達人の時間 1

 レナとサクラの戦いは素人が見てもわかるほどサクラが優勢となっていた。


「あの子ペース取られちゃったね」


 いつのまにか休憩室からもどってきたフヨウはミハルの横で言った。


「サクラが気づいた。あの子が私とサクラの関係について問いかけた時から徐々に動きは鋭く重くなっていたから時間の問題だったかも」

「なんだか冷たいんじゃないのぉ? 同じ刀を扱うプレイヤーだよ」

「そうかな。……いや、そうかもしれない。きっとあの子に可能性を感じたんだと思う」

「可能性?」

「――サクラを倒せるかもしれないって」


 師範代が美春や桜に教えてきたのは剣術だけではない。それに応用できる技術もだ。この中でも観察術は相手の動きや言動なとでどんな人物かを判断できる。例えそれが初対面でもだ。


「サクラは私がやる」


 レナの戦いはいまだに防戦一方だった。

 土方と河上の戦いはお互いに傷を負うものとなりレベッカは恪二郎と捉えいまにも強烈な攻撃を当てる寸前。戦力が次々と消耗する中サクラは無傷。その時、青白いオーラのようなものが屋敷へと放たれレベッカを部屋の奥まで吹き飛ばした。


「――遅くなって悪いなぁ。足止めが激しかったもんで。だが、時間をかけたおかげで無傷でこれたぞ」


 塀の上には胴着を着た男性。丸太のような腕に白いひげ、老人のような風であるがそのたたずまいはまるで達人。


「ここからはこのワシも力を貸すぞ」


 塀から飛んで異常な跳躍力を発揮しレナの横へと着地。

 ヒーローサイドのお助けプレイヤー波動の使い手ゴウだ。


「老いても刺激はほしいものだ。素手だと舐めてかかると痛い目を見るぞ」


 サクラの前に立ちはだかるゴウは拳を固く握りまっすぐみつめた。

 素手と刀という圧倒的に有利な対面であるはずのサクラであったがピタリと動きを止めたかと思うと即座に半歩後ろに下がった。この状況を見ていたプレイヤーはなぜ下がったのかという疑問が浮かぶがミハルとハルミだけはそれが一番いい動きであることを理解していた。


「技量がどこまでかはわからないけど素人の真似事じゃないことだけはわかる。熱意や思いじゃない、自分の実力を信じた者の立ち振る舞い。どこか師範代にも似てる」

「じゃあ、あのゴウってプレイヤーは見た目通りそれなりの歳ってこと?」

「まだわからない。でも、格闘技のそれとは違う。挑発も策も必要としないあの風格を出すには並大抵じゃない努力があったともう。見せかけかそれとも本物か。サクラの出方次第で明らかになる」


 膠着状態の二人を目の前にしてレナは動くことができなかった。今までに感じたことのない静かすぎるほどの殺意にも似た念を感じ取りレベルの違いを理解していた。

 しかし、そんな膠着状態が長く続くことはなくサクラが半歩前に出た。


「ふん!!」


 それを待っていたかと言わんばかりに自慢の剛脚による蹴りを出すと、サクラは左手で軽く反らしながらさらに前へ。ゴウは一瞬表情に動きを見せるがすぐさま軽い跳躍ののち素早い蹴りを空中で繰り出し反らされた隙を補う。

 まったく動揺を見せないサクラはさらなる蹴りさえも簡単に避けてしまい突きを出そうと腕を引くが何を思ったか大きく後ろへと下がってしまった。一瞬の出来事ではあるがサクラの動きをみたゴウは着地すると笑いながら言った。


「よくできた剣士だ。よほど技術の立つ師匠に巡り合えたのだろう。まるでこちらの思考をすべて読まれているようだ」


 周りからすればわずかな攻防であったが、二人の間にはすでにいくつもの戦いを思考の上で行い最善の策をとっていた。その結果サクラは読みあいに勝っていたのだ。


「ど、どういうことですか……?」

「わからないのも無理はない。あいつはあの状況からどうやって攻めるかを考えていたがそのどれもが反撃を食らうと理解し下がった。こっちとしては隙も見せていたのにこうも容易く下がられると傷つくものだ。プライドがな」

「なにもわからない。あんな一瞬でそんなことをしてたなんて」

「君も才能はあるさ。だが、認識してないだけ。種が芽吹けばわかるようになるさ」


 そういうとゴウは再び構えてすぐに突撃した。読みあいで負けることを理解した故の判断だ。達人は刹那で状況を理解し行動する。素人から見ればまるで直感でごく自然に動いているようにも見えるが、本人には様々な映像が浮かんでおり最適解を掴みそれを現実としている。鍛錬と経験が常人離れした高速の思考と行動を可能としている。

 それはサクラも同様だった。高校生にしてゴウと同等以上の判断力と落ち着き。実戦を想定した師範代直伝の剣術と教え、さらにサクラが秘めた才能の開花の早さがゲームという世界でいかんなく発揮されていた。


 二人の戦いはこの場も誰も近づくことができない。だが、それはヒーローサイドにとって都合がよいことでもある。時間制限いっぱい守り切ればそれで勝利ボーナスを得られる。レナは数人しか倒せていないためここで負けてしまうとポイント差を取られてしまうことから下手に援護するよりもレベッカを狙おうとした。

 しかし、あまりにも二人の戦いに目を奪われていたために判断を下すのが遅くなり最悪の事態を招いてしまった。

 レベッカの下へ向かおうとしたとき、屋敷から人影が飛んだ。それはヒーローサイドのお助けNPC土方だった。レベッカはゴウの攻撃で奥へと吹き飛ばされていたがすでに復帰しており河上の援護を行い土方の隙をついて屋敷の外へ吹き飛ばしていた。

 なぜレベッカが倒さなかったか。答えはすぐにわかった。

 

 ちらりと背後を確認したサクラはゴウの攻撃に合わせつつ後ろへ跳躍。流れるような美しささえ感じるほどの動きで吹き飛んできた土方に強烈な一撃を与えた。


「霞切り」

「うぐっ!!!」

「しまった、サクラさんがとどめを刺したからポイントが!」

 

 ゴウは攻撃の隙を突かれたことで苦い表情を浮かべた。ここでゴウが隙の攻撃をしなければ土方を倒した直後のサクラに一撃を当てることができたのを気づいてしまったのだ。悩んでいた二択で間違えた。いや、サクラに読まれていたことでわずかな自身の喪失を覚え始めていた。


「若さゆえか。それとも老いか……。封じてきた勝ちへの執念がこんなタイミングで沸き上がってくるとはな」


 気合いを入れなおすとゴウは青いオーラを纏い構えた。


「本当は実力だけで倒したいところだが、どうやら君の方が格上のようだ。ならば、ゲームに合わせた戦い方でいこう」

「ゲームでも負けない」


 

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