。


 ねぇ、神様。

 あなたはここからどうやってでも、私たちの仲を崩すのよね?

 そうなのでしょう?


 私はキーランの頭を優しく撫でる。


 だから、運命の日までよろしくね、キーラン。

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