野生の脅威 3
熊を狩り里の人たちを呼び回収してもらいしばらくして夕飯の時間となり、四人は赤城の家に集まり熊鍋を食べることになった。
赤城は背中に反省してますと書かれたプラカードをさして鍋を煮込んでいた。
「ねぇ、美春。赤城ちゃんはなんで背中にプラカードさしてるの?」
「いろいろあったの。ほら、熱いから気をつけて食べて」
美春は椿の分を手際よくよそって手渡した。
熊を自身の手で殺したが美春も自分の分をよそい何食わぬ顔で食べ始める。
「いやいやぁ、美春ちゃんの精神力には驚かされるよ。普通あんなことあったら食べるのに躊躇するとこだよ。熊をあんな風に――」
美春は赤城をぎろっと睨んだ。赤城に怒ったから睨んだのではなく、椿の前で熊の首を飛ばして殺したことを言うなという圧だった。熊を殺したそれ自体を知られることはなんら気にしていないが、そんなことを言ってしまうと椿の食欲がなくなってしまうの危惧したからである。
「黙ってます……」
「ははっ、赤城はしゃべりすぎだからちょっと黙ってくらいがちょうどいいさ」
「いやいや、こうやって軽快なトークをするのがこの赤城ちゃんのチャームポイントだと思いません? 私が喋らなかったら里の人は病気を疑うくらいだよ」
「あんた普段からそんな感じなのね。普段から美春がいれば変なことをしないだろうに」
何食わぬ顔で食べている美春であったが、当然その心のうちには少なからず抵抗感はあった。刀で初めて動物を殺したという事実は、とてもリアルな映像として何度も頭の中で再生される。だからこそ、自分には食べる責任があると感じていた。
古来より先人は狩猟により生命を繋いだ。形は変わっても他の生物の命をいただいていることに何ら変わりはない。時には生活圏を荒らされないために殺すこともある。だが、そのどれもが最後は人の食事としてこの世での存在に終わりを告げる。
大切な人を救うため、もっと前へ進むため、動物の命を犠牲にすることを可哀そうと悲観した考えにとどめず、感謝の気持ちを込めて食べる。それこそがこの世界でともに生きていた同じ生物としての弔いであると判断したのだ。
「あちちっ」
「もう、気を付けてって言ったでしょ。冷ましてあげるから」
「ありがとう!」
美春と椿のまるで姉妹のような姿を見て赤城は小さく笑みを浮かべた。
「何、あの二人がうらやましいの?」
「まぁ、ちょっとそれもあるかな」
「あれ、意外な返事。てっきりそういうのは気にしないタイプかと思ってた」
「そりゃ、私も女子高生だから友達もほしいよ。ただ、立場的に一か所にとどまることがないからね」
そういうと晴海は鼻で笑って答えた。
「なにいってんのさ。私らはもう友達でしょ」
「いやいやぁ、だってまだ会って二日だよ」
「時間じゃないよ。こうやって同じ鍋をつつきあってるんだから立派な友達じゃん。それとも赤城はそう思ってないの?」
現代に生きるくのいちとして、赤城は様々な場所へ移動することがある。中には人前で言えないようなこともしてきた。いくつもの学校を転々とし心休まる場所は数少ないと思っていた。だが、そんな中、晴海の純粋な言葉は赤城の隠していた寂しさに深く刺さった。
「あははは……。なんか不思議な感じかも。――うん。私はみんなと友達がいいな」
複雑な表情の笑顔、しかしそれは本性を隠す癖ゆえのぎこちないものだった。
晴美はその表情の中にあるものをしっかりと見ていた。
「ねぇ、今度みんなでどっか遊び行こうよ! みんなそんなに遠くないでしょ」
「私たちは東京だし二人は神奈川だったもんね」
「私はいいよ。赤城はどうする?」
「――うん。楽しそうだね。私も行きたいかな」
「やったぁー! じゃあ、予定立てなくちゃねっ」
椿が意気揚々とどこへ行こうかぶつぶつつぶやいていると晴海は真剣なまなざしで美春に言った。
「美春たちも明日帰るんでしょ」
「うん。昼のバスで駅まで向かうけど」
「じゃあさ、明日の朝。私と勝負してくれない」
「それって、お互いのやり方でってこと?」
「もちろん。私は昼前には行かなくちゃいけないから。それまでに一度やってみたいの」
仲良く談笑し和気あいあいと和むのもそれはそれで楽しい。だが、血のつながりのある師の下で稽古し、こうやって出会った。そして、熊との戦いで見せられ精神部分の決定的な差。それが晴海の闘争本能を強く刺激した。
「――わかった。道場前の野原。あそこに日の出の時間に」
美春自身も晴海と一戦交えてみたかった。美春の道場は実戦ベースの稽古を主に行う。その力がどこまで武術に通用するか気になっていた。武芸と武術。刀と拳。とても近いようで決して完全には混ざらない二つの存在。二人は見えない引力にも似た何かで引かれあっていた。
「うへぇ~。日の出ってめっちゃ早いじゃん……」
「椿は寝ててもいいよ」
「え~そんな冷たいこと言わないでよ~。私もみたいよ!」
「だったら、頑張って起きてね」
「起こしてくんないのっ!?」
次の日に二人の決闘が行われるが、そんなことを気にせず今は四人の楽し気な声がこの今を彩った。
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