鍛え抜かれた拳

 武器を失い完全にペースを奪われたミオンにできることはなかった。

 

「終わりだ!!」


 灼熱の炎が再び襲い掛かり死を悟った時、炎の軌道は大きく逸れ空へと向かって飛んで行った。ショーンは足払いを受け地面へと転ぶ。


「ギリ間に合ったみたいね」

「ハルミさん! 王女の下へ向かったのでは」

「向かってたんだけど敵に襲われちゃってね。敵を蹴散らしてたらここまできちゃった」

「でも、このままでは王女が危険です」

「そっちは心配しないで。この宮殿のすべての人員を王女の近くに行くように指示したから。まぁ、あっちサイドのプレイヤー次第だけどね」


 王女は現在宮殿一番奥で守られている。先の場所から向かっては出会うすべての敵を倒し仲間を助けながら兵士含めすべての侍女や給仕さえも王女の下へ集まるように指示をした。敵は暗殺を得意とし多数の相手を同時と戦うことができないとわかったからこその判断だった。一つだけ懸念材料はあったがそれを考慮してもハルミの活躍によりヒーローサイドのほうが有利状態となっていた。


「あんたも私と同じ素手で戦うんでしょ。だったら一対一でやろうじゃないの」


 ゆっくりと立ち上がりショーンは不敵な笑みを浮かべながら返す。


「そうだな。こっちのNPCがやられてあっちとはまだ合流できてない。だったらお前を倒すのが手っ取り早い!!」


 素早いショーンの拳がハルミの顔面を狙う。ゲームとは言え迷いのない一撃。的確にヒットさせ鈍い音が響く。だが、ハルミはひるむことなくすぐさま反撃しみぞおちへ拳をめりこませた。


「うごっ!!」

「そんな拳でやられてあげられるほど背負ってるもんは軽くないッ!!」


 えぐりこませた拳を反しそのまま突き上げアッパーへと変化。数メートルは飛び受け身も取れず地面へと激突した。


「なんで俺の攻撃が効かねぇんだ」

「不意打ちは不意だからこそダメージが入る。相手と向かい合ったときに不意をついてくるなんてはなっから想定済みに決まってるでしょ」


 ハルミにとって不意打ちは大した問題ではない。現実ならば痛みを伴うが、それでさえ押し切るほどの精神力とパワーがあった。そんな相手に対し小手先の技で挑んだことを後悔するショーンであったが、今からが本番といわんばかりにゆらゆらと炎のような薄いオーラを出し格闘技らしい構えをとった。


「空手の構えか。少しは心得があるみたいね」

「見様見真似だ。でも、憧れだからこそ裏切らない」

「じゃ、試してみようか」


 同様に空手の構えを取るハルミ。緊張した空気が流れるが膠着状態はショーンの先手によりすぐに砕かれた。


「先手必勝!!」


 勢いある跳躍からの回し蹴り。左手で防御するが先ほどよりも段違いのパワーに防御をはじかれる。すぐさま回転の勢いのついた左の蹴りがハルミを襲う。


(これなら嫌でもダメージは入るっ! 防御と体制が崩れた状態でまともに受けられるはずがない!)


 防御も取れなければ後方へ回避することも困難状態。崩れた姿勢を戻し少しでもダメージを軽減するのが精いっぱいであるはずのこの状況下で、ハルミがとった策は最初の勢いを利用することだった。

 右の蹴りは払い気味で撃たれる。右から左へと流れるパワーは同時に防御した左手ごとハルミにもエネルギーが伝わる。体は傾きもう一度防御することは不可能。しかし、次に出される左の蹴りもまた回転の勢いを利用しているため右から左へとエネルギーを伝える。その攻撃に対し、ハルミはあえて体を大きく同じ方向へ回転させた。ショーンからは左回転、ハルミからは右回転、まるで鏡合わせのように回転することで伝わるエネルギーを受け流しダメージはほぼゼロ。むしろ、ショーンの回転の勢いは収まっているがハルミは回転を始めたばかり。そこから何が繰り出されるかは想像に難くない。

 回転のエネルギーを利用した強烈な左の拳はショーンの頬をえぐるようにして突き飛ばした。


「うがっぁ!!」


 叩きつけられた木は衝撃で折れ、ショーンはあまりの威力にすぐには立ち上がれなかった。


「立たないのなら防衛に戻らせてもらうよ。制限時間いっぱい守れば手堅く勝利できるからね。いくよ、ミオン」


 二人は宮殿内部へと向かおうとしていた。


 ショーンは自身の弱さを痛感した。今まで戦っていたのはすべて格下だったのだと悟った。そんなこともいざ知らず、まるで自分が最強になったかのように慢心し憧れに近づいた。憧れを超えたと思っていたのだ。

 

「正面切ってじゃ勝てない……。だったら…………やることは一つしかないだろうがぁぁ!!!」


 両手を合わせ圧縮した炎を勢いよく放射。大天炎衝破はさっきよりも勢いを増し二人の背後へと迫った。


「だったらこっちだってエースストライクを――」


 エースストライク発動寸前。ハルミの体は大きく突き飛ばされた。そのさなか見えたのは、必死な表情でハルミをまっすぐと見ていたミオン。そして、小さく口を動かした。


「生きて」


 直後、目の前は炎に包まれ消えた時には跡形もなかった。宮殿に火が付き徐々にその勢いを増していく。

 

「……」


 相手はただのNPC。だが、ハルミの心には言い表せない複雑な思いがあった。


「これで500ポイントだ。あとはお前を倒して王女を倒す。例え王女にたどり着けなくてもポイントで勝ればいい」

「――させない」


 驚くほど冷たく声を発した。あまりの冷たさにショーンは瞬時に肌に冷や汗を感じる。だが、その一瞬が大きく勝敗を分けた。


「うぐっ……」


 腹と背中に強烈な衝撃。まるで貫通したんじゃないかと思えるほどの衝撃はハルミのたった一度の拳によるものだった。壁に叩きつけられ体制を整える間もなく、折れた木の鋭利な断面をショーンへと向け投げ飛ばし直撃させた。


「人の死にざまはみたことないし所詮はゲームだと割り切っている。でも、炎を使ったのがあなた敗因。私にそれを見せちゃいけない」


 天高く跳躍し急降下からの蹴り。ショーンの体力はギリギリのところでハルミはその場を後にした。



 一方、宮殿内部では外の戦い同様に激しい戦いが行われていた。


「へっ! やるじゃねぇか!」

「そっちだって!」


 両サイドともにお助けNPCを失ったがまだお助けプレイヤーが残っていた。

 槍と剣が激突する宮殿内へとハルミが急ぐ。

 

 

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